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アルツハイマーの遺伝子診断について(2)

 アポリポ蛋白の遺伝子表現形のうち1つでもE4があると、アルツハイマーになる可能性が高くなるといわれているのだが、E4がなくてもアルツハイマーになる人はいるし、E4があってもアルツハイマーにならないうちに寿命を全うする人もいる。

 また、アポE4はアルツハイマー型に限らず、レビー小体型の認知症の人にも多いそうだ。(『痴呆化遺伝子 アルツハイマーの運命に打ち勝つために』河野和彦P.226)

 夫はアポE4/3だとしたら、両親のどちらかからE4を引き継いだのだろうし、アマゾンで購入したキットでの検査結果のE4/4だとすると、両親どちらもE4を持っていたということになる。

 ちなみに、夫の父は69歳、母は88歳で死亡。
 義父は胃癌で死亡しており、年齢的に認知症を発症する前に寿命がきたとも言える。
 義母は最後の頃は「多少ボケたかな?」という程度で、年齢相応とも受け取れる軽度、少なくとも夫のような重度の記憶障害は見せないまま、亡くなった。

 夫は6人きょうだいの長男であり、他の妹や弟には、年齢相応かな?という程度のうっかりや失敗はあっても、今のところ認知症といえるほどの人は見当たらない。結構みんなしっかりしているのだ。

 この違いは何にあるのだろうか?
 他のきょうだいたちは誰も E4 を受け継いでいない可能性もあり得る。
 しかし、基本的には2分の1の確率のはずだから、他のきょうだいの中にも E4 を持っている者がいるはずだ。
 単に、発症すべき年齢にまだ達していないだけかもしれない。

 おそらく、夫の場合、70歳の時に 脳梗塞を起こしてしまった ということが、大きいのだろう。
 他のきょうだいは、幸いにも、誰も、脳梗塞を発症していない。

 脳へのダメージは、アルツハイマーの発症の引き金をひいてしまうので、アポE4を持つ人は、ボクシングや交通事故などによって頭部を打撲するようなことは避けなければならないし、もちろん、脳梗塞を起こさないということも重要だ。

 ところで、下記は、アマゾンでキットを買って検査をした「認知症関連遺伝子 検査結果報告書」のサンプル(夫のもの)だ。尚、表中の「出現頻度」は日本人の占める割合を示している。

検査結果_0001

 そのうち遺伝子名PAI1(血栓溶解阻害因子)を見ると、夫は4G/4Gで、「血液が固まりにくく、血栓による認知症のリスクは低いです。」とある。
 検査結果に同封されていた書類には、このPAI-1について「この遺伝子の多型は、血液が固まりやすくなり血栓の原因となります。小さな血栓がくり返しできてきて、徐々に脳の神経細胞が減っていく多発性脳梗塞となり、そのまま放っておくと、認知症(脳血管性)になります。」と説明している。
 夫は、この検査結果では、血栓はできにくいはずであるが、ラクナ脳梗塞は発症して10日ほどの入院をしており、小さな無症候性の脳梗塞も多発している。
 だから、検査結果が良かったとしても、あくまでも確率の問題であって、その他の生活習慣などの環境因子によっては、発症し得るということなのだ。

 夫が脳梗塞を起こしてしまった生活習慣としては、医師からも指摘された、喫煙だろうと思われる。
 夫は20歳から脳梗塞を発症する70歳まで、毎日、強い某タバコを40本吸う、チェーンスモーカーだった。脳梗塞発症後は、医師に言われて、禁煙を決意したが、しばらくは、私に隠れてこそこそと一日5本程度は吸っていたが、75~76歳になる頃には、特別な禁煙努力もなく、自然に、完全に吸わなくなっていた。

 ところが、くだんの『痴呆化遺伝子』には、「医者として大変申し上げにくい」が、「パーキンソン病もアルツハイマー型痴呆もタバコを吸っていた人のほうがなりにくいというデータがあります。」とある。「アルツハイマー型痴呆はアセチルコリンという神経伝達物質の伝達がわるくなる病気ですが、アセチルコリンを受けとめる受容体(野球でいうキャッチャー)にニコチン性とムスカリン性の2種類があり、喫煙でニコチン性受容体が増えますので痴呆症状にはよいということになります。」

 このことから、私は、こんなふうに思う。
 もしかしたら、若い時から夫はアセチルコリンあるいはアセチルコリン受容体が不足していたのではないか?
 夫は、仕事をしたり、何か考えたり、集中を要する時にタバコを手放せなかった。
 それで、ニコチンの助けを借りて、アセチルコリン受容体を増やして、アセチルコリンを増やしていたのかもしれない。
 そんなふうにも思えるのだ。

 タバコを手放せない人は、要注意ですよ。

 もし、夫も、アポリポ蛋白E4を持っていることをもっと早く知っていたら、生活習慣を厳しく律して・・・脳梗塞を起こさないように努力していたと思うのだ。
 今となっては、もう、取り返しがつかないことですが・・・

 アメリカの23andMe社による遺伝子検査結果は、様々な病気のなりやすさをパーセンテージで示したものが届くのだが、「どの遺伝子を調べた結果なのか?」という根拠になるものは明らかになっていない。

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ASV呼吸器の故障騒動

 夫は重度の睡眠時無呼吸症候群である。
 夫79歳(2010年、平成22年)の時に、入院して終夜睡眠ポリグラフの検査を受けたその結果票 ↓
PSG検査結果

 夫の場合、一般的な睡眠時無呼吸症候群(肥満気味で舌根が気道に落ちてしまうような閉塞性タイプ)とはタイプが異なる「中枢型無呼吸」も生じており、「中枢型+閉塞型の混合型無呼吸」タイプである。

 中枢型の睡眠時無呼吸症候群は、CPAPよりもASV(adaptive servo-ventilation)を使ったほうが、無呼吸が解消されやすい。

 ASVとは、患者の呼吸を学習し、その呼吸パターンに同調して滑らかに圧力を供給する呼吸療法治療器のことです。
 当初、夫はCPAPを使っていたが、無呼吸解消の成績が思わしくなく、現在はASVを使っている。

