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92歳のガールフレンドとの逢瀬

 今日は、夫と小中高大学と一緒だった幼馴染みで同い年のRさんが来宅。

 Rさんは仲間内では一番お元気で、頭も足腰もしっかりしていて、相変わらず交際範囲が広く、活動的で、あちこち出歩いている。
 ところが、ちょうど夫が入院している時に、Rさんも肺炎で12日間入院していたそうだ。でも、現在は無事回復している。

 会話はもっぱらRさんと私が話し、友人知人たちの近況など情報交換。
 夫は、相づちをうつ程度か、具体性のない、曖昧な、どうとでも解釈できるような、少々トンチンカンな話をするぐらい。
 およそ1時間半ぐらいの間のことだが、夫は集中力を欠いて、あちこちを見回すようになる。

 けれども、そんな状態であっても、竹馬の友が会いに来てくれている、幼い時からの友人が目の前に居て話しをしているという事は、夫に満足感を与えているのではないかと思う。たぶん…

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 さて、島根への旅2日目の話をしよう。

 4年前の12月、島根のガールフレンドT子さん(当時88歳)が、ある学術研究会(私たちも参加)に参加するために、一人で島根から夜行バスで上京した際には、さすがに一人では心配だったので、我が家へ泊まってもらった。
 翌日は、我が家でゆっくりご飯を食べておしゃべりをしてから、夕方に島根への夜行バスの発着場まで見送りに行った。
 今回、島根へ旅してみて、彼女がいかにパワフルだったのかということをつくづく思い知らされた。

 島根のホテルで1泊した翌朝、T子さんがホテルのロビーまで訪ねてきてくれた。

友人のU子さん(たぶん50歳代)の車に乗せてもらって二人で来ていた。
 T子さんの一人旅が少々心許なくなってきた時、T子さんはU子さんに同行してもらって、全国あちらこちら出掛けるようになった。私たち夫婦も、T子さんが連れてきたU子さんに会うのは今回で3回目だ。

 T子さんは娘夫婦と同居されているが、娘さんとは折り合いが悪い(本人談)。
 だから、T子さんが遠出するときは実の娘ではなく、この若い友人(同好の士)を同行する。なかなかたいしたものだ。

 そのT子さん、92歳になっても、相変わらず、とてもお元気。

 ホテルのロビーで1時間ほどあれこれおしゃべり。T子さんの亡くなられたご主人の思い出や、T子さんと夫が初めて会った時のことなど。
 夫がまだ大学生の時に、T子さんのご主人経由で知り合ったそう。
 その後、10年間ぐらい、T子さんと夫は手紙のやりとりの行き違いで絶交状態になったが、T子さんのご主人が亡くなられた後、再会したのをきっかけに和解したとか…
 以上は、T子さん談。
 夫は今となっては、もう、自分の口で思い出を語ることも難しい。言われれば、「ああ、そうだった」という感じで。

 その後、昼食のため、U子さんの運転する車に乗り、回転寿司へ。
 回転寿司と言っても、あなどるなかれ。地元の漁港でとれた地魚を握ってくれる。

  のどぐろ
  あおば
  ばとう
  ほうぼう
  かわはぎ

 いずれも白身のお魚でしたが、私は初めて食べるものばかりで、これがまたとても美味しい。のどぐろは前の晩、煮付けで食べて美味しかったけれども、やはり刺身で食べたかったので良かった。また、食べたいなぁ。

 その他には、イカのあぶり握りが美味しそうだったので注文。夫はイカが嫌いなのだが、食わず嫌いもあるので、3人で勧めて、渋々口に運んだところ、
 「ん? おいしい!」
 「ほらね! やっぱり、食わず嫌いなんだからぁ」

 デザートの焼きリンゴのブリュレも美味しかった。
 食べるのに夢中になっていて、写真を撮るのをすっかり忘れていた。

 昼食後、U子さんは用事があるので、先に帰られた。

 回転寿司の隣にあった喫茶店に場所を移して、T子さんと夫と私と3人で珈琲を飲みながら、おしゃべりするも、夫は集中力を欠いてきていて、話しはあまりはずまない。

 ワッフルを食べたり、アイスクリームを食べたりした後、ホテルのロビーまで戻ることにした。
 夫は「ここ浅草? 今から南千住に行くの?」等と言っている。
 「ここは島根県だよ」と言うと、「え~?」という顔。

 さて、U子さんが車で帰ってしまったので、ホテルまで、自力で行かねばならない。
T子さんに「タクシーを呼びましょうか?」と訊いたが、「大丈夫。歩けます」とおっしゃるので、夫は私が押す車椅子に乗って、T子さんは杖をつきながらゆっくりと駅前のホテルまで所要20分ぐらい。
 雲ひとつない快晴で、風は涼しかったけれども、日差しが少々きつかったのだが、T子さんは歩ききった。たいしたものです!

 ホテルのロビーに戻り、ペットボトルのお茶を飲みながら、またおしゃべりを再開。
 しかし、夫は、そろそろ限界。
 集中力がきれ、ソワソワし出して、あちらこちらに目をやり、話すことも、もちろんトンチンカンで、
 「今から他に会う人がいるから、行かなくちゃ」などと言い始める。
 「いや、今日はT子さんに会うだけだよ。他に予定はないよ」と何度かなだめたが、
 もはや限界と思い、T子さんに「そろそろ、疲れたようなので、このあたりで…」と。

 「じゃあ、フロントにタクシーを呼んでもらいますね」と私がT子さんに言うと、
 夫は、「え? タクシーなんて、T子さんの家はすごく遠いんだよ」と。
 都内に居ると思って、そういう発言になった模様。
 「いやいや、T子さんの家はここから近いよ。ここは島根なんだからね。タクシーで10分ぐらいだよ」
 そんなやりとりをしているうちに、タクシーが来た。

 あっ、写真撮るのを忘れてた! 
 常に夫をフォローし続けなければならなかったので、写真を撮ることまで気がまわらなかった。
 タクシーの運転手さんに、デジカメのシャッターを押してもらって、かろうじてT子さんと一緒の写真が撮れた。

 夫は、タクシーに乗り込むT子さんに「また、会いましょう!」と声をかけている。

 また、会える日が来るのだろうか?

