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もう一つの介護の話

 新年明けましておめでとうございます。
啓翁桜
山形に居る夫の末弟が昨年末に送ってくれた「啓翁桜」の枝が、
満開になりました。


 元旦の今日は、夫を車椅子に乗せて、我が家から電車を乗り換えて約1時間の隣県にある私の実家にお年始の挨拶に行って参りました。
 当ブログを長くお読みになっている方は、感づいていることかと思いますが、私と夫はいわゆる「年の差婚」なので、私自身の両親は、まだ、生きています。「健在です」と書けないのが辛いところですが…
 
 両親は、私たち夫婦とは別居しており、私の弟(夫婦+子ども2人)の家族と二世帯住宅に同居しています。
 玄関は同じだけれども、食事や家計等は別で、1階が両親、2階が弟の家族。
 住居は、私と弟が育った住居を壊し、父は退職金、弟はローンを組んで、二人の名義で建てたものです。

 父の異変に気づいたのは約5年前のこと。
 詳しい経緯はまたあらためて書きたいと思いますが、父が認知症であることが判明し、介護保険の申請をして、介護サービスを利用し始めました。
 その後の脳梗塞と入院を経て、現在、父は要介護2で、週に5日間デイサービスを利用しています。
 私の夫も同じ要介護2ですが、妄想全開で記憶障害重度の夫に比べると、父の認知症の「中核症状」はずっと軽いです。しかし、父には、夫にはない「扱いが難しい周辺症状」があり、母を悩ませています。

 これまで母は、家の事務的なこと、電気関係のこと等、一切合切を父に頼ってきていました。その父が認知症になってしまったため、母がそれらを担わなければならなくなったのですが、役所から届く文書等は母にはチンプンカンプン。

 弟は両親のことには、ほとんどノータッチ・・・というか、自分自身の妻や子どもにもきちんと向き合わず、仕事と自分の趣味関心のみで生きている人間なので、両親のために時間を割いたり、心を配るということはほとんど期待できません。

 そんなわけで、5年前から両親についての行政手続きや確定申告、病院・介護関係の手続きを管理するのは、私の役目になりました。
 今は母にも実際に足を運んでもらって書類提出などはやってもらうことができますが、「何を、どうすべきなのか?」という判断や、提出すべき書類の作成は私が担当です。父の介護についてのキーパーソンも、同居の母や弟、あるいはお嫁さんではなく、私になっています。

 幸い母がまだ元気なので、何とか「老老介護」で在宅生活をやれています。

父はリハパンやパッドを自分で履いて替えられるし、お風呂はデイサービスで入れてもらえるし、その他の日常生活動作も見守りがあれば、一人でやれるというレベル。
 場所や人についての見当識障害がないため、一人で留守番もできるので、母は日帰り旅行や1泊旅行にも行っています。
(弟の家族と同居なので、お嫁さんが声かけをするぐらいで、父は一人で何とかやれているのです。)

 ところが、その頼りの母に、最近「うっかりミス」が増え、「え~?そんなことあったけ? 覚えていないな~」という現象が時々あり、軽度認知障害(MCI)の可能性ありかと思われるようになりました。

 父のケアマネがとても有能で頼りになる方なので、最近の母の状態も相談しています。
今は、母もいろいろ頑張ってやっているので、その意欲や気持ちをそがないように、当面は注意して見守るとことにしましたが・・・

 現在の「老老介護」が、将来「認認介護」になった時には、夫を在宅で介護しながら、さらに別居の両親を在宅で介護するのは無理だろうなあ・・・。それが遠い先のことであるとは、とても思えないなあ (´・_・`)

 今日も、お節を食べ終わり、談笑も一区切りついたところで、母が役所から届いた封筒2通テーブルに出し、「これ、何かやらなくちゃいけないことはあるの?」と訊いてきた。
 早速、文書の内容を確認。
 一つは年金から天引きされているのでOK。
 もう一つは後期高齢者医療保険料決定書。半年ぐらい前に届いたものだな。
 これは年金からの天引き(特別徴収)ではなく、普通徴収になっている。
 はて、これは口座自動振替になっているのかな?
 母に通帳を持ってきてもらって、確認すると、既に口座振替になっていて、引き落としがされている。
 いずれもこちらでやるべきことはない書類だ。

 ただ、確認のために通帳取引を一瞥した時に、見慣れないクレジットカードの年会費が引き落とされているのを発見!
 母がふだん使っているクレジットカード会社のものとは違う会社のものだ。
 母に訊くと、「そんなクレジットカードは持っていない」と。

 う~ん、このクレジットカードは、昔、実家の近くにあった某スーパーマーケット系列のもの。
 きっと店舗で、「1年目は年会費は無料ですよ~。商品が割引で購入できますよ~」等と勧誘されて加入したものだろう。
 その後、某スーパーマーケットは撤退し、そのままクレジットカードの存在は忘れ去られ、年会費だけを延々と支払い続けてきた模様。
 探し回った末に、やっと某クレジットカードが見つかった。
 ちょうど今年7月で有効期限が切れるが、自動更新されてしまう前に、解約手続きが必要だ。
 明日、クレジットカード会社に電話をして、解約書類を母の元に郵送してもらうように手配しよう~。

 夫そっちのけで、母とこのやりとりをしているうちに、夫は、実家のテーブルの上に置いてあるものを手にして、片付けを始めた。

 こらこら、他人の家に置いてある書類や物を勝手に片付けてはいけないよ~ ( ノД`)

 夫が「おかしいな?」という言葉を発し出している。
 もうそうです、夫が「せん妄」状態に突入した時に出る言葉。
 その後、妄想話、炸裂 w(゚o゚)w
 
 そろそろ限界らしい。早くこの場を撤退しよう。

 もう、家に帰ろうね。

  その前に、ボクはこれから東京で会議があるから、そちらの方に出なきゃならないんだよ。
  あれ~? ボクの荷物がないよ。書類は3階に置いてあるから、取りに行かないと。


と、弟の家族の住居のある2階に上がって行きそうになる。
慌てて、あれこれ言って、何とか押しとどめ、急いで夫に上着を着せて、帽子を被せて、車椅子に乗せ、両親の確定申告の医療費控除等に必要な領収書類を鞄にしまって、実家を後にした。

 帰宅後、別の懸案事項について、ネットで検索し、また、母に電話をかけ、「これについては、ここに電話をして、このようにして」と電話で指示。

 なんだかなあ、綱渡りだなあ。

 こんな実両親のことについても、今後、折に触れて、当ブログに書いていきたいと思います。

 今年も、当ブログは長々とした文章ばかりです。
 それにも関わらず、読んでいただいている皆さん、また、コメントくださる方々、とっても励みになっています。
 ありがとうございます。

 今年も引き続きよろしくお願い致します。 


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父の認知症の発症(1)

 父の異変に気づいたのは東日本大震災が起きた2011年の9月のことだ。
 仕事中の私の携帯電話に、突然、父から電話があった。
 この当時、父にしても母にしても、私に電話をしてくることはめったになかったし、私自身も両親とのコミュニケーションをかなりおろそかにしており、我が家から1時間ほどの実家に訪ねて行くのも、せいぜい年に2回程度だった。
 電話の向こうで父は言った。

  あのさあ、ちょっと、通帳にお金がなくってね。
  電気代が支払えなくなったんで、保険を解約したんだよ。


 ?! 
 通帳にお金がなくて電気代が支払えない?
 そんな馬鹿な?