 さて、認知症の夫は、自分一人でASV呼吸器のマスクの装着したり操作したりできない。
 しかも、マスクをぴったり装着して寝始めても、寝返りをうって寝相が変わったり、口の開け具合が大きくなったりすると、マスクのフィッテイングが悪くなり、空気が漏れて、ブワァ~、プゥ~プゥ~とか、いろいろな騒音が聞こえてくる。マスクが完全に外れてしまうと、ヴワァ~という大きな風の音と共に大音量の警告音! 
 これでは夫も眠れないけれども、隣で寝ている私も眠れない。
 耳栓をして寝ようと思ったこともあったけれども、それでは、何らかの異常事態が発生したときに、察知するのが遅れる心配があるので、結局、耳栓はしていない。

 それで先週の金曜日の夜。
 何だか、ASVの音がいつもと違う感じがするし、音も余計うるさいように感じる。
 何かヘン? どうしたんだろう? マスクのフィッティングを直したりして、電気を消して寝る。と、しばらくすると、

    ピー!ピー!ピー! 

と警告音を出して、ASVが止まった。

 う~ん? 何だろう? 

  高圧アラーム

 「高平均圧アラーム 電源を切ってください」 だと?
 マスクのフィッティングが悪かったのかな? 電源を切って、もう一度マスクのフィッティングやり直し、電気を消して寝る。と、しばらくすると、また

    ピー!ピー!ピー! 

  高平均圧アラーム

 「高圧アラーム 電源を切ってください」
なんじゃこりゃ? 
 ASVが止まる時を見ていると、夫が仰向けに寝ていて、閉塞性の無呼吸になるところで、ASVの圧が高くなるとASVが止まってしまうようだ。ASVが止まった時、夫の呼吸を見ると、やはり無呼吸で止まった状態になっているので、軽く叩いて起こし、呼吸を回復させる。
 ASVが止まってしまうと、夫は良質な睡眠を確保することができない。

 それより、機械で対応できないほど、夫の無呼吸状態が悪くなっているということなのか?
 こうなると私も心配で眠っていられない。
 この何度も警告音が鳴って、ASVがストップするので、私も心臓がドキドキして、頭も痛くなり、血圧を測ってみると・・・・

    上 201  下 121  

 これまでの最高血圧を記録 

 これは、いか~ん  慌てて降圧薬を飲む。

 こうした呼吸器には24時間のサポートデスクシステムがあるので、深夜にコールセンターに電話をして、状況を伝えて相談するが、すぐに駆けつけて来られるわけでもなく、翌日、担当者に来宅してもらうことを約して、とりあえず、舌根が落ちないように、横向きにして寝かせるようにしてASVなしで寝る。
 当然のことながら、夫はよく眠れず、翌日、体調悪し。私も心労で体調悪し。

 翌土曜日、休日当番の人に来てもらって機械を見てもらうが、機械自体の故障ではなさそう? マスクが古くなってきちんとフィットしていないためか、チューブに問題があるのでは? と、新しいマスクとチューブを置いていった。

 土曜日の夜、新しいマスクとチューブで試すも、前日の夜と同じ状況で、ASVが止まってしまう。また、24時間サポートデスクに電話。電話中にもASVが止まる状態が再現される。サポートデスクから、今日、来宅した担当者に連絡が行って、担当者から電話をもらう。
 どうも空気圧が15cmを超えると、ASVが止まるようだということを伝える。
 夜間、どうしようもなく、明日、また日曜日の担当者が来宅することになる。
 また横向きに寝させる・・・と言っても、私が寝込んでいる間に、仰向けに寝て、呼吸が止まっている時が当然ある。ずっと呼吸は止まっているわけではなくて、ある程度限界まで来ると、呼吸が再開するのだが、血圧が上がり、心臓など身体にはかなりの負担となる。

 CPAPやASVの設定圧を変える場合は、医師の処方が必要なので、日曜日の朝、在宅クリニックの休日当番にも電話をし、状況を伝え、ASVのサポート業者とも連絡を取り合ってもらうよう依頼をする。
 昼頃、サポート業者の担当者がやってくる。ASV機器の所有者の帝人(日本の代理店)と相談した結果、やはり機械の故障の可能性が高いということで、機械そのものを交換することになった。

 日曜日の夜、交換したASVを装着したら、夫の舌根が落ちて、閉塞性の状態になり、空気圧が15cmになってもASVは止まることなく、動き続けるようになった。
 良かった。
 やっと眠れる。
 ヤレヤレ・・・ 

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真夜中のご乱心(REM睡眠行動障害?)

 雨模様が続き、洗濯物の室内干しが続きます。
 浴室乾燥機を使っても、タオル等はどうしても匂います。
 そこで、洗濯物を室内に干す前に、軽くアイロンがけをします。
 こうすると洗濯物の表面の雑菌が少なくなるのでしょう・・・匂いません。

 今日の午前中、私が家事をあれこれしている中、夫が手持ち無沙汰にしているので、
    アイロンがけ、できる?
 と訊くと、
    できる。 
と言うので、夫にアイロンがけをしてもらった。
 洗濯物表面の雑菌を殺すのが目的なので、かなり適当なアイロンのかけ方でも大丈夫。

 夫は家事を分担したいという気持ちを常に持っている人だ。
 この年代の男としては珍しいほうだと思う。
 うまくはできないけれども、簡単な家事を一部でもやってもらうと、
 夫の「何かしなければ」という焦燥感もかなり落ち着くようです。

・・・・・・・

 さて、先週のASV故障騒ぎも機械の交換によって解決し、夜間睡眠時に、再びASVのマスクをつけて眠るようになりました。
 認知症の人へのCPAPやASVといった呼吸器を装着するのは介助者がやらないとなりませんが、装着には認知症本人の協力が不可欠です。
 本人が装着を拒否している場合は、装着できないでしょう。

 そもそも、顔にマスクをつけるというのは、かなりのストレスになるからです。
 私も、ためしにこのマスクをつけてみましたが、ヴワァ~という強烈な風がチューブから吹き出してくるので、「閉所恐怖症」の私にはこれは耐え難いもので、全く装着し続けられません。