 はるばる島根まで来て、正味6時間の逢瀬。
 でも、今の夫にとっては、かなりの頑張りです。

 翌日、午前10時にホテルをチェックアウト。
 駅前で高速バスが来るのを待つ間、地元特産品の売り場を見る。
 「しまねっこ」という可愛い猫のゆるキャラが・・・
2015-09-29 しまねっこ
 めずらしい野菜アイスがあったので、つい、購入
         ↓
2015-09-29 野菜アイス
 広島駅まで2時間の高速バスの中で食べる。

 広島駅で昼食。
 広島に来たのだから、広島お好み焼きを食べたい。
 「みっちゃん 総本店」という駅ビルの中の広島お好み焼き屋さん。
 前に5人(2組)ぐらい並んでいるが、すぐに順番が来るだろうと踏んで、並ぶ。
 席に着いたのは、出発時刻の40分前ぐらい。
 出版時刻30分前になっても出てこない・・・
 う~ん、食べるのが遅い夫なので、とても間に合わない。
 お店の人に言って、2人前注文のうち、1人前はお土産に変更してもらう。
 2015-09-29 みっちゃん土産
 出発時刻25分前に、ようやくお好み焼きが出て、二人で一皿を急いで食べる。
 夫を車椅子に乗せ、一昨日、駅員さんに案内してもらったエレベーター(これがビルの端にあるんだな~)まで小走り。
 何とか間に合った。

 広島駅から東京駅まで4時間、再び、新幹線のぞみの多機能室を予約しておいた。
 さすがに疲れているので、横になって行けるし、トイレの目の前なので、とても助かる。
2015-09-29多機能室帰り
 広島駅を出発してまもにく、夫は
 「この辺は小田原らしい」
 「そろそろ熱海だな」
 と、東京駅から出発しているかのような発言。
 そのたびに、私は訂正して、
 「今、広島を出たばかりだよ」とか
 「姫路だよ~、ほら、あそこに姫路城が見えるじゃない」
 と、何度も何度も繰り返す。
 ずっと、今はどこ、これから東京の自宅に帰るのだと・・・何度も繰り返し言う。

 夜、7時頃、自宅へ無事に到着。

 大変だったけれども、なんだかボロボロな感じだけれども、
 やっぱり、島根まで頑張って行ってきて、良かったね!

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叔母のお葬儀に参列する

 昼食後、特別の予定もない日だった。
 夫が少しそわそわしている様子が見えた。
 そこで、珈琲でも飲みに行こうかと誘い、夫を車椅子に乗せて、バスで出掛けた。

 いちじくのパウンドケーキと珈琲
2015-10-06いちじくパウンドケーキ
 
 珈琲を飲みながら、夫が言う。

「次は4人で来ようね」

「4人?」

あなたのご主人とボクの妻と…

「へ? 私の主人は、あなたですけど?」

  (「えっ? そうなの?」という顔の夫)

「あなた以外に、他に、主人はおりません 
 私は、あなたの妻ですよ」

  (「あぁ、そうだったのか!」という顔で)

わかりました。それで構いません

  (それで構いませんって・・・ 

夫は続けて言う。

これからも、よろしくお願いします!

「はあ、こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 帰宅すると5時前。疲れたようで、すぐにベッドに入る。
 夕食までの2時間ほど寝ていてもらうことに。

 夫は疲れやすい一方で、家にいて何もしないでじっとしていると、夕方からそわそわして「誰かに呼ばれているので、出掛けなければ」等という妄想が強くなり、対応に苦慮することになる。
 そこで、エネルギーを発散させるためにも、昼間に外出する。
 ただ車椅子に乗って、バスに乗ったり、街中を通ったりするだけでも、姿勢を保っていなければならないし、外界からのいろいろな刺激物が入ってくるので、エネルギーを消費し、疲れるようなのだ。

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 さて、昨日は夫の叔母(父の弟の妻)のお葬儀に参列した。
 享年94歳。

 夫の弟からは、「遠方だし、こちらでまとめて出しておきますから」と言われたが、こういう時でもないと、夫が弟妹に会える機会もないので、車椅子の夫を押して隣県の斎場まで電車で出掛けた。
 94歳と高齢の叔母のお葬儀なので、参列者はほとんど親族のみ。

 棺にお花入れをして、蓋を閉める前に、お顔を拝む時には、車椅子に乗った夫は、身を乗り出すようにして、神妙に長々と手を合わせていた。たぶん、誰なのかは分からないのだろうが…

 火葬場へバスで移動。収骨の時、夫がうまくできるか不安だったが、係員が、車椅子に座ったまま収骨できるように、お骨を1個と箸と骨壺を、夫のすぐ目の前に差し出してくれた。

 夫は目の前のお骨を手で掴もうとした 

 係員と私が慌てて「箸で、箸で!」と箸を夫の手に持たせた。
 箸でうまくお骨をつかんで、静かに骨壺に入れられるかしら?と危ぶんだが、無事、骨壺の中に静かに収めることができ、ほっとした。

 お葬儀で夫の妹弟たちと会えると思ったのだが、参列したのは義弟一人だけだった。
東北地方に住んでいる義弟妹は遠方だから来れないとしても、あとの義妹二人は当然来ているものと思ったのだが…
 火葬場へ移動するバスの中や骨上げを待ちながらの食事の間に、いろいろ話しをした。義弟から他の義弟妹の近況を聞いた。すると…

 今日参列するだろうと思っていた妹二人は、いずれも軽度の認知症を発症しているというのだ!

 上の義妹は、認知症が足に来て歩けないので、通夜にも告別式にも来れないということだった。

 下の義妹は、通夜の時には、弟が車で妹の家まで迎えに行って参列した。
 ところが、「明日の告別式はどうする?」と弟が訊いたところ、「自分で来れるから、迎えに来なくてよい」と言うので、迎えに行かなかった。
 告別式が始まっても現れない。妹宅に電話をしてみたら、家に居て「迎えに来るのを待っていたの」と。

 妹宅は、お葬儀場や火葬場と同じ市内にあるので、タクシーで来ようと思えば来れる距離だが、結局、来ないことに。
 下の妹は身体の方は元気なのだが、記憶障害があるため、頻繁にポカをやってしまうという。
 今年の春、下の義妹とは電話で話をした時は、以前と変わらず元気そうだったが。

 いずれの義妹も歩行が覚束なくなったり、記憶障害があったりするが、電話などで会話をすること自体は問題がないようなレベル。以前の夫と同じ、認知症の初期なんだろうな。

 東北地方にいる義妹は認知症もなく元気なようだ。

 ところが、もう一人の下の義弟は、何かわからない病気で、平衡感覚がおかしくなり、歩行が困難になっているというのだ。
 認知症が発症しているのかどうかは不明だが、その可能性もある。

 夫も歩行が困難なので、どうやら、兄弟姉妹で同じタイプの認知症になっているように思う。

 以前のブログにも書いたが(当時は、他の妹弟はまだ発症していないと思っていた)、夫は、アルツハイマーを発症する人に多く見られる「アポリポ蛋白E4」を1つ持っている。

 アポEには構造の異なる3タイプがあり、E2、E3、E4の3種類のアポEのうち、どれか1つをそれぞれ片親から1つずつ受け継ぎ、遺伝子表現形はE2/2 E2/3 E2/4 E3/3 E3/4 E4/4の6種類になるが、夫はE3/4である。

 夫はどちらかの親からアポリポ蛋白E4を受け継いだわけなので、他の妹弟たちも、受け継いでいる者がいるはずなのだ。

 義弟の話からすると、兄弟姉妹6人のうち、夫を含めて4人がアポリポ蛋白E4を受け継いだものと思われる。

 この受け継いだ遺伝子は、認知症の中でも、どうやら早いうちに歩行障害が出るタイプなのかと思う。

 義妹の一人はまだ身体は元気だそうだが、夫も2年前までは歩けていたのに、ある時から、急激に歩行が困難になっていったので、義妹も年を重ねると歩行障害が出てくる可能性が残念ながら高いのかな。

 一人今も元気な義弟には、9月のお彼岸の墓参りの顛末を伝えた。

 墓所のある崖の下まで下りて、お参りをしたが、帰るに階段を上ることができず、たまたまお参りに来ていた人に、おんぶしてもらって上まで上がったこと。
 義弟はその後に墓参に来たそうで、「あっ、花がある。誰が来たんだろう」と思っていたとのこと。

 兄弟姉妹のうち、今後も両親・祖父母のお墓参りできるのは、この義弟一人になってしまったようだ。

 夫の兄弟姉妹も、それぞれ困難を抱えながら、生きていかねばならんね。
 助け合っていけるかな。

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どうして苦しいのかな?