 「あのね、今、私、仕事中だから。また、夜に電話するから」と言って電話を切った。

 仕事が終わり、帰宅してから、夜、実家に電話をすると、母が電話に出た。

「なんか、お父さんから、通帳にお金がなくて、保険を解約したっていう電話があったけれども、どういうこと?」

「うん、そうなのよ。なんか、お金が全然ないらしいのよ。」

「だって、そんな馬鹿なことあるわけないじゃないの? 退職金だってあったでしょ? 毎月年金だって入るでしょ? それが電気代も支払えなくなるほど、どーして、なく なるわけ?」

「なんか、わかんないのよ。」

「どうして?」

 母によれば、父からは、日常の生活費をもらっていないらしい。
 公共料金その他定期的な支払いは、父の口座から自動引き落としされ、その他、日常の食料などの買い物は、母は自分の年金から支払っている。
 父は自分の預金を自分の好きなように使っているので、母は父の預金についてはまったく把握していないというのだ。

 「ちょっと、お父さんに電話かわってよ~」
 「お父さん、通帳にお金がないってどういうこと? どうしてないの?」

 「いやあ、あれこれ使うことがあってね・・・」

 「あれこれって何よ? 電気代も支払えないくらいお金がないの?」

 何を訊いても、父はのらりくらりと要領を得ず。
 最後には、私は

 「ちょっと、お父さん! 通帳を見せてよ~!」

 と叫んでいたが、電話で叫んだところで、埒があかない。
 もう一度、母に電話をかわってもらう。

 「お母さん、ちゃんとお父さんの通帳を見て、どうなっているのか、確認して!
  娘に通帳なんて見せてくれないよ。
  夫婦なんだから、お母さんが、お父さんの通帳を見せてって言って、確認してよ!」

 「あのね、心配しなくて大丈夫だから。
 お母さんも少しはお金を持っているから。
 こっちで何とかなるから。」

 いや、お母さん、何とかなるとかそういう問題じゃなくてね・・・と
言いたかったが、この時の母は、私に心配させまいと思ったのか、
それ以上の話ができなかった。

 この出来事が、父の認知症の発覚に至たる序章だった。

 その2ヶ月後に、母から私宛に手紙が届いた。

 つづく・・・


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父の認知症の発症(2)

 父の異変に気づいたのは東日本大震災が起きた年の2011年9月。
 この時は、まだ、母が「大丈夫だ」と言い張ったので、静観をすることにした。
 その2ヶ月後の11月に、めずらしく母から私宛に手紙が届いた。
 
 お母さんや●子さん(弟のお嫁さん)が、お父さんに「これはおかしい。詐欺だよ」と言っても、お父さんは「違う!」と言って聞き入れてくれません。
 弁護士さんに聞いてもらえますか?

 そして、「賞金が当たりました。」「1,000,000,00円」「賞金当選のための資格を獲得のために、申込金を支払って下さい。」云々と書かれたDMが複数同封されていた。
 DMには返信用紙と、返信用封筒が同封されており、賞金を獲得するには、返信用紙に個人情報などを記入して返信する。支払い方法はクレジットカード払い、定額小為替、現金の郵送の中から選択するというもの。

 当時、私が法律事務所に勤めていたので、「弁護士に訊いて欲しい」と書いてきているのだが・・・
 こんなの! 弁護士に訊くまでもなく、明々白々の詐欺じゃない!

 早速、母に電話をすると次のようなことの次第だった。

 自宅最寄り駅前の銀行(父が主に利用しているところ)の隣にある交番から電話があった。
 最初は母に電話をしたそうだが、不在だったので、お嫁さんの方に電話があり、お嫁さんから母に電話が行き、母が交番まで父
を迎えに行ったというのだ。

 父は、くだんのDMを手に、銀行へ行って、指定口座に申込金を送金しようとしたようだ。
 おかしいと気づいた銀行員が、恐らくは、父に思いとどまらせようとしたのだが、どうしても納得しないので、「隣の交番に行っていただき、おまわりさんが「いいですよ」と言うのであれば、お受けしますよ」等と言うので、父は交番のおまわりさんを訪ねたようだった。
 そこで、おまわりさんから、家族のほうへ連絡があった・・・

 おまわりさんから、「奥さん、旦那さんの財布はきっちりと握っておかなくちゃ、ダメですよ」と叱られたとか・・・

 その日は、そのまま大人しく自宅に帰ってきたそうだが、翌日、父は、今度はこっそり郵便局に出向いて、定額小為替を買って、送金してしまった・・・ということが判明。

 母の言うことなど父は聞かないので、お嫁さんに加勢してもらったが(弟はどうした?)、父は頑として聞き入れないのだという。そして、同じようなDMが一日に何通も届き、それを見た父が、また、送金しに行こうとするので困っているという。

 さっそく、仕事が休みの次の土曜日だったか、日曜日に実家を訪ねた。

 久し振りに訪ねた実家は・・・

   荒れ果てて、ゴミ屋敷同然 

 廊下やすべての居室、台所、お風呂場に至たるまで、床に物が積み上げられている。
 通されたリビング兼ダイニングも、物が詰め込まれたレジ袋や積み上げられた物々で足の踏み場もない。

 母がお茶を入れてくれたが、テーブルの上に置かれた書類や物で、湯飲みを置くスペースがない。
 仕方がないので、置かれた書類や物をちょっと横に置いてスペースをつくり、湯飲みを置く始末。
 これでどうやって、毎日ご飯を食べているのだろう? ( ノД`)

 元々、私の両親は、私の子どもの頃から整理整頓は悪かった。
 洗った洗濯物はタンスに入れず、部屋に積み上げるか、部屋の壁の桟等に針金ハンガー等にかけて吊していた。
 数年前から、私たち夫婦がお正月に実家を訪ねるのも、母は「片付いていないから、来なくていいよ…」等と言って渋るようになった。
 それでもと訪問すると、雑然とした部屋ながら、まあ、一応片付けているふうだった。
 ところが、トイレに立ち、ふと洗面所兼脱衣所で手を洗う際に、ふと風呂場のドアを開けてみると、ナント、風呂場いっぱいにたくさんの物が積まれ、押し込まれていた。
 これじゃあ、お風呂にも入れないじゃない。
 私たちが来るというので、とりあえず、たくさんの物を風呂場に突っ込んでおいたというところだろう。
 そんなふうだったので、

 「お母さん、片付け、手伝おうか? これ要るものなの?」

と、床に置かれたたくさんのレジ袋の中身を見ながら言うと、

 「全部要るものだから。いいから! お母さんが自分でやるから!」

 私も、いったい、どこからどうやって手を付けてよいか分からないような状態だったので、とりあえずは、そのままに・・・

 この頃、既に私の夫の認知症も判明し、私もフルタイムで働いていたので、日々の自分の生活だけでいっぱいいっぱいだったので・・・これは言い訳ですがね。

 こうして早めに手を打たなかったツケが回った2011年の11月、実家は、数年前の様子より、もっともっと荒れ果てていた。

つづく・・・

 なお、賞金DM詐欺については下記のURLに詳しいです。
 国民生活センターの発表情報 2012年3月15日公表
「賞金が当たった」という詐欺的なDMに注意!
    -全国の消費生活センターに寄せられたDMの分析をふまえて-


  


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父の認知症の発症(3)

 父の異変に気づいたのは東日本大震災が起きた年の2011年9月。
 母が、父の扱いにお手上げとなり、ヘルプ要請が来たのが11月。
 久し振りに訪ねた実家はゴミ屋敷同然に荒れ果てていた。
(二世帯住宅で、弟夫婦と甥姪も2階に住んではいましたがね。)
 
 部屋中にうず高く積まれた物々(両親はどれも必要な物だと言うけれども)の間に小さくなって座っている父と母を見て、悲しくなった。

 父の通帳を見せてもらって愕然とした
 わずか数年の間に、大変な額のお金が引き出されている。
 その額たるや、東京近郊に一戸建てが買えるぐらいの残高が、雲散霧消~
 多い時には、月50万円から200万円もの現金を引き出している。

 しかも、9月に解約したという保険の返戻金40数万円も、通帳に入金されるや直ちに全額引き出して使ってしまっている。
 それで、現在残高、数千円ですか?