ASV全体像

 ちなみに、このマスクは鼻と口の両方を覆うタイプです。
 通常は、鼻マスクが推奨されていますが、
 夫の場合、鼻呼吸がうまくできず、どうしても口が開いてしまいます。
 チンストラップ(顎から頭にかけてバンドをかけて口を開かないようにする)をしてみたり、
 口に「痛くないテープ」を貼って、口が開かないようにしたりしましたが、
 ほとんど効果がありません。
 口が開いてしまうと、いくら鼻からの空気圧をかけたところで、
空気がみんな抜けてしまって、圧がかかりません。
 そういう人は、この鼻と口の両方を覆うタイプのマスクを使います。

 このようなマスクと呼吸器を夫が装着し続けてこられているのは、

 (1)夫の認知症がまだ初期の頃に使用を開始したということ
    (既に、習慣化されているから)

 (2)夫自身に、マスクをして呼吸器を使った方が、
    「快適に眠れる」という実感がある(のだろう、たぶん)

 このマスクをつけるときには、夫が布団に入ったら、マスクを見せて、

   これ、つけるね?

   うん。

 と確認してから、マスクを顔にあてがう。

 それから、顔にあてがわれたマスクがずれてしまわないように、夫に押さえてもらいながら、
 マスクの額側のバンドを夫の頭の後ろに回すのだが、この時、バンドを後ろに回してかけやすいように、夫は頭を持ち上げてくれる。その後、マスクの口側のバンドを装着する。
 つまり、マスク装着時には、

 (1)顔の上のマスクをずれないように手で押さえておく

 (2)額のバンドを後ろに回してかける時に、頭を持ち上げる

という2つの動作を本人にやってもらう必要がある。

 しかし、時に、夫がぐっすりと寝入ってしまって、軽く叩いても起きないような時には、私一人で一連の動作をして、装着することもある。

 さて、数日前のこと。
 最近、まあまあの調子だし、毎晩、眠る前の「抑肝散」は飲まなくても大丈夫なのではないか、抑肝散の副作用もまったくないわけではないし(新横浜フォレストクリニック院長ブログ「甘草による副作用について」)、飲む薬は少ないに越したことはない、と、ここ4~5日、睡眠前の抑肝散の服用を止めてみていた。

 その晩の深夜、寝返りによってか、マスクがずれてしまっているらしく、プ~、プ~と空気の漏れる音がうるさいので、いったん、マスクを外して、ASVを止めた。

 鼻が詰まっているのかな? ASVをつけているとちょっと苦しそうだ。
 ちょっとの時間、ASVをつけるのを休ませたほうがいいかな?

 こういう時は、舌根が気道に落ちてしまわないように、仰向けになっている身体を横に向ける。
 夫には食道裂孔ヘルニアがあるので、胃の逆流予防も考えて、右を下にして横に向けるのだが・・・

 夫の身体の左側面を両手でもって、右が下になるように、身体を回転させようとしたが、夫の背中が布団にひっついたように重く硬くなっていて、回転させられない。

 うん? 

 まるで「横に転がされてたまるか!」との固い意思を持って、踏ん張っているみたい。
 夫は目をぎゅっと閉じたままである。
 両腕組みをしているので、腕組みを外そうとしたが、すごい力が入っていて、梃子でも動かない。軽く叩いてみても、目を覚まさず、目をぎゅっと閉じたまま寝ている。

 このまま仰向けに寝たままだと、閉塞性の無呼吸が出現してしまうので、仕方なく、この状態でマスクをつけてASV呼吸器を開始しようとした。
 顔にマスクをあてがい、夫の頭を持ち上げて、額のバンドを後ろにまわそう・・・

と、やにわに、夫が、

  すごい勢いで
  マスクとチューブを鷲掴みにして
  ひっぱって振り回した。


 その間、夫はずっと、ぎゅっと目をつぶったままだ。

   あ、これは、いかん 

 REM睡眠行動障害か? 
 夢の中で、「敵に口をふさがれた!」とばかりに、夫は闘っているのだな。
 なんとか、マスクとチューブを夫の手から取り戻して、破損するのを防いだが、
 更に暴れ出さないか、ドキドキ。
 夫を起こそうと試みたが、まったく目を覚まさない。
 あまり無理をすると、もっと興奮して、暴れるかもしれない。
 仕方ない。このまま寝よう。
 電灯を消したが、大丈夫かな~。
急に殴られたりしない?よね?
 REM睡眠行動障害のある人が、一緒に寝ている妻を殴ってしまったり、
果ては絞め殺してしまった事件(外国だけど)などが、
 ちょっと頭をよぎる

 抑肝散と水を寝床に持ってきておいた。

 ・・・・

 小1時間ほどしたところで、夫が目を開けた。

  トイレ?
 
    うん。

 トイレ介助をした後、用意しておいた抑肝散と水を差し出し、

  これ、飲んでね。

  うん。

 夫は素直に抑肝散を飲んだ。
 飲んですぐに仰向けに寝ると逆流してくるので、右を下にして横向きに寝かせた。
 少し時間が経過した頃、夫は再び寝入っている。
 今ならマスクをつけられそうだ
 と直感し、素早く夫にマスクを装着した。
 夫は睡眠から起きることはなかったが、今度はすんなり装着できた!
 ・・・・・
 翌朝、夫に、

 昨晩、マスクをつけようとしたら、マスクとチューブを掴んで暴れたよ~

 え~? 本当? 全然覚えてないよ~。ゴメンナサイ

とのことでした。

 やはり寝る前の抑肝散は必要ってことか。

---------
 さて、今日、午後3時過ぎ、昼寝から夫が起きてきた。
 ちょっと不穏な表情 

 外から、商店街主催の七夕まつりのサンバの音が聞こえてくる。

   サンバを見に行こうか?