 先日、我が家へ4人が会合のため来宅。
 いつもは別に会場を借りてやっている趣味の集まり。

 8月の集いは、その直前に夫が転倒して私たち夫婦は欠席した。
 今回は、私たち夫婦が集いに加われるよう我が家に集まってくれたもの。

 集まったメンバーは、Yさん(40代男)、Fさん(60代女)、Iさん(60代女)、Mさん(60代男)。

 2時間半あまりの間、夫は、皆の会話にはほとんどついていけてはいないが、何とか眠らずに、一緒の場に座っていた。
 何か話を振られると、一所懸命応答はするが、的確には応えられていない。

 そして、皆がそろそろ帰り支度をし始めると、夫はそわそわして、自分の家にいるにも関わらず、自分が持って帰るべき荷物はどこにあるのかと気にしだした。

 全員が椅子から立ち上がると、夫も立ち上がって、突然、一番若いYさんに向かって話しかけた。

「●●さんは、元気なの?」と。

 一瞬、その場が凍り付いたように感じた。

 ●●さんは、その場に居た皆が知っている人で、既に20数年前に亡くなられている。

 私は、慌てて、

「何言ってるの? もう、ずっと前に亡くなったじゃない」

 皆も、うん、うん、と頷いている。

「え? そうなの? 全然、知らなかった。そんなこと聞いてないよ」

 皆は、顔を見合わせた(ようだった…私は皆の顔が見れなかったので、あくまで想像だが)。

 この場に居る誰よりも●●さんと関係が深かった夫が、●●さんが死亡したことを知らないわけがない。

 それより、昨年ぐらいまでは、夫自身、皆の前で、亡くなられた●●さんの思い出などを語っていたわけだから。

「うん、もうかなり前のことだよ。あなたもお葬儀に行っています!」

 これ以上、何か夫に話しをさせていると、何を言い出すかわからない。
 私は、皆を追い立てるように、立ち上がって玄関の方ヘと促した。

 皆が帰った後のリビングで、私は夫に、

「あなたは馬鹿だね! あんなこと言わなければいいのに。
 余計な事を言うから、みんな「あの人ボケちゃったんだね」って噂しているよ、きっと。
 なんで、あんなこと言ったの?」

「だって、自分の頭に浮かんだことを、ただ、訊いてみただけだよ」


 …

「▲ちゃん(夫の名)、本当に カワイソー、カワイソーだね」

 すると、夫は顔をゆがめて、少し嗚咽しながら

「そんなふうに、カワイソーって言われて……泣きたくなる」

 しまった! 私って、何を言っているんだろう?

「ゴメン、ゴメンネ。私ってひどいこと言っているね。ゴメンネ」

 嗚咽している夫の頭を抱きながら、これからどうしていくべきなのかと、天を仰いだ。

 私って、何をやっているんだろう?

 夫が認知症であることは特に公表はしていない。
 夫とのやりとりの中で自然に察して接してくれたらよいと。

 けれども、本当は、私自身が、一番、世間の目を気にしているのだ。

 夫にできるだけ普通に振る舞って欲しいと願っていて、世間からも普通って思ってもらいたくて、それがかなわないとなると、落ち込んだり、夫を傷つけるような言葉を吐いたり。

 夫は、ただ、彼なりに自然に振る舞っているだけなのに。彼の責任ではないのに。

 ああ、「夫は認知症です」って、皆にきちんと言った方がよいのかな?

 その方がきっと楽になるね。

 でも、カワイソーって思われるのかな? 
 認知症の夫を持った妻は、カワイソーって思われるのかな?

 普通の人たち、認知症でない人たち、認知症とは関係ないかのように過ごしている人たちの中に、夫とともに参加して、あたかも普通であるかのように取り繕いに努力し、結局、ボロが出て、惨めな気持ちになり、落ち込んでいる。

 やっぱり、私の立ち位置が間違っているから、苦しいのではないか?

 「夫は認知症です」と言って、それでおつきあいを続けてもらえば楽なのかな。

 みんなは、それで、夫に対して今までと同じように、尊敬の念を持って、付き合ってくれるのかな。

 認知症の夫とともに、これまでの人間関係を続けていくのには、どうしたらよいのかな。

 みんな、いずれ認知症になるんだよ。

 誰ひとりとして、認知症とは無縁ではいられないのだから。

 認知症でも、こうして頑張って、生きているよ。

 生活を楽しもうとしているよ。実際、楽しんで生きているよ。

 嬉しいこともいっぱいあるよ。

 幸せだと感じる時もいっぱいあるんだよ。


 いつも長々とした文を読んでいただき、ありがとうございます。

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「足に来る」認知症

 夫はいつも家事等いろいろ手伝いたいと思っています。
 80代という夫の年齢としては珍しいと思いますが、以前から家事をやることを厭わない人でした。
 今でも、洗った後の食器を食器棚へ片付けることや、ベランダに干した洗濯物を取り込んだり、自分から進んでやります。
 夕食を作る時も、炒め物など簡単なことをやってもらいます。

調理場面

 また、一緒にお風呂に入る時も、私がシャンプーで髪を洗った後、夫に、お湯をかけてシャンプーを流してもらったり。
 ささやかなことですが、夫が私のために何かをしてやる、ということを大事にしています。

 もっとも、今朝も、干したばかりでまだ乾ききっていない洗濯物を取り込み始めたり(それを止めること3回)、問題は多々あるのですが、「手伝いたい」という夫の一所懸命さ、心意気が嬉しいのです 

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 ところで、「夫の妹や弟が、軽度の認知症になっており、足に来て、歩行困難になっている」という先日のブログの内容に関連して、次のようなコメントをいただきました。

 軽度の認知症でも<足にくる>方がやっぱりおられるんでしょうか。
 実は家人がそうなんです。アルツハイマーでは初期、そんなになるはずがないのにといつも疑問に思っていたんですが。


 これについては、下記の2点を確認しておく必要があると思います。

■薬による副作用で歩行困難になっていないか?

 まず最初に考えなければならないことは、薬の副作用によって歩行困難が出ていないかということです。

 コメントいただいた方のご家族は「アルツハイマー初期」とのことですが、アリセプトを服用し始めてから、歩行が困難になってはいないでしょうか?

 「純粋な」アルツハイマーでない人が、アリセプトを服用すると、歩行障害などの副作用が起こるようです。
 「純粋な」というのは、アルツハイマーだけでなく、他の脳の変成疾患を合併している場合もあるので、そのような言い方をしました。
 例えば、レビー小体型の場合は、アリセプトで歩行困難が強く出るようです。
 もし、そうだとしたら、アリセプトを止めるか、あるいはごく少量に減らすかして、歩行困難が回復しないか、確認した方がよいと思います。

 副作用の疑いがあるのに、主治医がアリセプトの減量や中止をしない場合は、良い医師とは言えません。
 主治医を変更すべきと思います。

 アリセプトを止めて、その薬剤の影響が完全に消えてから、リバスタッチに替えると、歩行が改善される例もあるようです。

 しかし、夫の場合、アリセプトを止めて、リバスタッチに替えても、歩行困難感は変わりませんでした。つまり、アリセプトの副作用で歩けなくなったのではありません。

■特発性正常圧水頭症になってはいないか?