 「こんなにたくさん一体何に使ったの?」

 「え~、旅行へ行ったり、いろいろ…」ゴニョゴニョ、口ごもっている。

    何言ってるの? 
    海外旅行へは行ってないし、せいぜい国内旅行で、
      それも数回しか行ってないじゃない。

 「お母さん、お父さんがこんなにたくさん使っているの知ってたの?」

 「いや~、知らなかったわぁ」

 それに!
 母が言うには、弟のお嫁さんから、

 「●●さん(弟の名)が生活費をくれないんです~。
 お父さん、お母さんから何とか言ってください~」

 と泣きつかれて、孫の教育費として、毎月10万円~15万円を援助している・・・というのだ!

 何、寝ぼけたこと言っているの?
 弟は、一応、上場企業で役職持ってるじゃない!
 お嫁さんも常勤で女性としては高収入な仕事に就いているの。
 どう考えても、年金暮らしの両親の月額収入より、弟世帯の収入の方がずっと多いじゃないの。
 弟が、妻に生活費を渡さないのは、それは弟夫婦の問題であって、それをどうして両親が援助しなければならないのよ?

 弟家族へのこれまでの援助金は、ノートに記録されていたので、これは金額がはっきりしている。
 計算すると約450万円ぐらいだった。
 まあ、いいでしょう。お嫁さんや孫のために使ったものなら、いいんです。

 それ以外の、数千万円はいったいどこへ消えてしまったの?

 自宅内にうず高く積まれた物々の中には、ノートパソコン(買ってきて一度も明けていない状態のものもあり)が数台、OSソフトパッケージ(開けていない)ワープロソフトパッケージ(開けていない)、パーソナルプリンター3台(開けていないものあり)、デジカメ4~5台、デジタルビデオ2台、初代iPad(どれも、適合する電源コードがどこにいったのか判らず、ちゃんと動かない。購入して数年が経っており既に型落ち状態)、電子辞書数台、その他、訳のわからない機械やら、何やらの他、100円ショップで文房具類(同じ種類のものをいくつもたくさん購入する)等が埋もれている。

 それから、宝くじが山のように出てくるわ、出てくるわ~。
 しかも、封が開いていない。開けて見ると、既に換金期間が過ぎてしまっているものも多数。
 母に言って、これらの有効期間内の宝くじを、宝くじ売り場でチェックしてもらう。
 全然、あたりゃしなかったけれどもね。せいぜい数千円ってところ。

 どれも、買うだけ買って、満足し、ろくに使えていないようだ。
 買い物依存症かな?
 これらのガラクタ(にしてしまったもの)を全部併せても100万円超えるかどうか?
 
 では、残りは何に使ったの?

 何やら手書きのメモが出てきた。
  某宗教団体に寄付50万円

 ちなみに、父はその宗教団体をきちんと信仰しているわけではありません。
 そんな気配はみじんもなし。ただ、多額の寄付をするせいで、ちやほらされていい気になっているらしい。

 父は、昔から、八百万の神が好き。
 いくつものお守りをじゃらじゃら持って歩いている。
 呪いや御札、オカルト関係大好き。
 「ムー」という雑誌も好きでしょっちゅう購入。

 父はまた、自分が会長をしていた某サークルで、皆に気前よく飲食をおごってやったりしていたらしい。

 何かに騙されて、送金したりしていないかと、掃除をしながら探してみたが、それらしき書類やメモは見当たらなかった。
 恐らく、父は全部現金で引き出し、現金で寄付したり、おごってやったり、誰かにやってしまったのだろう。
 お金をばらまけば、周りの人間はチヤホヤしてくれるから、それが気持ちよくて、やっていたっていう感じかな? 

 まるで芥川龍之介の「杜子春」のよう。
 金持ちにしてくれる仙人の代わりに、宝くじを買ったり、賞金詐欺のDMにひっかかったりするっていうわけだ。

 少しでもお金を払ってしまったからか、この詐欺DMが山ほど来るわ来るわ。
 どうやら、カモリストに載ってしまっているらしい。

 母には、こうしたDMが届いたら父の目に触れないうちに廃棄するように、と言ってあったが、
たまたま、私が実家の片付け掃除に行った日、父が郵便受けに来ているDMを見つけてしまった。

 「あ~! お父さんが! お父さんが~、それはダメダメ!」という叫び声が聞こえた。

 何事かと見ると、父が、新しく来た 賞金詐欺DMを手にしている。

 「お父さん、それはね、弁護士に訊いたんだけど、詐欺だってよ。
 だから、そんなものにお金を支払ってはだめなんだから、こちらにちょうだい」

 と、父の手にあるDMを取ろうとすると、

 これは、お父さんのお金だ! 
 お父さんが当たったんだから、お父さんものだよ!
 そんな警察だか、弁護士だかが何と言おうと、関係ない!


 そんな1,000,000,000円などという数字を見て、本気で、言っているんだ。
 この時、はっきりと、父が認知症になっていることを痛感した。
 いくら理屈で説得しようと試みても、無駄だ。

 本人にお金の使途を訊いても、はぐらかしているのか、本当に覚えていないのか、全然わからない。
 挙げ句、

 「お父さんは、死んだら、お葬式なんて派手にやらなくていいんだからな!

 と憎たらしいことをのたまう父。

 「お父さん、人間はね、そう簡単には死ねないの! 
  死ぬ前に、介護費用とか医療費とか、たくさんかかるのものなのよ!」

 もうこれ以上追及したところで、お金が返ってくる見通しはない。
 借金をしていなかっただけマシと思って、すべて諦めるしかない。

 けれども・・・
 不肖、私、法律事務所で働き、多重債務者の借金整理や生活の立直しや成年後見人の事務で他人様の財産管理等、他人様のお世話に関わってきたのに、一番身近な両親を守れなかった・・・

 本当に情けない (;д;)
 それもこれも、私自身が、両親にちゃんと向き合って、コミュニケーションをとってこなかったから、こんなことになってしまったのだ。

 弟は、まったく頼りにならない。でも両親と同居してくれているだけでもありがたいことだ。少なくとも両親の安否確認はできる。
 弟のお嫁さんには、まあ、罪がない。そもそも、弟が自分の家族に向き合っていないことが原因なのだから。
 弟とお嫁さんの関係が悪いのに、両親の介護をやってもらおうなんて、そんなこと思ってはいけない。
 お嫁さんも常勤で働いているのだし、お嫁さん自身の両親のことだってある。我が両親と一緒に暮らしてもらっているだけでありがたいことだ。

 けれども、両親にははっきりと言った。
 「自分自身の生活が破綻している状態なのに、孫に援助している場合じゃないでしょ!
  今後は、お嫁さんと孫への援助は止めて下さい。」

 弟には、お嫁さんの居ない時に、電話をかけて事情を話した。
 「お父さんとお母さんが、毎月●子さん(お嫁さんの名)に10万円~15万円のお金を渡してきているんだけど、あなた知ってた?」
 「え~、まったく知らなかった・・・支払う必要なんかないよ。」
 「当然です。もう、お父さん、お母さんのお金が全然なくなってしまったんだから、そんなことできないよ。」

 さて、どうやって、両親の生活を立て直したものか?