 と夫を車椅子に乗せて、見に連れて行く。
 サンバのダンサーの列がやってくる。
 夫は車椅子に座っているため、ダンサーや鼓笛隊?の人の注目を集め、投げキス  やら何やらで夫にアプローチしてくれる。
 夫も上気した顔で、何度も投げキス  
 と、おどけたジェスチャー 
 さらには、バチをもらって、太鼓を叩かしてもらったりしている。
 役得です 
 あ~、楽しかった。サンバはいいな。元気がでる 

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逆流性食道炎からの吐血(2)

 夫には食道裂孔ヘルニアがある。
 それが原因で、常に胃酸が食道に逆流しやすく、それが原因で胃と食道の継ぎ目あたりが炎症を起こして、ちょっとした圧力で粘膜が裂け、大量吐血するという「マロリーワイス症候群」を2009年7月に経験。

 その時は1週間ほど入院した。
 既に認知症の見当識障害がだいぶ進行していたので、入院に際しては、家族の宿泊付き添い申請書を病院側に出して、個室に入院し、私が泊まり込んだ。吐血時の胃カメラ検査の時に、夫は暴れたので、病院スタッフからは入院中も暴れるのではないかと危惧されていたが、退院するまでずっと穏やかに過ごすことができた。

 これ以降、胃酸を抑えるプロトンポンプ阻害薬(当初はオメプラール錠、現在は、ネキシウムカプセルに変更)を寝る前に服用するようになった。
 また、脳梗塞の再発予防に飲んでいたバイアスピリンは消化管出血の副作用を起こしやすいと考えられるので、これをプレタールOD錠50mg×2(朝、晩)に変更して現在に至っている。

 この逆流性食道炎。本人からの自覚症状の訴えはあまりない。常態化されると、本人もこれが普通と思って、あまり異常を訴えないのかも知れない。

 気になるのは、食後に咳をすることが多いように感じる。胃酸が逆流して、刺激され、咳が出るのではないかと気になる。
 また、胃からの逆流物が胃液(pH2.4以下)のときに生じる誤嚥性肺炎(メンデルソン症候群)も心配であり、酸による重篤な化学性肺炎を起こすことがあるようだ。
 胃酸を抑えるプロトンポンプ阻害薬を飲んでいても、そもそも大量に食事をしてしまうと、その効果も得られないという経験を2014年12月に経験した。

 その晩、クリスマスを前に、親族らと共に、年に一度の贅沢とばかりフレンチレストランで、クリスマスディナーのフルコースを食べた。私たち夫婦は「自腹」ではなく、「ご招待」にあずかっていた。
 もともと、私たちはあまり動物性脂肪の多いものや肉類は食べないのだが、

    まあ、たまには贅沢をしてもよいかな~

 と思ったのが、そもそもの敗因 

 夫は、出される皿を次々に平らげ、
H26-12前菜 (2)
H26-12前菜2 (2)
H26-12鰻パイ (2)
H26-12メイン (2)
フランスパンもいくつか食べ、
デザートまでしっかり食べて、
H26-12デザート (2)

夫や私、親族全員がこれらを完食。

私たち夫婦の普段の食事量の2.5倍くらいあったかな?
レストランから自宅までの道のりは1時間ぐらい。
自宅に帰りついた時刻は10時を回っていた。

う~ん。私でも、かなり胃にもたれているっていう感じがする 
やっぱり、普段、食べつけてない肉があったからなあ。
肉って、やっぱり、消化に時間がかかるんだなあ~と実感する。

夫は?と見ると、何だか、頻繁に咳をしている。

吐き出した痰を見ると、
何やら茶色っぽいカスみたいなものがたくさん混じっている
う~ん、もしかしたら、血?

イヤな予感。そこはかとない不安が・・・。

入浴をして、寝る前のネキシウムカプセルを飲ませ、夫を布団に寝かせる。
夫はもちろん右側を下に。

でも、何だか、苦しそうにしている。

絶対、いつもと違う。何かおかしい。苦しそうだ。

私は心配で眠れない 
様子がおかしい。いつもと違う。
う~ん、う~ん、とうめいている。
心配で眠れない。
電灯を点けて、夫の様子を観察。
午前2時頃、どうにも苦しそうに見える。、

 気分が悪いの?

 う~ん・・・ちょっと気持ちが悪い。

 吐きそう?

 うん・・・吐きそうな気がする。

慌てて、「うがい受け」を持って来て、口元にあてがう。

在宅クリニックの24時間緊急連絡先に電話をし、当番の先生に状況を伝える。

と、電話をしている最中、
目の前で、夫が「うがい受け」に、茶色い液体を吐き始めた

食べ物らしき固形物はなく、吐血だ  

 あ~、血を吐きました!  え~ん、どうしよう・・・

 今から行って、点滴をしましょうか。

 え~と、どれくらいでいらっしゃれますか?

 30分ぐらいかな?

 う~ん・・・ 

この時、私の不安は頂点に達していて、
目の前で血を吐いている夫を前にして、
一人でこの状況に、
30分も耐えることができそうになかった。

 すみません。もう、救急車を呼んで、よいですか?

 わかりました。そうしてください。搬送先の病院に紹介状をFAXで送りますから。

119番をし、保険証や診察券などを用意しているうちに、静かに救急車が到着。
(夜中だからサイレンを鳴らしていなかった? 直接、玄関に救急隊が尋ねてきて、で初めて到着に気づいた。)

 救急隊の方に、「うがい受け」に吐いたものを見せた。

 これを持っていった方がよいですよね?

 え~と、少しだけとって持っていけばよいですよ。

 はあ、そうですか・・・?

 吐いた物を持っていかなくてよいと
救急隊員に言われたので、「うがい受け」を持っていかなかった。

 以前、マロリーワイス症候群で入院をしたJ病院への搬送を希望し、救急隊員がJ病院に電話をしたところ、受け入れOK。
 救急車に同乗中に、在宅クリニックの当番医から携帯に電話が入り、搬送先がJ病院になったことを伝えると、J病院宛にさっそく紹介状をFAXしておくとのことだった。

 J病院に到着したのは3時頃か。
 すぐに血液検査。胸部・腹部のレントゲンを撮り、腕のところに点滴用のルートを確保。
 血液検査では、炎症反応と軽度脱水所見あるも、この時点でヘモグロビンの値は14.9で貧血の進行は認めず、正常値の範囲。

 吐いたのは、本当に血でしたか? どれくらい?