 この疾患は、認知症状や歩行障害、尿失禁等の症状が急に出るようです。1~2ヶ月の間に急にこうした症状が目立つ場合は、特発性正常圧水頭症を疑った方がよいかもしれません。

 水頭症の場合、脳を圧迫している脳脊髄液を排出させるシャント手術によって、歩行等が改善できるでしょう。術式には下記の3つがあり、国内では1)が一番多いそうです。
 しかし、脳外科手術は、後々、別の認知症を引き起こしてしまうリスクがあるという情報があるので、私なら3)の腰椎-腹腔シャントを選びます。

 1)脳室からお腹の中へ脳脊髄液を流す。(脳室-腹腔シャント)
 2)脳室から心臓のそばの太い静脈へ流す。(脳室-心房シャント)
 3)腰の背骨の中にある脳脊髄液を、お腹の中へ流す。(腰椎-腹腔シャント) 

 夫が歩行困難になった時には、もちろん、この疾患を疑い、CT検査をしてもらいましたが、結果として水頭症にはなっていませんでした。

■結び 

 コメントされた方がおっしゃるように、「純粋な」アルツハイマー型認知症の初期には、歩行困難はまだ現れないように思います。

 私が思うに、初期から歩行困難が現れるのは、別の脳の変性疾患か、アルツハイマーに、別の脳の変性疾患が合併している可能性があるのではないかということです。

 例えば、レビー小体型とか、進行性核上性麻痺、その他の脳神経の変性疾患の可能性です。

 夫の場合は、一応、アルツハイマーということになっていますが、典型的なアルツハイマーにあてはまらない事柄がいくつもあり、単独の疾患ではなく、疾患が合併しているかも・・・とも思っています。

 いったい何の疾患なのか探求したい思いは常に持っていますが、確定診断は、死亡後に解剖してみないとわからないそうですし、仮に診断されたとしても、今のところ根本的治療はなく、対症療法でやっていくしかありません。

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血尿が出ました

 血尿が出ました。
 いえ、夫ではなく、私が・・・
 今日は、私の歯科診療予約があるため、夫は小規模多機能居宅介護センターのデイサービスへ。
 歯医者に行く前に、トイレに行きたいと思って、言ったのだが、あまり出ず。
 歯医者で待っているうちに、尿道に異和感を感じ、もう一度トイレへ。
 なんだか下腹部が痛い。この痛みには覚えがある。
 以前、膀胱炎になり、何度も、尿意切迫感を覚えて、トイレに行き、それでもほとんど出ない時に、下腹部にこんな痛みを感じた。
 その痛みと似ている。膀胱が痛いのか? しみるような痛み。

 これは病院に行かなければ…
 ところが、歯科治療が終わった時点で、午前中の病院診療の受付が終了していた。
 午後2時から、夫は認知症カフェでの書道に参加する予定になっていた。
 これは、デイサービスとは別に開催されていて、地域の高齢者の他、特養入所者や認知症デイ・小規模デイの利用者も職員の付添で参加しているが、夫が参加する時は、私が一緒に付き添って参加していて、今日もその予定であることを伝えていた。
 しかし、早めに病院の診察を受けたいと思い、理由は言わずに、小規模デイに電話をして、私が付き添わなくても大丈夫か?と尋ねたところ、今日は3人の利用者が参加する予定なのだが、スタッフ1名しか配置していないとのことだった。
 人手が足りないんだな。デイサービスのフロアとは別のフロアでやるので、スタッフのやりくりができないってことのよう。
 まあ、いいや。夫の書道は、私も楽しみにしているので、書道の1時間付き添ってから、病院に行くことにしよう。
 書道終了後に、夫と帰るつもりだったが、私が病院に行って終わるまでの間、夫には引き続きデイに居てもらい、私が帰宅したら、夫を家まで送ってもらうように手配。

 病院で尿検査をしたら、採尿コップに赤黒い尿がとれてびっくり。かなりの出血量だ。
 私は今まで膀胱炎になったことはあるが、血尿がこんなに出るのは初めて。
 夫の膀胱炎では、血尿を経験したことはあるが…
 
 あとは採血(結果はすぐには出ない)と腹部レントゲン検査。
 採血時に看護師さんから、「腰とか背中も痛いですか?」と訊かれた。
 確かに左側の背中から腰あたりに痛みがあって、関係しているようだ。

 この地域の小さな病院は、夫が圧迫骨折で入院したところで、私も一緒に1ヶ月近く病院に泊まり込んでいたため、看護師さん、薬剤師さん、事務員さんらとは顔なじみ。
「あれ? 今日は一人? おとうさんは?」
「元気ですよ。今日は私が病気なんです~」
「ムリしないでよ~」
「は~い、ありがとうございます」
診察してくれた医師だけは、この病院所属ではない、外部の医師だったので初めて見る顔。
 レントゲンを見た範囲では、目に見える「石」はないようだが…と。
 とりあえず、クラビット500mg/1日×5日分処方。
 もし、2~3日しても血尿が治らないようなら、5日を待たずに、病院に来るようにと。
 院内薬局でもらったクラビットをその場で飲んだ。

 ネットで検索すると、尿路結石の場合、腰や背中が痛くなるということが書かれていた。
 それで思い出したのだが、私は、健康診断のたびに「左腎臓石灰化」がずっと指摘されてきている。もしかしたら、この「石灰化」しているところが、はがれて膀胱に落ちてきて、血尿と痛みになっているのか?
 尿路結石だと「激痛」とある。「激痛」までは行かないので、尿路結石ではないかな?

 あとは、間質性膀胱炎ということもあり得るかな?
 この場合は、感染症ではないから、クラビットは飲んでも効かない。

 膀胱炎の痛みにはロキソニンがよく効くらしいとネットで読んだ。
 そうだ! 以前もらったロキソニン60mgが残っていた。
 ロキソニン60mgとムコスタ錠100mg(消化器を守る)も服用する。
 (本当は、残った薬を服用してはいけません)

 今は? う~ん、尿意切迫感はあり。
 痛みはだいぶ軽減したが、何となくまだ痛い。
 ロキソニンが効いているのか?

 夜間に、もし救急外来受診が必要なほど痛みが激しくなったら、どうしよう。
 どうしよう・・というのは夫をどうしよう、という意味です。
 う~ん、圧迫骨折で入院した病院に夫とともに個室に一泊が一番よいか。
 夫の認知症のこともよく分かっているし。
 翌朝以降に、小規模多機能居宅介護サービスのスタッフにお迎えに来てもらい、夫は小規模にお泊まりということになるのかな。
 一応、いろいろなケースを想定して、心の準備を・・・

 このまま何もなく収まってくれるのが一番よいのだが。
 明日、痛みがなく収まってくれれば、
 夫を小規模デイに送り、お役所の用事を済ませ、猫を病院に連れて行き、午後は夫を眼科にも連れて行かねば(結膜下出血?で充血している目がなかなか治らないので)。
 人間2人と猫1匹が病院通い。無事なのはもう1匹の猫だけ。
 さて、明日は無事?