 つづく・・・


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夫の認知症の現状

 昨年11月に大学病院で、頭部MRIと脳血流SPECT検査をした。
 脳血流SPECT検査で、夫はせん妄状態になり、途中で動き出して、検査員が動かないように抑えたが、そのうち足で蹴り出したため、中断せざるを得なかったが、何とか読める状態のものは撮れたらしい。
 その結果について、大学病院から在宅医への診療情報提供書をもらったので、下記に引用する。
-------------------
★頭部MRI
 海馬体の中程度以上の萎縮。側頭葉先端部にも中程度以上の萎縮がみられる。→アルツハイマー型認知症

★脳血流SPECT
 両側前頭葉(右優位)、両側側頭葉(下部優位、右優位)。帯状回全域に血流低下あり。前回と比較し、血流低下と脳萎縮は進行。

★長谷川式 6点/30点満点 (2015年1月26日実施)
----------------------
 長谷川式は、たったの6点しかとれていない。
 2005年に初めて実施した時は、26点だったので、約10年で20点下がったことになる。
 一般にアルツハイマーの場合は、1年で2点下がると言われているので、まるで教科書通り経過ということかな。
 2016年の現在は、昨年1月よりもっと認知機能が低下しているという実感があるので、4点ぐらい? 重度認知症の域に入っているよね。
 2年後には、0点になるっていうことか・・・

 一方で、時計描画とか、文字を書いたりとかは、下に示すとおり、結構できるのが不思議。(文章を書くのはダメだけど・・・)
 視空間認知機能は保たれているということですよね。

★時計描画テスト(2015年10月に自宅で実施した際に撮影) 時計の文字盤を描き、さらに10時10分の針を描いてもらう。

2015-10-08時計6

2015-10-08時計5

2015-10-08時計4

2015-10-08時計3

2015-10-08時計2

2015-10-08時計1

時計描画完成

★2016年1月2日 夫の書き初め

書き初め(申年)
書き初め(桜)2016-01-04桜
書き初め(猫)

猫2016-1-4

猫キス2016-01-04



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父の認知症の発症(4)-財産管理

 父の異変に気づいたのは東日本大震災が起きた年の2011年9月。
 これは認知症であると確信したのが2011年11月。

 やるべきことはたくさんある。
 1.病院への受診
 2.介護保険の申請
 3.父の財産管理

 1から順番に書いていこうと思ったが、今日また父の財産関連でちょっとしたできごとがあったので、そのことを書こう。

 成年後見の申立も、一応、検討したが、父の住んでいる県の家裁の「成年後見申立の手引き」(裁判所のホームページで公開されている)を読んだところ、全件について「鑑定を要する」となっていた。

 「鑑定」というのは、本人の判断能力がどの程度あるのかを医学的に判定するための手続きだ。

 ケアマネに、成年後見申立の話をしたところ、父の認知症の主治医になってもらった精神科クリニックでは、成年後見申立の鑑定をすることができないというのだ。この県では精神保健指定医しか成年後見の「鑑定」をやれないことになっており、父の居住地の近隣では、●●病院という精神科の大きな病院にしか精神保健指定医がいないというのだった。

 鑑定は、この病院に入院して検査をしてもらわなければならないのですよと説明を受けた。

 え~、それは、かなり大事だなあ。父の住民票を私のところに移して、東京家裁で申立をしようかと考えたほどだった。東京家裁では、主治医の診断書と調査官面接で決定が出るので・・・
 (なお、5年後の現在、あらためて「成年後見申立の手引き」を確認したとろ、この「全件鑑定要」は、「鑑定の要否は、申立書類一式、面接の結果等を勘案して、事案ごとに裁判官が判断します」に改められていた。実際、昨年私が仕事で関わった同県での成年後見申立に際しては、精神保健指定医資格のない主治医の診断書のみで、成年後見開始がなされた。)

 けれども、問題は、父の認知症の程度で、5年前の当時は、鑑定の結果、「後見相当」ではなく、「保佐相当」が出るかもしれないという微妙なところにあるんじゃないかということだった。

 大変な思いをして「鑑定」した結果、「保佐相当」だった場合、例えば、父の通帳や印鑑、キャッシュカードを管理したいと思っても、父から、通帳管理や年金受領手続き等の「代理権の付与」が得られなければ、それができないのだ。
 これが「後見相当」となると、後見人は、あらためて「代理権の付与」をもらわなくても、通帳その他の財産管理ができるのだが。
 
 5年前の父の状態では「鑑定」の結果、「後見相当」になるか「保佐相当」になるか、どちらにころぶのか判らないというリスクがあったので、成年後見申立は止めたのだった。
 (その他にもいろいろ理由はありますが、詳細はこのブログの「私が成年後見制度を利用しない理由」を参照)

 それで、法的に正式な形にはなっていないけれども、「事実上・・・」ということで、私と母で父の2つの預金口座を1つずつ管理することにした。

 父の年金の入る口座は私が管理を担当し、あまり動きのないもう1つの口座は母が担当する。
 私が、必要に応じて、父の口座からキャッシュカードで現金を引き出して送金していた。

 一応、父も納得の上で、通帳やキャッシュカードを引き渡してもらった(はず・・・だった。)

 ところが、約1年を経過したある日、私が銀行で父の預金通帳を記帳しようとしたら、突然「この通帳は使えません」と。
 キャッシュカードも使えなくなっていた。

 なんと、父が、自分で銀行へ出向き、通帳とキャッシュカードの紛失届け出をして、通帳とキャッシュカードの再発行をしてもらっていたのだ!

 当時、父の認知症が判明して、父が詐欺ダイレクトメールにひっかかりそうだったため、父宛の郵便物は、全部、私のところに転送されるように郵便局に手続きをしていた(1年間のみ転送してくれる。)
 父宛には、こうした詐欺DMが週に4通も5通も届き、そのたびに封筒に付箋を貼って「受領拒否」と書いて、押印してから、ポストに戻すということを続けていた。こうして、1年でほとんだ詐欺DMはなくなったが。

 郵便物が私のもとに転送されるようにしていたため、父が銀行でキャッシュカードの再発行を依頼しても、キャッシュカードは「転送不要」となっているため、父のもとには届かない。(もちろん、「転送不要」郵便物は、私のもとにも届かないが)

 父は、キャッシュカードが届かないので、銀行へ問い合わせをしたらしい。
 そうしたら「転送不要」で銀行へ戻ってきていますよ・・・という説明をされた模様。

 すると父は、自分宛の郵便物を郵便局の「局留め」にするよう手続きをして、キャッシュカードをゲットしたのだった。

 こういう知恵は働くけれども、全体的な判断がとんでもなくおかしいので、困ってしまう。

 こうして父は、自分の手元に通帳とキャッシュカードを取り戻し、自分の好きなようにお金を下ろし、再び、宝くじなどを買ったりし、いろいろ購入するようになった。
 しかし、その後、父の認知症は更に進んだ。
 父は、通帳とキャッシュカードを実家の金庫の中にしまったが、そのまま金庫を「開けられなくなり」、取り出せなくなった。
 (今も金庫は開いていない。しばらくそのままにしておく予定。)

 父は、再度、通帳とキャッシュカードの発行を依頼しようと、銀行に何度も足を運んだようだ。
 しかし、悲しいかな、認知症の進んでしまった父には、もう再発行に必要な手続き書類を揃えたりすることができなくなり、銀行の方も認知症だと察しているためなのか、今のところ、通帳やキャッシュカードの再発行は成功していない。

 父名義のクレジットカードについても、カードで好きなように買い物をしたり、キャッシングをされては困るので、私がいる目の前で、父にカード会社に電話をかけさせて、すべて解約させた。

 ところが、その2年後、父は、また、あらたにクレジットカードの契約をしていたことが、あとになって判明。
しかし、使い方がわからなくなっていたのか、カードの利用はないまま、毎年年会費のみが引き落としされていた。

 今日、母と電話でこんなやりとりをした。
 
 この間、あなたが帰った後に、お父さん名義の○オンのカードが置いてあったのよ。

 え~、私、お父さん名義の○オンのカードなんか知らないよ。

 なんか、突然出てきたから、あなたが置いていったのかと思った。違うの?