 救急隊員に吐いた物はちょっとだけ持っていけば良いと言われたので、ティッシュでちょっとぬぐったものしか持って行かなかったが、これでは検査も何も出来ないようで・・・何だ、やっぱり「うがい受け」ごと吐いたものを持ってくれば良かった・・・

 SPO2の値が低かったようで(夫は常時SPO2は92くらいなのだが)、股の付け根のところから医師が動脈血を採取しようと、針を突き刺したが、失敗。
 夫が痛さと恐怖のあまり暴れそうになる。
 医師はもう一度トライしようとするが、夫の拒否は強く、私も、これ以上無理に動脈血を採取しても・・・と。

 救急外来では、胃カメラはできないのえ、造影CTをするぐらいしかないがどうするかと尋ねられ、相談の結果、造影CTはしないことに。

 結局、バイタルで血圧低下や頻脈などの所見はなく、入院するまでのことはない・・・と。
 救急搬送は、日曜日の未明だったので、一日、絶食し(水分はとってもよい)、月曜日の朝、あらためて消化器内科を受診するようにという指示をもらい、朝の5時頃、タクシーで帰宅した。

 肉そのもの量はたいしたものではなかったと思うが、
フォアグラだとか鰻入りのパイだとかもあったし、
やはりフランス料理は、全体的にバター等も多く使われているしなあ。
食べつけない動物性脂肪の高いものを大量に食べたのが間違いだった 

 反省、反省、反省・・・と絶食(私も夫に付き合って絶食)の日曜日が過ぎ、
月曜日に消化器内科で再びの血液検査と胃カメラ。

 胃カメラを受ける前に、以前、マロリーワイス症候群の時に胃カメラを受ける際に暴れて、次に胃カメラを受けた時にはサイレースを使って行ったことを伝えたが、医師からは、

 出血している可能性がある時に、そのような薬剤を使うと、急な血圧低下が起こったりして危険だから、使わない方がよいのです。

 と言われ、喉の麻酔のみで胃カメラとなった。
 案の定、夫は、苦しがり(私は寝ている状態での胃カメラしか経験ない)、激しく動いて、また、手でビデオスコープを掴むので、私も側でそれを抑えながら、手早く検査終了。

 あ~、大変だった 

 「内視鏡検査報告書」をもらった。書かれていたものを下記に写す。
 診断 1.〈胃〉胃炎〈表層性〉
2.〈胃〉ポリープ(胃底腺)
 内視鏡所見: 検査中に体動激しく、詳細観察困難でした。
食道 伸展良好、粘膜白濁はごく軽度で粘膜障害もなし。静脈瘤認めず。
胃 伸展良好、胃内にコアグラ(1)の貯留なし。
粘膜萎縮は目立たず。潰瘍性病変なし。
体部大弯には胃底腺ポリープが数個あり。
前庭部粘膜は軽度発赤あり。ヘマチン(2)などの不着はなし。
十二指腸 bulb,2nd(3)に粗大病変なし。出血を示唆する所見なし。

(1)胃液などに血液が混ざっている状態のこと
(2)ヘマチンとは、血液中のヘモグロビンを分離させて得られる有機鉄錯化合物
(3)十二指腸球部、十二指腸下行部


胃カメラ(白黒)_0002 (2)
胃カメラ(白黒)_0001 (2)

 意外にもきれいな状態?だった。
 なお、「胃底腺ポリープ」は、プロトンポンプ阻害薬の長期投与で起こる副作用らしい。
 一般的に心配ないとは言われているが、定期的に観察が必要なようだ。

 そして、血液検査の結果を見ると、日曜日14.9だったヘモグロビンの値が13.8に下がっているので、出血したのは間違いないようであるが、胃カメラの検査結果からは、もう、今日から普通に食事をして良いと言われ、拍子抜けした。
 でも、もう二度とこんな目には遭いたくない。


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雨続きの日常・・・我は紙パン

 今日も雨降りです。
 洗濯が終わったら、今日も、夫が洗濯物にアイロンをかけます。

 アイロン (2)

 そこで、一句。 
 紙パン (2)

   雨続き
   アイロンがけする
      愚妻のパンティ
   我のものなし
      我は紙パン

      作: 私
      字: 夫
         (お粗末様でした 

 午後から、グルタチオン点滴を受けるために、コウノメソッド実践医のもとへ行きました。
 実践医へは、バスを2つ乗り継いでいくことができます。
 歩く距離も短いのです。

   自宅からバス停まで徒歩5分、夫は10分
   乗り継ぎのバス停からバス停まで徒歩3分、夫は8分
バス停から実践医まで徒歩5分、夫は10分

 たった、これだけです。夫にとっては大変ですが、頑張れる範囲の距離。
 しかも、小雨が降っています。車椅子のカッパもあるけど、二人で相合い傘   で、
夫を支えながら歩くのにぴったりの条件です。

     バス停まで、歩ける?

  歩けるよ。

 ではLet's GO! 
 おっ、なんか、今日は、足が軽いみたい。
 坂道もゆっくりおりていきます。
 夫は、歩く時に、手をグルングルン振りまわすようにするのですが、
今日は、傘があります。
 片手で傘を支えるのは重いので両手を添えています。
 私は後ろから夫の背中に手を回して支えます。
 先に青信号が見えるけど、無理をせず、次の信号を待ちます。
 バス停にバスが停まった!
 ちょっと、無理して、夫をひっぱって歩きます。

あ~、疲れた。

 でも、よく頑張って歩きました。

  今日の点滴内容:

グルタチオン 2000mg
ソルコセリル   4ml
シチコリン   250mg
ビタミンC  1000mg

  1ヶ月前からソルコセリルを入れるようになりましたが、悪くない。

 帰り道も、いつもより、軽い足取りで歩いていた。
 何よりも、前のめり現象、突進歩行がほとんど出なかった。
 
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上高地への1泊2日の旅へGO !