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やっぱり先生でした

 認知症になった我が夫は元教員。

 教え子から卒業後40年記念の同期会をやるので出席を…というお手紙が届いた。
 夫が40代半ばに教えていた生徒たちで、現在は50代後半~60歳ぐらいになった人たちだ。
 「みんな先生のトークを楽しみにしています」云々とも。

 う~ん、これに参加するには、夫が認知症であることを伝えなければ…

 一般的には、認知症になってしまった元教員は、教え子たちとの同窓会等には出席するのを止めてしまうんだろうけど…

 このブログにいただいたコメントを拝読しながら、いろいろ悩みながらも、夫が認知症であることを告げた上で、出席させていただくことにした。

 幹事さんによると今回の出席予定者は15人とのことだった。
 会の前日に、幹事役の方から確認メールがあった時に、返信メールの中に、次のような文を書いて送った。

 実は●●(夫の名)は認知症になっています。
 ですから、昔のようにお話をできなくなっています。
 記憶障害が厳しいので、覚えておくことができませんし、過去の記憶もだいぶ忘れています。
 ▲▲先生が亡くなられたことも忘れています。
 このような状態ですから、皆さんが、●●に対して、かつてのようなトークを期待されていることにはお応えができないのですが、逆に、皆さんからいろいろ思い出話を聞かせていただければ、●●も懐かしく思い出すかもしれません。
 ●●に親しく話しかけていただけたら、気持ちはよく伝わると思います。
 混乱して、トンチンカンなことも言いますけど、ご容赦願います。
 また、体力がなく疲れやすいので、宴会の2時間が限度と思いますので、宴会終了後は部屋で休ませていただきます(ホテルに宿泊しての同期会なので、夜遅くまで、部屋で皆さん話し込む予定)。
 皆さんにお目にかかれる最後の機会かもしれませんので、頑張って出席しますから、他の出席者の方々にもあらかじめその旨ご了解いただけますようお願い致します。

 こうして当日を迎えた。
 宴会は6時から開始だったが、3時に幹事さんに会って、ホテルにチェックインして荷物を置いた。もう既に出席者が何人か来ていた。

 教え子たちは、夫にそれぞれ自分の名前(旧姓も)を告げて、「●●先生、お久しぶりです~。お元気ですか~」等と挨拶をしている。幹事さんからみんなにメールがまわっているのだと感じた。

 夫は元気に受け応えしている。

 「先生、話しぶりは変わりませんねぇ」等と言われている。

 夫の疲労を考えて、宴会前の時間は、部屋でゆっくり休んでおこうと思ったのだが、宴会で食べながらの2時間では、話しをする時間があまりないかもしれない。
 夫が疲れないかどうか、顔色を見ながら、皆さんと部屋で歓談することにした。
 まあまあ悪くない感じかな?
 
 いよいよ宴会が始まり、幹事さんから開会の挨拶などの後、●●先生挨拶となり、夫が挨拶をすることになった。

 夫は出だし「お祝いの挨拶をさせていただきます」と言っている。
 あれ?と思ったが、「卒業後40周年記念同期会」のお祝いとも言えるから、まあ、いいでしょう。

 その後、少しおかしなことも言ったけど、出席をしているみんなの顔を見ながら話しているうちに、何だか夫の調子があがってきて、先生らしいことをしっかり言っている。

 「これからの人生を歩むにあたって」…等と、これから還暦を迎え、第二の人生の入り口に立っている教え子たちに対して、型どおりの言葉ではなく、本当に昔からの夫らしい言い回しで、励ましの言葉を投げかけている。

 「認知症になっても夫はまだこんなことが言えるんだ」と知って、思わずジ~ンと涙ぐんでしまったヨ。

 そこにいる夫は、やっぱり先生でした。

 会食が始まると、教え子たちが夫の席に来て、いろいろ話しかけきてくれる。
 教え子たちと夫とのやりとり。
 意外にも、夫は的確に応答できている。
 ちょっとびっくりするほど。
 え~、そんなこと言えるんだなあ~。
 やっぱり先生なんだなあ~。すごいなあ。
 私、ちょっと感動して、何度も涙が出そうになった。
 
 幹事さんから、「近況以外に、●●先生の思い出を話してくださ~い」ということで、一人ひとり立って、私の知らない昔の夫の先生ぶりを話してくれた。

 最近の夫は友人たちと会話をしている時、話の内容についていけないことが多くなってきているためか、集中が途切れて、席を立って、食器を洗い出したり、洗濯物を取り込んだり、ウロウロし始める。
 ところが、この教え子たちとの宴会の間は、教え子たちが「●●先生、●●先生」と呼びかけながら、昔の思い出話をするからだろうか、2時間半あまりの間、教え子たちの話しに集中していることができた。

 そして、皆で記念撮影をした後、アーチトンネルのように居並んで、一人ひとりの教え子が、夫の手を握って、「●●先生、長生きしてくださいね!」等という言葉と笑顔に囲まれて、私たちは宴会場を後にした。

 ホテルの自室に帰るエレベーターの中で、夫に「今日は楽しかったねえ」と言うと、「うん、楽しかった」と。

 そして、自室に入り、ベッドの上で横になってからも、夫みずから「楽しかった~」とつぶやいていた。
 「人と人の絆、つながりって大切だねえ」とも言った。

 夫はこの時点で既に、今日が教え子たちの同期会に出席したということは忘れていたようだった。
 何の会に出席したのかは覚えていない。
 けれども、多くの人たちの笑顔と好意と温かい心が取り囲んでいたということだけ、夫の心の中に深く残ったようだった。
 すごく疲れていたはずだけれども、夫はずっといい笑顔のままだった。
 就寝後、夜中に3回トイレに起きたが、いずれもずっと上機嫌でいた。

 ああ、人というのは、認知症になっても、多くの人々から笑顔と温かい言葉が向けられると、こんなにも心が元気になるものなんだなあ!

 そして、夫が、教え子たちに対して、各人にそれぞれ違った内容の的確な言葉を投げかけていることに驚き、あらためて夫に尊敬の念を抱いた。

 認知症だからって、その人の本来持っている力を制限してしまっているのは、周りの人間なのかもしれない。

 人間の力って本当にすごい。


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式典・パーティに出席

 認知症になった夫は元教員。

 私たち夫婦は、夫の教え子たちの卒後40年記念の同期会に出席し、宴会場となったホテルにそのまま宿泊。
 夫は宴会終了後、疲れてすぐに就寝。
 私は大浴場で温泉に浸かってから早めに就寝。
 後で聞いたら、教え子たちは夜中の2時過ぎまで部屋で話し込んで久し振りの再会を楽しんでいたそうだ。

 翌朝8時にホテルの宴会場で朝の和定食を教え子たちと。
 夫も私も、昨日の宴会で満腹になるまで食べたはずなのに、ご飯をおかわりして2膳ずつ食べた。
 そのおかげか、心配していたお通じも、自室のトイレで無事済ますことができた。
(この日は、また、別の行事に出席しなければならなかったので…)

 10時にチェックアウトし、ホテルロビーで教え子たちと別れた。

 外は小雨模様。
 私たちは、車椅子に呼吸器にリュック(夫は小さい肩掛け鞄のみだけど)といういでたちで、タクシーを使って次なる目的地へ。
 ホテルからタクシーで5分ほどの小高い丘の上にあるレストランに移動した。