 私、そんなもの置いて行かないよ。
 それで、○オンのカードって、○-ONカードとかではなくて、本当にクレジットカードなの?


(16桁の数字が刻んであることを確認。クレジットカードだ~)

 ○オンで、買い物する時、使えたんだよ。○オンカードって、普通は青っぽいでしょ。
 でも、これは黒っぽくて、▲CBって書いてある。


 えぇ、黒いカード? 
 え~、お父さん、もしかして年会費の高いカードを作ったんじゃないの?
 まったく、もう、何考えているんだか?
 それで、カードを使ったって言ったけど、お父さんが使ったの?


 ううん、私が使ったの。
 そしたら、カードの裏に名前が書いてないですねって、店員に言われて、何か紙に書かされたわ。
 それで、カードの裏に名前を書いておくようにって言われたから、名前を書いたの。


 ひぇ~! それって、お父さん名義のカードなんだよね?
 それにお母さんの名前を書いて、使っちゃったの?


 だって、店員に、カードには名前を書いておくようにって言われたから・・・

 ひゃ~! 
 そんな、カード名義と署名の名前が違っているカードなんて、もう使えないよ~。
 そもそも、お母さん、他人名義のカードは使っては、い・け・ま・せ・ん!
 自分の○オンカードを持っているでしょ。
 それを使うようにしてね。


 なんか、見あたらなくって・・・

(え? お母さん、自分のクレジットカードなくしたって言った?
 あとで、もう一度、確認しておかないと~)

 いったん電話を切って、父の郵便物を調べたら、その▲CBマークのあるカードは、◆菱◆FJ●コス発行のカードだった。
 以前から、このカードは解約しなければと思っていたが、カード自体が見当たらなくなっていたので、どうしようかと思案していたものと同一のカードだった。見つかって良かった。

 しかし、母ったら、○オンで使えたから、○オンカードだと思ったとは・・・。

 いずれにしても、クレジットカードの仕組みを理解していない父と母、カードの管理もできない父と母が、クレジットカードを利用するのは、もう無理・・・っていうか、利用してはいけない。

 両親と同居している弟に電話で事情を話し、「裏に母の名前が書かれた、父名義のカード」は、弟に解約手続きをとってもらった。

 併せて、実家の家の修繕や電気関係のことなどは、今後はどんどん弟に頼んでやってもらうように、母に伝えた。
 さっそく、母は、弟に壊れた包丁入れの取り付けや、壊れた換気扇の手配・取り付け等を頼んだところ、すぐにやってくれているようだ。

 これで私も少しは安心です。

 今回は、また、長々とややこしいことを書き連ねてしまい、読みづらかったと思います。
 スミマセン・・・

 つづく・・・

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父の認知症の発症(5)病院受診と介護保険申請

 父の異変に気づいたのは東日本大震災が起きた年の2011年9月。
 これは認知症であると確信したのが2011年11月。
 介護保険サービスを利用したいと思ったが、そのためには、まず主治医を決めて、認知症かどうかの診断を受けなければならない。
 父には糖尿病の持病がある。
 実家から徒歩2分の病院がかかりつけである。
 私や弟も幼い頃からずっとこの病院にかかってきた病院だ。
 この病院は、内科や整形外科等の他、透析もできる病院だが、認知症を専門に診られる科はない。
 そこで、この病院から紹介状を書いてもらい、地域の総合病院に受診しようと考え、父の診察に同行した。
 私が父の娘であることを話して、紹介状を書いてもらうために事情を説明した。その後、父が医師に何やらかんやら話をした。すると、その医師は、

 「この人は、いっつも言っていることが、チンプンカンプンで、何を言っているのか判らないんですよ。」

 と言った。
 患者を前にして、なんという失礼な物の言い方!
 それに、認知症だということを以前から気づいていたのであれば、なんで、一言「認知症かもしれませんよ」と家族に声をかけてくれないのか?
 我が家の家族は、その病院ができてから50年以上は通院しており、もちろん、母も定期的にその病院にかかっており、父と母が夫婦であるということも、その医師は知っていたはず。
 この医師は「患者は黙って言うことを聞いていれば良い」というような高圧的な態度で、こんな医師に父の主治医になってもらうのはとんでもないと思った。
 とにかく紹介状を書いてもらって、総合病院で結果が出たら、他に主治医を探そう。

 総合病院の神経内科では、長谷川式等の検査の他に、血液検査やMRI検査などを受け、検査結果を聞きに行く際には、母、弟と弟のお嫁さん、私と4人でぞろぞろ付いていった。
 結果は、まあ、海馬が少し萎縮しており、微少脳梗塞の跡もあり、長谷川式等の検査結果等から総合的に考えて、初期の認知症だろうと言うことだったが、アルツハイマー型なのか脳血管性かは、現時点では何とも言えないということだった。
 それにしても、この神経内科医、父や私たち家族と面談する際、ずっとパソコン画面を見たまま、顔を上げずに話をしていて、父の顔や動きを観察するとか、父に話しかけるとか、ということが一切なかった。
 検査データだけを見て、生身の人間が目の前にいるにも関わらず、まったく無視。
 そもそも人とコミュニケーションをするという基本的なことができない医師だった。
 こんな医師のもとに二度と来るか・・・と思った。

 主治医をどうするかを検討した結果、我が家からは一駅先になってしまうが、認知症を比較的多く診ている小さな精神科のクリニックにお願いすることにしていた。総合病院から診療情報提供書は、このクリニック宛てに書いてもらった。
 この小さなクリニックは、アットホームな感じで、担当の女性医師も父の顔を見て話をするという当たり前のことをきちんとやってくれ、家族の話もよく話を聞いてくれて、納得のいく所だった。
 このクリニックには、介護ケアセンターと認知症デイサービスも併設されており、父のケアマネージャーはここの方にお願いすることにした。

 病院受診と並行して、地域包括支援センターに介護保険の申請をし、さっそく認定調査にも来てもらった。調査には、父本人の面談とは別に、母や私、弟のお嫁さんも調査員と面談し、日頃の状況を話した。
 もちろん、買い物依存症?ととんでもない額の浪費や詐欺DMにひっかかってお金を何度も振り込んでいること等も話した。最近は、買い物以外の意欲がなくなり、家に籠もって居眠りしていることがほとんどであること。このままでは廃用症候群に陥ると思われるので、デイサービスを利用したいこと等を話した。

 結果は要介護1。クリニック併設のデイサービスは、比較的認知症の重い方向けだったので、我が家から徒歩10分ぐらいのところにある別のデイサービスに週5日通うことにした。