  一泊二日で上高地へ行ってきました。

 メンバーは夫の幼馴染みのガールフレンドのYさんとKさんと私たち夫婦の4人。

 YさんもKさんも、数年前までは夫婦揃って一緒にグループ旅行をしてきた仲ですが、昨年相次いでYさん、Kさんのご主人が亡くなりました。
 いずれも最期は疾病に合併する形で認知症となり、寝たきりとなられ、ご主人を介護されるYさん、Kさんの心身の疲労も大変なものだったとお察ししています。
 そんなお二人なので、認知症がだいぶ進んでしまった夫と一緒でも、気楽にしていられます。

 今回は一般募集のバスツアーに4人で申し込みました。往復のバスとホテル(夕・朝食付き)がセットになっています。

 申し込んでから、片道5時間のバスの道中のことが心配に。
 紙パンツに紙パッドをしていれば大丈夫・・・が、問題は
 夫は便秘はなく毎日快便ですが、その時間帯は、朝起きてから昼食後までの間が多いですがマチマチです。
 その上、一旦、もよおしたら、すぐにトイレに直行しないと、我慢ができず、パンツの中に  が出てしまうのです。
 密室の狭い車中で、そのような事態は絶対に避けたい 

 今回のツアーバスにはトイレは付いていない。
 2時間に1回はトイレ休憩があるというけれども、夫のトイレ間隔はもっと短い。
 それに、短いトイレ休憩の時にうまくコントロールして排泄するということ自体なかなか困難と思われ、申し込んだ後、やっぱりトイレの付いている電車での旅にすれば良かった、と行く前から、後悔。

 でも、もうとにかくやってみるしかない。

 前日の夜は9時頃には寝床に入る。
 だいたい寝てから明け方までに2回はトイレに行く。
 当日は朝から台風9号の影響で雨模様。こういう日は気圧の影響で夫は眩暈がして起きるのが大変。
 いつもなら、8時半から10時ぐらいの間に起きるけれども、3回めのトイレが6時半頃だったので、そのまま起こす。

 案の定、夫は眩暈がすると言ってはいるが、そんなに具合悪いそうでもない。
 簡単な朝食を摂ってしばらくすると、うまい具合に  をもよおした模様。やった!

 その後、バス出発の集合場所まで、どう行くか?
 荷物は、
    車椅子
    ASV呼吸器セットのバッグ
    リュック(ほとんどを夫の紙パンツと紙パッドが占めている)
    お弁当(初日の昼食分)
    夫に持たせる小さなショルダー(こちらも紙パンツと紙パッド入り)
 できればタクシーで行きたいが、直接集合場所まで行ってしまうと、そこにはトイレがない。
 2時間に1回のトイレ休憩だとすると、バスが出発する前にもう一度トイレに行っておきたい。

 雨もそれほどひどくなく、ポツポツ程度。
 ヨシッ!

 小さいショルダーとお弁当の入ったバッグを夫に持たせて車椅子に乗せ、
 ASV呼吸器のバッグを車椅子に引っかけ、リュックを背負い、
 ポツポツ雨の中を地下鉄の駅まで車椅子を押して、地下鉄の駅まで小走り。

 地下鉄に乗って、集合場所近くの駅まで移動し、駅内の車椅子用のトイレへ。
 ところが、朝の通勤時間帯にあたっているせいか、車椅子用トイレがなかなか開かない。
 ・・・待つことしばし・・・
 やっと開いた。出てきた男性は車椅子用トイレが必要な人には見えない。
 が、いやいや、オストメイト利用者かもしれないし、外見だけで判断してはいけない。

 で、肝心の夫。

  出ない・・・

  えっ~。この後、2時間ぐらいトイレに行けないから、今やっておいてよ。

 うまくは行かないものだわねぇ。
 今のうちに少しでも出しておいて欲しいんだけどな。
 家を出る前にはトイレに行ったから、まあ、仕方がないな。
 あきらめて集合場所へ。
 ガールフレンド2人とも合流し、 いざ、出発!

 1時間後に1回目のトイレ休憩があり、ホッとする。
 以降、到着まで、全部で3回のトイレ休憩があり、そのたびに、運転手さんやガイドさんに、バスから車椅子を出し入れしてもらう。トイレまでの距離は、夫でも歩けないでもないが、短時間でトイレを済ませて、場合によっては買い物したり、昼食を摂ったりして、素早く戻って来なければならないので、車椅子が安心。
 でも、夫はトイレを特に我慢することもなく、スムーズに上高地へ到着。

 他のツアーの皆さんは、大正池で下りて、ホテルまで歩く人がほとんどだったが、あいにくの雨  
 私たちは、上高地帝国ホテルの前で下りて、小雨の中を、宿泊するホテルまで徒歩10分という道のりを選び、車椅子用のカッパを夫にかけ、傘をさしては車椅子を押せないので、私もカッパを着込み、ガールフレンド二人も傘をさして杖をついてのヨタヨタ歩きで、20分ぐらいかけてホテルに到着。

 ロビーでコーヒーを飲んでくつろいでから、客室へ。

 客室内のお風呂も源泉掛け流しのが出るとのことだったが、普通のバスタブでは、やっぱり温泉気分が味わえない。
 夫は一人で大浴室を行くのは不安がり、嫌がるので、有料の家族風呂を利用することにした。
 45分1680円也。

 家族風呂は檜の浴槽になっており、外の景色を見ながら入れる。ところが、源泉掛け流しの湯の設定温度は46度!
 我が家での湯温は41度。
 湯に手を入れた夫は「熱い!」と、とても入れず、水で、じゃあじゃあ、うめて、ようやく、夫は30秒ぐらい?温泉に浸かっていたが、早々に「出る」と言う。
 夫の手を持って浴槽から出るのを介助していたところ、

  わぁっ  ツルリ!