 ホテルとレストランが近距離にあったのは、まったくの偶然。

 そのレストランで、ある団体の創立記念祝賀会が開催されるので、私たちは夫婦で出席した。
 夫は一応「来賓」の一人として招かれていたので、久し振りにスーツ姿だ。

 式典では、お偉いさんの来賓の挨拶が長々とあり、夫は名前を紹介されるだけだったので気が楽だった。

 来賓の挨拶に引き続き、記念講演。
 私にはとてもおもしろかったのだが、夫にとっては、式典からの1時間半の長時間、受け身の状態で黙って他人の話を聞き続けるのは、かなり辛そうだった。

 昨日からの疲労もあるだろう。夫は睡魔に襲われて、時々目をつぶり、目を開けても、やや虚ろな感じで精彩を欠く。
 あまり具合が悪くなるようなら途中で退席しようかと考えながら様子を見ていた。

 休憩の間にトイレに行くが、車椅子用のトイレは館内にひとつしかなく、しかも同じフロアではないので、一々エレベーターに乗って、車椅子用トイレまで車椅子を走らさねばならなかった。

 記念講演が終わり、ようやく宴会昼食。
 食事の内容は、オードブル中心で、あまり夫の好みとは言えなかったが、夫の皿に取り分けたものは、だいたい平らげていた。

 この祝賀会には、多くの友人・知人が出席していて、夫はあちこちから声をかけられ、たくさんの方々と一緒に写真撮影をしたりしたが、やはり疲労のためか、あまり表情が冴えない。

 誰かがテーブルの間を歩いている時に、座っていた夫の頭にちょっとぶつかったようだった。ほんのちょっとぶつかっただけだと思うのに、夫は
 「もう、怒った!」と腹立たしげに声を上げたので、ちょっと、びっくり。
 そんなに怒るほどのことか?
 不穏な雰囲気。
 でも、疲労が蓄積して、不穏になっても仕方がない状況かも。
 何とかなだめてその場は収まったが、そろそろ帰ったほうが良さそうだ。
 いったん中座して、トイレに行こう。

 車椅子用のトイレに連れて行くと、夫は「これから貸した本を返してもらいに、出掛けなければならないから…」と言う。
 夫が「これからどこかに行かねば」という妄想を言う時は、たいてい、その場の状況から逃れたいのだ。もう疲れてしまったので帰りたいんだな。
 意図的に嘘をついているわけではなく、自然にそういう妄想にかられるようだ。
 「うん、うん、もう少ししたら、タクシーに乗って行くからね」となだめる。

 宴会場に戻るとアトラクションの真っ最中。応援団のようなお笑いをやっている。
 もう帰ろうかなあと思っているうちに、長いガクランを着込んだ応援団長(夫の古くからの知り合い)から、

「ガンバレ、ガンバレ、●●さん」

 と夫の名前をコールしてのエールがあがり、会場のみんなも唱和。
 「長生きしてや~」って。
 これに対して夫が「もっと、もっと長生きして頑張るぞ!」等一言二言応答すると、
 応援団長くん、感極まったのか涙ぐむ一幕も。
 あらっ? お調子者だと思っていた応援団長くんが…?

 そんなことがあって、そろそろお食事もデザートが出る頃だから、デザートを食べてから帰ろう…と夫に話した。

 私の友人が何人か席まで来て話しをしているうちに、デザートと珈琲が運ばれてきた。
 その後に全員で記念撮影ということなので、それにも加わり、結局、祝賀会の最後までずっと居ることになった。

 もう一度、車椅子用のトイレにエレベーターに乗って行き用を済ませ、フロントでタクシーを依頼。
 祝賀会のお土産も加わり、こんなにたくさんの荷物を抱えて、車椅子を押して帰れないもの。

 幸い自宅まではタクシーに乗ってしまえば30分ほどの距離。

 ようやく自宅にたどり着いた時には、夫も私も _(__)_~◎バタンキュー

 私も疲れた出たのか、夜から、再び、膀胱?に何とも嫌な痛みが出て、頻尿に。
 痛み止めのロキソニンを飲んだが、お腹の何とも言えない痛みが気になってなかなか寝付けない。
 抗生物質のクラビットを飲んでいるのに、膀胱炎が改善しないとすると、細菌性の膀胱炎ではないということか・・・
 連休が明けたらまた病院へ行こう。

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総入れ歯で良かった!

 10月8日は「入れ歯の日」でした。
 この日に「入れ歯の話」を書けば良かったのですが、遅ればせながら…

 歯がないと認知症になるリスクが高くなるようですね。
 夫は50代から既に総入れ歯になっていました。
 総入れ歯になってしまったことが、夫の認知症発症にどれくらい関連があるかはわかりません。
 けれども、認知症になってしまった今、実は「総入れ歯になっていて良かった」と思っています。

★歯科治療が楽 \(^o^)/

 夫は超怖がりで、ほんのちょっとの痛みでも大袈裟なリアクションをする人です。
 私はいつも自分の歯科治療を受けながら、もし、夫だったら、とてもこんな状態は耐えられずに、歯科治療自体ができなかったかも知れない…と思います。
 どうしても治療が必要になったら、障害者専門の歯科医院に行って、それこそ全身麻酔でやらなければならなかったかもしれません。
 現在、夫の眼科治療は、まさにそのような状況になっているわけで、白内障手術のために、全身麻酔が検討されています。
 目の玉は取り外して治療することはできないけれども、総入れ歯なので、取り外してた入れ歯を直してもらうだけなので、認知症の夫にとっても楽勝です。
 現在、夫は3ヶ月に一度、定期健診に通い、入れ歯や口腔内のチェックをしてもらっていますが、歯医者に行くたびに「良かったねぇ、入れ歯で」と夫と言い合っています。

■口腔洗浄が楽 ( ^ω^ )

 入れ歯だと、洗浄も簡単です。
 夫は、唾液の出が少なく、食事をすると、食物の残渣がかなり入れ歯や舌や口腔内に残ります。
 このような状態で汚れている口腔内を、普通の歯みがきできれいにしようとすると、かなり大変かなあと思います。口を開けていてもらうには、本人の協力が必要ですが、認知症になると、それもなかなか難しくなってきますよね。
 夫の場合、とにかく上下の入れ歯をはずさせ(認知機能がすごく悪い時には、入れ歯を外してくれない時もありますが)、取り出してきれいに洗浄し、あとは夫の口の中は、水かお湯で数回ぶくぶくうがいをしてもらえばOKです。
 歯が残っていない今では歯周病にもなりようがなく、口が臭いません。
 最近は、口腔ケア用ジェル「リフレケアH」(研磨剤・発泡剤無配合)を歯ブラシにつけて夫に渡し、自分で舌と口の中を擦ってもらうようにしています。それまで、常に舌苔がついていてなかなかきれいにならなかったのですが、「リフレケアH」を使うようになって、舌苔もずいぶん少なくなりました。