 父の認知症の薬として、リバスタッチ4.5mgから開始した。
 それと同じ頃に、デイサービスに週5日通い始めた父だったが、まもなく体調を崩した。リバスタッチの影響か、新たにデイサービスに通い始めた緊張からか、1ヶ月近く下痢が続いた。
 そのため、リバスタッチは中止し、抑肝散加陳皮半夏に変更。
 デイサービスも2ヶ月目に入る頃には、父の下痢も治り、体調の方は落ち着いた。

 つづく・・・

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父の認知症の発症(6)- 脳梗塞発症・・・帰ってしまった救急隊



 2011年12月に認知症の診断が出て、介護保険の認定調査の結果、要介護1が出て、介護サービスの利用を開始した父。

 その後、約2年が経過したある金曜日の晩、私がいつものように母に電話をかけて、父の様子を聞くと、

 「今日は、お父さんと一緒に町会の日帰り旅行で浅草に行ったんだけど、お父さんたら、なんだか急に歩けなくなったみたいで。みんなと一緒に付いて歩けないんだもの。途中ではぐれちゃって・・・そしたら、集合場所に集合時間になってもなかなか来ないから、心配していたら、お父さんたらタクシーに乗って来たのよ。
  さっき、帰ってきたんだけど、お父さんたら、足をひきずっていて、あんまり歩けないのよ~。疲れたのかなあ?」

 「急に歩けなくなった感じなの? 足をひきずっている?」

  うちの夫が脳梗塞を経験しているので、その時のことが頭に浮かび、母に、

 「あのね、お父さんに、目をつぶって、両腕を前に上げさせてみてくれる? 
  それでね、片方の腕が下がってこない?」

 「どれどれ、お父さん、お父さ~ん、ちょっと来てぇ~。
  目をつぶって、両腕を前に上げてみて~」

 「どう? どっちかの腕が下がってこない?」

 「うん、下がる。」

 「えっ? 腕が下がっちゃう? 目をつぶって、両腕を前に上げたままにしてって言っても、腕が下がっちゃうの?」

 「うん、片方の腕が下がる。」

 「え~! それは大変だ それは、脳梗塞起こしているわ!
 お母さん、すぐに救急車呼んで。今すぐに!
 私、今から、そっちへ行くから。
 わかった? 今すぐに救急車119番だよ!」

 もう夜9時を回っていたが、3年前の夫は、まだ、家で一人で留守番ができたので、夫を置いて、私はすぐに実家へ走った。

 実家に向かう電車の駅から、ケータイでまだ、救急車要請をためらう母を説得。
 また、途中で、救急車を要請したかを確認。さらに、また途中で電話をしたところ

 「今、救急隊員が到着した。」

 というので、実家に着く頃には、既に病院に搬送されているかも・・・と思いながら、実家に到着。
 ところが、父も母も家に居る。

 「えっ、どうしたの? 救急車来たんでしょ?」

 「うん、でも、お父さんが大丈夫だって言うから・・・それで救急隊も帰ったの。」

 「え~?! 救急隊が帰った? そんな馬鹿なぁ。なんで、帰らせちゃうの?
 だって、お父さん、日頃からこんなふうな歩き方をしているわけではなくて、今日、突然こんなふうな歩き方になったんでしょ。
それをちゃんと言わなくちゃ。お父さん、全然、足が前に進まないじゃない。」

 「いいわよ。明日、●●病院(家から徒歩2分の例の病院)で診てもらうから。大丈夫よ。」

 父も、「わざわざ、夜に来てもらって悪いね。お父さん、大丈夫だからさ。」

 私はとても納得できない思いだったが、認知症の夫を家に一人で置いているし、その晩遅くに自宅に帰った。

 翌朝の土曜日、電話をして、母に病院受診の結果を聞くと、

 「うん、点滴を打ってもらったわ。しばらく毎日点滴を打ちに来るように言われた。」

 「え~、入院させてくれないの? 脳梗塞でしょ? 通院して点滴? おかしいなあ?」

 私は、昨晩からの経緯を、父のケアマネに電話で相談。
 ケアマネも心配になったのか、これから、訪問して、父の様子を見に行くと言う。
それで、母に電話をして、「ケアマネと一緒にもう一度お父さんの様子を見に行くから」と伝えて、私も実家に向かうことに。
 私が実家に到着したところ、ケアマネはまだ来ていなかった。

 「あれ? お父さんはどこ?」

 「それが、さっきまで居たのに、いなくなっちゃったのよ~(;゜0゜) おかしいなあ。」

 「えぇ、Σ(゚д゚|||) お父さん、歩けないんでしょ? 歩けない人が、どうしていなくなるのよ?」

 すぐにケアマネが到着し、歩けないはずの父が、いなくなったことを伝えると、ケアマネが父が行きそうなお店(たぶん買い物だろうと)を自転車で探してくれることになった。
 私と母は取り敢えず、警察に父が行方不明になったことを電話をした。
 警察への電話を切って、まもなく、ケアマネから電話が来た。

 ナント、我が家から徒歩10分ぐらいのところにあるスーパーの100円ショップで、父が動けなくなって、床に座り込んでいるところを発見したそうだ。
 今、100円ショップのお店で椅子を借りて休んでいるので、迎えに来て欲しいとのこと。
 私と母で、「歩けないのに、足をひきずりながら、よくもこんなところまで来たわ」とブツブツ文句を言いながら、父を迎えに行き、タクシーで自宅まで連れ帰った。

 ケアマネも自転車で自宅に来てくれて、あらためて父の身体の様子を確認した。
 ケアマネの意見も、どうも脳梗塞を起こしているように思うということだった。

 「昨晩、救急車を呼んだのに、帰ってしまうなんて・・・」と私が言うと、

 「きちんと病状を訴えないと、高齢者だと、これくらいの歩行の人はよく居るからね。
 普段とは違っているのだということを、強く言わないとダメなのよ。」

 もう、土曜日の夕方になっている。
 ケアマネが、家から徒歩2分の病院に電話をしたが、既に診療時間は終了しており、救急外来もなく、対応不可だと。
 ケアマネは、救急で受け入れてくれそうな地域の総合病院に次々に電話をしたが、
 「只今、緊急対応中。3時間後ぐらいならいいけど・・・」
 等で、なかなか受け入れ可能な病院が見つからない。

 隣の市の脳外科病院にケアマネが電話をしたところ、今から救急で診てくれるということだった。
 そこで、私と母が父をタクシーで(片道5000円ぐらいの距離)、その脳外科病院へ受診。
 すぐにCTとMRIを撮ったところ、脳梗塞を発症していることが判り、そのままICUに入院となった。

 やっぱり、脳梗塞だった!
 昨晩の救急車を呼んでから、丸一日も経ってしまっていた。

 なんだかな~ (ノ_<)

 ちょうどこの頃、両親の住む県では、救急車が到着しても、受け入れ先の病院が決まらず、患者が死亡するという事件の報道が何件かなされていた。
 父のもとに来た救急隊も、受け入れ先を探すのが困難であることが判っていたので、本人や家族が「大丈夫です~」等と言っているのをよいことに、帰ってしまったんだろうか?
 でも、ちょっとひどくない?
  患者や家族は、脳梗塞の症状について、素人なんだから、きちんと訴えることができない。
 せめて、救急隊員が、父の身体に触って容態を確認してくれていれば、脳梗塞を起こしていることが判ったんじゃないかと思う。

 父は、それから約2週間入院。
 幸い、多少、足の動きが悪くなったぐらいで、大きな麻痺は残らなかった。
 退院後、父は要介護2となり、現在に至っている。

 つづく・・・


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猫と補聴器は電子レンジでチンしてはいけません!