 夫の手を掴んでいたので、危うく転倒するのを免れた。冷や汗もの 
 夫を脱衣場に連れていき、籐椅子に座らせて、私は浴室へ戻る。
 ドアはガラスで透明になっているので、夫の様子を見ながら、時々出て行って着替えを手伝い、また、戻って温泉につかり・・・。
 着替えて、ドライヤーで髪を乾かしても、所要時間正味30分ほど。30分コースにすれば良かったなあ。

 夕食は、ホテルのレストランで、フレンチのコース。
 えっ? また、フレンチ? 逆流性食道炎で吐血して懲りたんじゃないの?
 今回のは軽めな感じだから、たぶん大丈夫 

 お料理のタイトルは

    蛍飛び交う安曇の夕暮れ

 食前の一皿(山葵のムースに鱸とサーモンのタルタル乗せ)
 2015-07-09鱸とサーモンタルタル+わさびのブラマン

 明科産信州サーモンと彩り野菜のテリーヌ
 2015-07-09野菜のテリーヌ

 72時間じっくり、コトコト丁寧に仕上げたコンソメスープ
 2015-07-09 18コンソメスープ
 夫はコンソメスープを最初はスプーンですくって飲んでいたが、うまくすくいきれなくなったのか、皿を持ち上げて口をつけて飲もうとした
 こうやって、皿を少し傾けてスプーンですくうんだよ・・・とやって見せる。
 勿論、以前の夫なら、皿に口をつけてスープを飲もうとしたりはしなかった。

 鱸のポワレ、オレンジソース、ワイルドライス
 2015-07-09魚料理メイン
 写真は、一口食べてから、「あっ、写真撮るんだった」と思い出して撮ったもの。
 お箸も付いているので、私はお箸で食べました。ワイルドライスはプチプチした食感がおもしろい。
 夫は、最初はフォークとナイフで食べ始めたが、ふと、見ると、鱸のポワレを手で持っている。
 外見からパンと勘違いしたんだね。

  それはパンじゃなくて、魚だよ。

  え?  本当に、魚だ。

 と言いつつ、そのまま手で食べている。まあ、いいか 

 国産牛フィレ肉のポワレ、
 富士見町の農園で収穫したルバーブを添えて
 2015-07-09肉料理メイン
 写真は、私が一口食べた後のお皿。
 夫やガールフレンド二人は、あらかじめ一口大にカットして出してもらう。
 牛フィレ肉はとてもやわらかく美味しい。脂も少なく、お腹にやさしそう。
 これなら夫も大丈夫な感じ・・・
 
 ココナッツブラマンジェとマンゴーソルベ
 2015-07-09デザート
 上には、三つ編みのチョコレートと木イチゴのマカロンが乗っている。
 とてもさっぱりとした酸味が美味しかった。
 夫はパンも最初からパンもぱくぱく食べて、あんまり食べると、後のお皿が食べられなくなると心配。
 4つ目のパンは食べ過ぎと思い、私が頂戴する。
 美味しいコーヒーもいただき、ごちそうさまでした 

 夕方5時半頃から食事を開始し、7時過ぎに食事を終え、部屋に戻った。

 夫は食後すぐに横になると胃内容物が逆流するおそれがあるので、できるだけ起きていたい。
 いつもは食後すぐに眠くなることが多いが、この日は結構起きていて、テレビを見ている。
 テレビのニュースを見ながら、いったいどこからそんな妄想が出てくるのか、

  仙台から北の方は、ずいぶんあちこちやられて、ひどい被害らしい

 などと言っている。が、目を開けて起きている。

 咳も出ていないし、今日は大丈夫かな? 歯を磨いて、薬を飲ます。

 私は、もうちょっと温泉を楽しむために、大浴場へ行きたい。

  このまま部屋で待っていてね。外へは行かないようにね・・・

 と、夫に何度も言ってきかせて、大浴場へ。
 でも、夫は自分がどこにいるかわからなくなっているので、気が気ではなく、大浴場へ行き、露天風呂にもさっと入って、急いで部屋へ帰ってきた。所要15分程度。

 わずかな時間だったけれども、夫は、私の顔を見ると、

    来てくれて、良かった~。一人で不安だったよ~。

 こうして、夜は10時くらいに寝たでしょうか。
 夫はASV呼吸器を付けて・・・あとは0時過ぎに一度、トイレに起きただけで、静かに寝ていました。

 私が目を覚ましたのは、午前4時半。温泉は24時間入れるので、夫がよく寝ている間に・・・と大浴場へ行き、朝風呂。

 雨はあがっており、目の前の梓川の向こうに迫る山々にはまだ雲がかかっているが、そのうち雲も晴れるだろうと思われた。

 夫は7時頃にトイレに起きた。大をもよおした模様。夫がトイレに入っている間に、ロビーで提供されているフリードリンクのコーヒーを持ってこようと思い、部屋から出て1階へ。
 部屋へ戻ってみると、夫はベッドで横になっていた。

    コーヒー持ってきたから、飲みましょう。

  うん。

 夫は薄目を開けて私を見たが、起きて来ない。先にコーヒーを飲んで待っているが、起きないので、もう一度、コーヒーを飲まないか誘ったところ、

  なんか気分が悪い。頭が痛い。

 と言って、頭を抱えるようにして右下を横にして寝ている。

 持参したSPO2を計る機器を指先に付けて調べてみるが、SPO2は94ぐらい。
 脈もだいたいいつもぐらいで、そんなに悪い徴候はない。
 けれども、私の方が不安になり、心臓がドキドキ。自分のSPO2を計ってみたら、脈が100を超えていた。
 夫の具合が悪いとなると、私はその不安に押しつぶされそうになり、いつも夫と一緒に具合が悪くなってしまう。

 時間が経つにつれて、夫の眉間によっていた皺が、少しずつ和らいできた。
 7時50分ぐらいには普通の顔に戻ってきて、目が開いてきた。

  上高地に来ているんだよ。ほら~

 と窓の外を指す。
 2015-07-10ホテルの窓から
 夫は驚いたように、

  本当だ~!

  朝食は9時までに入らないといけないから、
8時半にはレストランへ行こうか?