★2セットの入れ歯を交互に使う

 実は、夫は入れ歯は2セット(上下)持っています。
 そして、この2セットを、毎日、代わる代わる使用しています。
 最初は1セットのみを使っていました。
 10年ぐらい前に、入れ歯でもっとしっかり固い物も噛めるようにしたいと、硬い入れ歯の裏面を生体用シリコーンというクッションで覆う「コンフォート」を装着することにしました。生体用シリコーンの弾性が、入れ歯でグッと噛んだときの歯ぐきにかかる負担をやわらげ、吸着力を発揮して「痛い・噛めない・外れやすい」といった問題を解消し、歯ぐきを守ってくれるというものです。コンフォートは自費になります。
 夫は総入れ歯ですから、「コンフォート」を今まで使っていた入れ歯に取り付けるため加工場へ送っている間、代わりの入れ歯が必要です。
 そのため、新しい入れ歯を健康保険でもう1セット作ったので、2セット持つことになったのです。

 コンフォートを装着された入れ歯ができあがった後のことですが、この保険で作った方の入れ歯を使っていたある日、せんべいか何かを噛んでいた時に、この上側の入れ歯がポッキリと割れてしまいました。
 割れてしまったこの入れ歯はもう使えないと思って、歯医者さんに持っていったら、接着剤でくっつけて、二度と折れないように厚塗りして(?)、また使えるように直してくれました。
 この入れ歯が割れてしまったこの時の経験から、万一、入れ歯が破損した時のために、スペアの入れ歯は必需品だと考えるようになりました。総入れ歯なので、こんなふうに割れてしまうと、食事にも困りますし、歯がない状態では外も出歩けませんから。
 それに、入れ歯というものは、使っていないとだんだん合わなくなってしまうものですよね。
 なので、この2セットの入れ歯を、毎日、交互に使うことにしたのです。

 夜寝る前に、一日使っていた入れ歯を外してきれいに洗って、専用の洗浄剤の入ったケースの中に入れ、代わりの洗浄済みの入れ歯を入れます。(この洗浄は、夫には任せず、私がやっています。特にコンフォートは繊細な素材でできているので、丁寧に扱う必要があります。)

 あれ?と思われた方もいらっしゃるでしょう。
 夜寝るときは、入れ歯を外しておいたほうがよいのでは?と。
 そうなのです。本来はその方が良いのですが…

 夫が睡眠時無呼吸症候群で、就寝時にASVという呼吸器を使っていることは、以前のブログで述べました。
 その呼吸器も、本来は、鼻呼吸が推奨されていて鼻マスクが通常なのですが、夫は、鼻呼吸ができないため、フルフェイスマスク(鼻と口の両方を覆うマスク)を使っています。
 ところが、夫は、元々、顔が細く顎が小さいのですが、入れ歯を外してしまうと、頬がすっかりこけてしまい、フルフェイスマスクを装着しても、こけた頬のところから、空気が漏出してしまって、十分な空気の圧がかからなくなってしまうのです。
 なので、寝る時にも入れ歯を装着します。
 このことも2セットの入れ歯を交互に使う理由になっています。
 入れ歯にもそれぞれ癖があるので、いつもあたってしまうところがあったとしても、一日おき交互に使うことによって、ずっと同じところがあたり続けるということがなくなりますから、少しはマシかなと思います。

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脳MRI・脳血流SPECT検査を受けた

 神経内科で脳のMRIと脳血流SPECT検査を受けた。

 いずれの検査も、長時間、動かないでいなければならない検査だ。
 
 先に行ったMRIの時には、うまい具合に眠ったようで、あまり動かず撮ることができたもよう。

 しかし、SPECT検査の時には、検査技師だけではなく、主治医や研修医?ら男ばかりが居並んで立ち会い、夫は「何が始まるんだろう」と不安な様子。

 放射性同位元素を入れるための点滴針を留置するところで、無事、留置できたが、少し不穏に。

 放射性同位元素を入れてから、しばらくして開始するが、本来この時点で、目を閉じておとなしくしていなければならないのだが、せわしなく目をキョロキョロし出している。

 う~ん。できるかな? 周りのみんな不安そう。
 いよいよ始まる…という時、夫は「こわ~い、こわ~い」と小さい声で言っていた。
でも、この言葉に共感してしまうと、きっと検査ができなくなってしまうから、「大丈夫だよ」と言って、始める。

 最初はおとなしくしていたようだが、5分ぐらいたったところで、頭を少し動かし始めたようだ。
 検査技師が、そばに近寄って、頭が動かないように押さえ始めた。
 その後、10分ぐらい押さえていたか?

 夫は、頭を激しく動かし始め、そのうち、足で台をドン、ドンとやり始めた 

 もう限界。危険だ 

 検査技師が
 「もう止めましょう。ただ、そこで動き出すと危ないから!」

 私はずっと検査室の中で待機していたので、顔の側に行き、
 「大丈夫だよ。もう終わりだよ」
 と声をかけたが、激しい動きがとまらない。

 検査技師等4~5人が集まって押さえる。

 検査台から下ろす前に、留置していた点滴針を抜かなければ。
 点滴針を固定していたテープをはがすときに、痛かったようで、さらに興奮して
 「痛い、痛い! こわ~い! こわ~い!」
 と叫び始めた。

 「大丈夫、大丈夫、もう終わりだから」
 となだめながら、ようやく検査台が下がり、起こすことができた。
 夫は、すぐに落ち着いて、検査技師さんや医師らに

 「ごめんなさい、ごめんなさい。
  笑顔を見せてくれて、ありがとう
  ありがとうございます」と。

 私は主治医に「先生、この検査はもう全然ダメですか?」と尋ねた。
 「う~ん、撮れた範囲で、みてみますから」

 検査画像を見た後、主治医は、
 「だいたい8割ぐらいはできたのではないかと思います。
 今日、明日中に読んでおき、次の来週の診察日にお話します」
 とのこと。

 MRIは今後も撮らなければならないこともあるかなと思うが、SPECT検査は今回を最後にしよう。
 検査したいと思っても、事実上、もうできないだろうし。

 認知症の人の検査って、やはりとても難しい。

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妹と弟に会いに仙台へ

 この日曜日に、東北地方に住む夫の妹(長女)と弟(三男)に会いに、夫とともに仙台に行って来ました。

 天候もよさそうだ。
 もう少し後になってしまったら寒くなってしまう。
 夫の体調も悪くない。
 会いに行くなら、今でしょう!