 父の異変に気づいたのは東日本大震災が起きた年の2011年9月。
 これは認知症であると確信したのが同年11月。
 同年12月に確定診断が付き、主治医も決まり、要介護1が認定されて、2012年1月より介護保険でデイサービスを利用を開始した。
 当初は入浴は自宅で入っていた。実家の風呂は、今時のユニットバスではなく、昔のステンレス製の底の深いお風呂で、小さい孫も一緒に入れるようにと一般家庭用としては大きい。
 ところが、要介護2になった頃から、足腰が弱った父が、この大きくて深いお風呂に入った時に、立ち上がれなくなってしまったことがあった。母が何とか助けて出したそうだが、その時にすべって転びそうになり、怖い思いをしたようだ。
 それ以来、自宅の風呂は入らなくなってしまったので、デイサービスで週2回お風呂に入れてもらっている。

 ある時、弟のお嫁さんから「おじいちゃん、耳がだいぶ遠いようだから、補聴器を使ったらいいんじゃないかと思うんだけど・・・。その方が認知症も進まないんじゃないかしら?」と相談を受けた。
 私は、即座に反対をした。「いや、父に補聴器は必要ありません。」
 一般的には、耳が悪くなると、人とのコミュニケーションがとりにくくなって、引きこもってしまうので、認知症が進むと言われている。
 しかし、認知症の人に補聴器を装用すればコミュニケーション問題は解決するか?というと、そう簡単なことではない。
 補聴器というしろものを使いこなすには、本人の聞きたいという意欲や、聞こうという努力が絶対に必要なのだ。
 目が悪いからメガネをかけるというのと、ちょっと使い勝手が異なる。
 というのも、人間の自然な耳は、自分にとって必要な音声だけを拾えるようにできているけれども、補聴器という人工物は、すべての音を(自分に必要のない音まで)増幅して耳に入れてくるので、かなり大変で、疲れてしまう。
 頭が柔軟で適応能力がある若い人でさえ、補聴器を使いこなすためには、かなりの忍耐と努力が必要なものだから、高齢者が補聴器を買っても、使わなくなってしまう例が多い。
 さらに認知症になると、自分に必要な音声だけを拾うという機能も衰えてくるので、音に過敏になり、大きな音が入ると不穏になったりする。
 だからこそ、私は、はっきりと反対したのだが、お嫁さんは、私が遠慮しているとでも思ったのか、はたまた、両親がこれまでお嫁さんと孫たちに毎月多額の援助をしてきたことが私にバレて、それを負い目に感じていたのか分からないけれども、(勝手に)父に60万円近くもする高価な両耳かけ型のデジタル補聴器を買ってしまったのだ。
 しかし、母が、そんな高価な物を買ってもらうとは申し訳ないと思い、「半額出します」と言って、半額支払ったそうなのだが・・・
 私は、父に補聴器を購入することには最初から反対していたので、お嫁さんが(勝手に)父に高価な補聴器を買ってくれたと聞いても、お礼の言葉を言う気にはならなかったから、黙っていた。

 そして、しばらくして、案の定、事件は起こった。

 デイサービスに補聴器をして行った父は、口腔体操などをする時に耳をひっぱったりするので(父本人談)、その時に補聴器を外して、ポケットの中に入れた。
 そして、補聴器を入れたことを忘れて、そのまま。
 脱いだ服は、ポケットに補聴器が入ったまま、洗濯機の中へ。
 その間、父は補聴器がなくなったことに気づかなかったか、気づいても、どこに置いたか、入れたのか覚えていなかったんですね。
 母が、洗濯を終えて、洗濯機から服を取り出していると、底から補聴器が出てきたので、びっくり仰天 ((((;゚Д゚)))))))

 「イヤダ! お父さ~ん、補聴器が洗濯機の中に入っていたわよ!
 服の中に入れてたの? 一緒に洗っちゃったわよ。
 水浸しになっちゃってぇ、補聴器、乾かせば、大丈夫かしら?」

 父もびっくりして、補聴器を大事そうに受け取り、リビングの方へ持っていった。
 母は、父がどこかに補聴器を干しておくのだろうと思い、そのまま、洗濯物を干しに外に出た。
 そして、家の中に入り、台所へ行くと、何かプラスチックの焦げたような臭いが充満している。
 何だろう? 電子レンジの中?
 電子レンジを開けてみると、
  ナント、溶けた、補聴器が~ (。Д゚; 三 ;゚Д゚)
 

 補聴器を水浸しにしてしまい、慌てた父は、「早く乾かさねば」と思い、電子レンジに補聴器を入れて、チンしたのだった!

 昔、アメリカで、濡れた猫を乾かそうとして、電子レンジでチンしてしまい、猫を死なせてしまったというケースが起こり、それ以来、電子レンジには「濡れた動物を乾かすために使ってはいけません」という注意書きが付いているとか・・・テレビで見たことがあったけれども・・・
 どうやら、

猫と補聴器は電子レンジでチンしてはいけません!

という注意書きが必要なようだ。
 ・・・
 こんな父ですが、大学の理数系(化学専攻)を出ているんです。
 電子レンジの仕組みも判らなくなるほど、認知症が進んでしまっているってことですね。

--------------
 さて、補聴器騒動は、これでは終わらず。
 補聴器を電子レンジでチンしてしまったことをお嫁さんに伝えると、ナント、保証期間内なので、半額を出せば、新しい補聴器をまたもらえるというのです。(これも私に相談なく、勝手に)母は、お嫁さんがせっかく言ってくれているので断りきれずに、と言うか、性懲りもなく多額のお金を出し、新しい補聴器が父のもとにやってきた。

 しばらくして、母は、また、父が補聴器をしていないことに気づいた。
 そして、父が、何やら「今日、買ってきた」と紙を握りしめて、モゾモゾ言っているのに気づいた。
 その紙を取り上げて開いてみると・・・
    「補聴器 4万円の注文書」!

 母が問いただすと、父は、

 「実は、また、補聴器をなくしてしまい、見つからない。
  お嫁さんに申し訳なくて、なくしたと言えない。
  だから、代わりの補聴器を近所の眼鏡店で注文してきた。」

 母からの電話で事の次第を聞き、急いでその補聴器の注文を取り消してもらうようにした。
 母が、すぐに眼鏡店まで出向き、「実は、認知症で・・・」と事情を話したところ、快く注文を取り消して、お金を返してもらえたそうだが・・・
 補聴器は、おそらくデイサービスでなくしたのだと思われたので、母が、デイサービスに問い合わせて探してもらったが、結局、出てこなかった。
 もしかしたら、認知症の人も多いので、父が外してその辺に置いた補聴器を、どなたかが自分のものと勘違いして持ち帰ってしまったのかもしれない。
 デイサービスからは、「申し訳ありませんが、管理ができませんので、そんな高価なものはお持ちにならないで下さい」と言われる始末。

 それ以来、二度と補聴器が父の耳にかかることはなかった。

 メデタシ、メデタシ…ではなくて、大損ですね ( ノД`)

 認知症の人に補聴器を買ってあげようとご検討中の方がいらしたら、上記の父の一件を、どうぞ、教訓になさってくださいませ。

  電子レンジに入れないでね
 ニャンコは、電子レンジに入れないでニャー。



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老人ホームに入居した友人夫婦を訪問しました

 友人のTさん、Y子さん夫婦が昨年10月末に住宅型有料老人ホームに入居した。

 このことは、以前の当ブログの「夫の友、妻の友」「5年前の京都旅行の写真に涙 。゚( ゚இ‸இ゚+)゚。」に書いております。

 元々、難病で車椅子生活をしていたY子さんは、昨年のガン手術の後、筋力が衰えて寝返りもうてなくなり、褥瘡ができてしまったという。さらには抗がん剤治療を始めねばならず、認知症の夫Tさんと二人での在宅生活は、ヘルパーや訪問看護を利用したとしても、十分な対応が難しいということで、有料老人ホームに入居したのだった。
 