 思い立ったが吉日とばかりに、週末にでも訪問したいという当方の急な電話にも関わらず、二人とも快く応じてくれました。

★車椅子で東北新幹線に乗ってみた

 東北新幹線はやぶさ号で仙台までは約1時間半。
 JR東日本では、車椅子専用ダイヤルに電話をして訊いたところ、多機能室は授乳や具合の悪くなった人が休むために利用するということのようで、車椅子用シートのみ(3列席のうち、通路側1席をとりはずしてあり、そこに車椅子を置いて固定できるようになっている。車椅子のまま座っていても良いし、車椅子を置いて、隣の席に腰掛けてもよい)、利用の2日前までに電話予約するという方法だった。
 行きはあらかじめ電話で予約しておき、乗車駅で仙台までの乗車券を買い、さらに上野駅のみどりの窓口で予約しておいた車椅子用シートの特急券(5号車12番A・B席)を買った。
 新幹線の駅から乗車しない場合は、二度手間になってしまうところが不便だなあ。
 どの駅でも、車椅子用シートが購入できたらいいのに。
 帰りは電話予約せず、直接、仙台駅のみどりの窓口に行って、車椅子用シートを希望してみたが、みどりの窓口で直接購入することはできないのだそうな!
「2日前までに、電話で予約しないと買えない」のだと。
 で、とにかく「多機能トイレ」の近くの座席を確保して欲しいと頼んだところ、グリーン車の9号車に「多機能トイレ」が着いているので、一般指定席の10号車2番A・B席をとってくれた。
 それで10号車に乗ってみると、1番A・B席が車椅子用シートになっていた。
 誰も座っていない。なので、夫の車椅子は1番A・B席の隣の車椅子用の空きスペースに置かしてもらい、他に車椅子の人が乗車してきたら、どかそうと思っていたが、私たちが下りる上野駅まで誰も利用することはなかった。
 なんだ。初めから、この車椅子用シートは予約されていなかったようだ。
 つまりは、みどりの窓口のオンラインシステムでは、車椅子用シートは予約できないようになっているということなのかな?
 JR東日本でもJR東海でも、車椅子利用の場合は、利用日の2日前までに専用電話で予約を…と言うのが、ちょっと不便だなあ。
 車椅子の人でも、思い立った時にフラリと出掛ける自由が欲しいな。
 我が家の夫などは、朝起きてみないと、体調の善し悪しがわからないという時が多い。前もって予定していても、その日その予定どおりに実現できるかがわからないから。
 「今日の今日なら行ける」という自由さが欲しい。

★妹と弟と会う

 夫の妹(82歳)とは14年前に会って以来。
 末弟(69歳)とは5年ぶりぐらいかな?
 夫は車椅子に乗っていると伝えておいたので、妹はずいぶん心配していたようだ。
 待ち合わせのホテルのロビーで、夫が車椅子から立ち上がってソファに座ると、

 「お兄さん、歩けるのねぇ!」

 「はい、これぐらいは歩けますよ」

 と、夫は立ち上がり、歩き出したかと思うと、小走りし始めた 

 えぇ~、何してるのぉ~、転ぶよ~

 慌てて、夫を追いかけて、手を握って一緒に歩く。

 「まったく、お調子者なんだから~」

 妹に元気なところを見せたかったのだろう。
 子どもみたいだよ~。
 少し遅れて弟も合流し、妹が予約しておいてくれたお店で会食。

 それぞれの近況や他の妹弟たちの近況についての情報交換。

 東京大空襲で焼けてしまったかつて住んでいた家のこと。

 両親、祖父母、兄弟姉妹たち、それに、
 NHKの朝ドラ「朝がきた」の舞台になっている両替商みたいには大きくないけれども、家は商売をやっていたので、番頭さんたちや小僧さん(●●ドンと呼んでいたそうな)、それに女中さんも4~5人いて、にぎやかな大家族だったようだ。

 夫と妹は昔の家の間取りを、
 「覚えている?」「こうだったわねえ」と描きながら、懐かしそうに話しをしていた。

 末弟は、兄弟姉妹の中でただ一人戦後生まれなので、この家のことは知らない。

 会食が終わってからは、皆で妹の家に車とタクシーで移動し、お茶やお菓子を食べながら、あれこれ話し込む。

 夫は、こうして妹や弟に会ったことはすぐに忘れてしまうけれども、しっかり写真に撮って、ベッドサイドの壁に貼っておく。
 ベッドサイドの壁には、他にも友人たちの写真や夫婦で撮った写真等たくさん貼ってある。
 夫は、時々、ベッドに横になりながら、「みんな大事な人たちだよねぇ」と言いながら、これらの写真をしげしげと眺めている。
 
 また、私は、妹や弟たちとの会話の中で仕入れた事柄を覚えておく。
 夫が不穏になった時などに、「昔の家はこんなふうだったよね。こんなことがあったんだよね」と夫の記憶に残っている昔の事柄を持ち出すと、落ち着いてきたりするんだよね。

★バリアフリールームに泊まる

 妹の家でおしゃべりをして4時ぐらいになってくると、そろそろ夫の疲労がピーク。
疲れてくると妄想が出てくる。もちろん、どこにいるかも分からない。
 そろそろ限界だから、おいとましないと。
 妹の娘さんが車で私たち夫婦と弟を仙台駅まで送ってくれる。
 妹も仙台駅まで一緒に来て、ホテルの前で別れた。
 少し不穏になっていた夫も、別れ際には、妹、弟の手を握り「また会いましょう」と元気に挨拶。

 仙台駅前のホテルメトロポリタン仙台にチェックイン。
 ネット予約する際に、車椅子で利用することを書いておいたら、バリアフリールームを用意しておいてくれた。
 これがとっても助かった。

 最近泊まったホテルはビジネスホテルだから仕方のないことだけれども、ユニットバスが夫にはとても使いにくい。
 ユニットバスの入り口って、部屋よりもかなり高い位置にある。
 夫はこれを自分の足だけで上がることができない。
 これだと手すりが必要なのだが、手すりがないので、仕方なく、トイレットペーパーホルダーとか、何かつかまれそうなところをつかんで、私が後ろから夫のお尻を押して、持ち上げる等… トイレも手すりがなく、座る時に一苦労。バスタブに入るにも、掴まるところがなく、入らずにパスするか、せっけんおきを掴んで入るか…だった。

 しかし、今回のバリアフリールームは・・・
 お風呂とトイレ・洗面所が別々お風呂は一坪バスタイプの大きなもので、手すりも何カ所もついていて、出入りが楽だった。

 トイレ・洗面所に、背もたれ椅子が欲しかったので、フロントに電話をして、持ってきてもらう。バスルームで使うための椅子と普通の背もたれ椅子の2種類を持ってきてくれたので、バスルーム用の椅子だけを置いてもらったが、洗う時と着替える時と2つとも置いてもらったほうが良かったな。
 ちなみに、自宅では、洗い場用と着替え用と2つの椅子を使っている。

 ベッドは介護用のベッドではなく、手すりなどついていない普通のベッドだった。
 夫は手すりがなくても、何とか、ベッドから起床できるほどに回復していたので、今回はこれで十分だったけれども、リクエストをすれば何か対応してくれるのかな?

★夜ご飯なし

 昼は会食でたくさん食べ、妹の家でお菓子にお茶に果物…とたくさん食べ過ぎた。
 本当は夜は、仙台名物の牛タン定食か何かを食べようと思っていたが、とても食べられそうにない。
 ホテルの部屋で、夫が

 「今日の夜ご飯どうする?」と訊くので、

 「お腹減ってる?」

 「あんまり減ってない」

 「私もお腹いっぱいだから、夜ご飯はもう食べなくていいよね」等と言っていると、夫が、突然、

 「あのね、お父さんやお母さんがいない子たちにご飯を食べさせてくれる施設とか、あるでしょ…」等と言い出す。

 ???
 なぜか私を「孤児」だと思って、言っているらしい??

 それで、いつものように、夫にオリエンテーション。

 「私は誰」で、「どこにいる」のか、「何のために」来ているのか?

 何回言っても、すぐに忘れてしまうけれども、それで混乱を解消し、夫が落ち着けるなら、何度でも言おう。

 こうして仙台の夜は更けていった。
 夜ご飯は要らなかったよ。

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夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

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