 郊外のその老人ホームへは、夫を車椅子に乗せて、電車を2回乗り換え所用約2時間。
初めて下りる最寄り駅。エレベーターはあったが、老人ホームがある側の出口は無人改札口で、駅前には何もない。ちなみに反対側の出口は有人改札口だったが。
 事前に何の情報もなく行ったのだが、駅前には本当に何もなくて・・・当然、タクシーなども・・・おりませんでした。
 駅出口から徒歩9分とホームページには書いてあった。
 が、道案内に「階段を下りて・・・」とあったので、台地なのかな?と予想。
 Google Mapで、遠回りをすれば、階段を使わなくても行けることは分かっていた。
 ゆるい坂道を下りていく。これは帰りは上りが大変だわ・・・
 それから幹線道路沿いに沿ってしばらく行き、T字路を左に・・と。
 T字路の右側は、かなりな山道。左は、右よりは緩やかだが、その緩やかな坂道が延々と続いている。結局、小高い丘の中腹あたりにその老人ホームはあった。
 え~ん 仕方がない。日頃の運動不足の解消だ~とあきらめて、夫の車椅子をゆっくりゆっくり押しながら、亀のように、登っていく。
 空気は冷たかったけれども、良く晴れて青空の広がった日だったので、目的地の老人ホームに着く頃には、私は汗びっしょり。夫は涼しい顔だよ。

 10ヶ月ぶりの再会を喜び合った。
 Y子さんは、思ったよりも元気そうで安心した。
 抗がん剤の副作用は出ていないのだそうだ。そういうこともあるのね。
 髪も抜けていないし、食欲もあり、何でも食べられるとのこと。
 現在は褥瘡もよくなり、あとは、足の筋力をつけるように頑張る!と言っていた。

 この老人ホームは全員個室になっており、夫婦室というものはなく、TさんとY子さんはそれぞれ別室。しかも離れた部屋。要は入居順に好きな位置の部屋を早く押さえた者勝ちということで、Tさんらが入居する時には、既に隣り合った2つの空き室というのはなかったらしい。
 他のご夫婦などは入居階まで違っている。まあ、中には「ダンナとは別々の方がいいわ~」という方もいるだろうしね。
 認知症のTさんが、一人で個室に居て大丈夫?と思っていたが、それは杞憂のようで、私たちがTさんの部屋を訪ねた時に、Tさんは一人で熱心に本(写真集)に見入っていた。「自宅に帰りたい」とは言っても、「じゃあ、自宅に帰ります」とか言って出て行ってしまうことはなく、ちゃんと妻と一緒にこの老人ホームに入居して、ここで暮らしているのだ・・・ということを分かっている。
 もし、うちの夫だったら、個室に入った途端、自分は何で一人でここに居るんだろう?と不安に駆られて、落ち着かず、「自宅に帰らせていただきます」と言って、出て行こうとするだろう。
 だって、我が家に居ても、私が下の階で掃除をしていて、夫が上の階で一人でしばらく居るところへ、私が上がって行くと・・・
 「あぁ、居たんだ! 良かった~。ボク、独りぼっちだと思って、不安だったんだ~」等と言っているくらいなので。

 そんなTさんだが、正月には、別居の娘に自宅に来てもらって、一時帰宅したそうだが、その時に「やっぱり家がいいなあ~! あれ? ボクの奥さんはどこにいるのかな?(妻が老人ホームに居ることは忘れているけど)」と言っていたそうだ。
 Y子さんも、この老人ホームの費用が馬鹿高いこともあるので、夫だけを自宅に帰そうかと思っていると。
 Tさんは、記憶障害はあるが、我が家の夫ほどは認知症が進んでおらず、場所や人に対する見当識はしっかりしている。また、トイレやお風呂なども自分でできるので、食事と見守りがあれば、在宅生活ができそうだ。そうは言っても、時間単位のヘルパーサービスだけではムリだろう。どうするのかな?と思っていると、
 娘さんに自宅に来てもらって、一緒に住むことを検討中なんだそうだ。

 それになんと言っても、Tさんの分の月額費用が40万円近くかかるから…と(聞き間違いじゃないよね?)。
 だから、そんなに支払うんだったら、娘にその費用を支払って、それこそ仕事としてTさんの見守りをやってもらった方がいいかな~というのだった。

 私も、あらかじめこの老人ホームについてホームページで確認していたけれども、そこは入居金0円で月額利用料は20万円ぐらいかなと理解していたので、40万円近くかかるというのは意外だった。
 自宅に帰ってから、あらためてよくよく読んでみると、Tさん夫婦が入居したのは、「介護付き有料老人ホーム」ではなくて、「住宅型有料老人ホーム」というものだった。

 「住宅型」は「介護付き」と違って、月額利用料に含まれるのは家賃相当額、管理費、食費のみ。
 その他にホームサービス(病院付添や買物代行は10分=540円、居室配膳1回=540円、その他個別対応サービス10分ごとに540円・・・結構かさみそう!)
 ベッド寝具レンタル代(介護保険利用できる)や消耗品実費。
 介護サービスが必要な場合は、外部の介護保険のサービスを利用することになるので、その費用が別途かかる。
 そんなこんなで、あれこれ足すと40万円ぐらいになってしまうわけらしい ((´・ω・`;))


 う~ん、こんなに高いものだと、我が家だって、短期の臨時的な利用ならともかく、長期利用は全然ムリ (T_T)
 月額の年金収入で、月額利用料を賄えないから、預貯金を崩していかねばならず、これではあっという間に預貯金は底をついてしまう。厳しいなあ (;д;) 

 Tさんと夫は、久し振りの再会。
 何を話していたのかは分からないが、
 まあ、それなりに夫も話しをしていたようだった。
 話しがかみ合っていたのかは怪しいものだ。
 夫の方が認知症が進んでいるので、だいぶ混乱した内容や妄想を話していたものと思うけど・・・
 でも、幼馴染みの二人だから、一緒に居ると、何となく安心感があるのではないかしら (* ´ ▽ ` *)

 Tさんに贈った5年前のTさんと私たち夫婦3人の京都旅行のアルバムを見ながら話しをしたよ。
 Y子さんはこの旅行には加わらなかったので、このアルバムを見て、「こんなぜいたくな(お金がかかるという意味ではありません)旅行をしていたんだぁ~。知らなかったわぁ。」と感心し、私には「よく、まあ、この二人をお世話してくれたわねぇ (*^_^*)」
 お土産に持って行ったプリンを食べながら、久し振りにワイワイ楽しみました o(^▽^)o

 冬の日はすぐに暮れるので、再会を約して、4時過ぎにはホームを後に。
 帰りは下り坂。下り坂は得意なのだ。
 我が家から外へ出る時にも坂を登ったり下りたりなので、日頃から馴れている。
 車椅子の両方のブレーキを引きながら、私は重心を後ろにかけて、サァ~と気持ちよく下りて行く。
 帰りの電車は、行きとは異なるコースを試してみる。
 自宅に着く頃には日はとっぷりと暮れ、もう真っ暗だ。

 さすがに疲れて、夜ご飯を食べた後は、二人ともすぐにバタンキューでしたよ。

    ↓

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夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

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