 夫はゆっくり起きて、すっかり冷めてしまったコーヒーをすすった。

 朝食のビュッフェは私たちが最後だった。おかゆとおかずは和食で。

 11時がチェックアウトだったけれども、10時過ぎにチェックアウトして、ロビーでコーヒーを飲んでから、4人でゆっくり出掛けた。

 昨日とは打って変わっての晴天。青空に緑の山々が栄える。気持ちの良い林の間を抜け、梓川沿いに河童橋に向けてゆっくり歩いていく。
 
2015-07-10梓川と白樺

 夫は車椅子の上。途中の道は、石ころだらけのところもあり、車椅子では進みにくいところもたくさんある。
 昨日雨だったため、狭い道の中には水たまりが大きく残っているところがあり、そこでは、夫に車椅子に下りてもらって歩かせ、私は車椅子を折りたたんで抱えて渡った。

 2015-07-10梓川沿いの道

 車椅子のまま、こんな山中みたいなところまで来られるとは思わなかった。
 上高地の平らなところだからね。もし、大正池の方面に行こうと思ったら、普通の車椅子では無理みたいだ。
 ネットで調べたら、特別なオフロード用の車椅子を使った人の体験記があった。

 でも、満足、満足。4人でゆっくり無理をせず、身の丈にあった旅。

 帰りのバスの中、夫は、何故か、群馬県を通っていると思い込み、

    もう少しで高崎観音だよ。

  いや、山梨に入ったところだよ。

 しばらくすると、また、

  高崎観音がもうすぐだね。

 と何度も、高崎、タカサキ、タカサキと10回以上言っていた。

 ようやく到着し、荷物が多いから、

  ここから家まで、タクシーで帰るよ。

  えっ? 3万円以上かかるんじゃない?

 どうやら、隣県にある夫の実家までの距離を言っているらしい。
 相変わらず、自分の家がどこかわからず、混乱している。
 でも、いつものことだから、気にしない、気にしない。
 いつものように、あなたと私は、どこどこに家を買って暮らしているのだよ~と、何度も何度も、説明をする。
 夫は、ちょっと戸惑ったような顔をしつつも、タクシーが自宅に着き、ドアを開けて、猫たち  の出迎えを受けると、やっと嬉しそうに

    ああ、やっと、自分の家に帰って来た。
     疲れた~。


 1泊2日のバスの旅、無事、帰って来ました。

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我が家がIHクッキングヒーターを選んだ理由

 我が家は2010年11月にガスコンロをIHクッキングヒーターに買い換えています。
 その理由は、認知症の夫が、調理器具の利用を継続できるようにするためです。

 夫は、この年代にしては珍しく「厨房に入る男」です。
 認知症がだいぶ進んでしまった現在でもなお、私が調理するのを手伝って、野菜を切ったり、炒めたりをし、また、食べ終わった食器を流しに持っていって洗い、食器棚に入れる等しています。(まあ、きちんとした仕事にはなっていませんがね。夫の「やろう」という、その心意気を買いたいと思います)。
  IH調理2
  (この写真で、夫が、IHクッキングヒーターのサイドにお腹をくっつけ、寄りかかって、炒め物をしていることにご注目ください。料理は、炊いたモチキビ(黄色)をズッキーニとトマトとキノコを炒めた「夏野菜のピスト」) 

 そして、夕方になると「今日の夕食はどうしようか? ご飯を炊かなくては・・・」とソワソワし出します。
 ある日の夕方など、夫と二人で自宅に居た時、夫から「ご飯を作らなくてはいけないので、家に帰ります」と言われたこともありました。

 私は今年の3月まで仕事をしており、一昨年までは定時帰宅が夜7時という生活でしたので、実際、夫がよく夕食を準備してくれていたのです。
 2005年にアルツハイマーだと診断された後も、夫は炊き込みご飯や、シチュー等、得意料理をしてくれたりしました。

 2008年5月に介護保険の申請をしたところ、認知症の診断が出ていたので、「認知症の人には要介護1以上の認定を!」という家族の会の運動の成果もあり、「要介護1」の判定が出ました。
 けれども、夫の場合は、区分変更申請をして、すったもんだしたあげく、ようやく「要支援1」をもらい、その後、更新時もまた「要介護1」が出て、再度区分変更申請をし、「要支援2」の決定をもらいました。
 わざわざ、軽い方の認定をもらうように区分変更申請をした理由は、利用したいサービスが「要支援の人向けに限られていた」からです。
 すなわち、我が家の近くにあるデイサービス(座っての体操と、機械を使った筋トレを中心とした1時間半のサービス)を利用したかったことと、それから、週2回の見守りヘルパーを利用したかったからです。当時、夫は時間についての見当識障害はありましたが、自宅やデイサービスの場所などの場所についての見当識はまだ保たれていました。

 既にご存じかと思いますが、「要介護」のヘルパー利用の場合、食事の準備はヘルパーが行いますが、要介護者本人の食事のみに限られています。つまり、家族が食べる分の料理まではやってくれません。
 「要支援」のヘルパーの場合は、要支援者本人が調理を行い、それを見守り助言する範囲になるのです。つまり夫の場合は、夫と私の夕食を作り、ヘルパーが助言をし、見守りをしてくれます。

 私が仕事に行っている間、週に2回、午後3時から1時間半ずつ、ヘルパーが来てくれるよう依頼をしました。

 この時間内にヘルパーと一緒に買い物に行って、帰ってから調理をするのをやってみましたが、とても慌ただしくて無理がありました。
 そこで、私があらかじめメニューとレシピを決めておき、必要な食材を用意して置いた上で、夫はヘルパーの援助を受けながら、火を使って調理をする簡単なおかず2品と、米をといで炊飯器にセットするという夕食のための調理を、毎週2回、昨年3月まで5年あまりにわたり続けてきました。

 私は、当時、仕事をしながら、日常をどんどん回していかねばならない忙しい生活者でしたので、夫に合わせて、ゆっくり丁寧に調理作業に付き合ってあげることができませんでした。
 どうしても、私が主体となってさっさと調理を進め、夫にはちょっと手伝ってもらうのがやっとです。
 しかし、プロのヘルパーは、夫が自分自身で調理できるように、1時間半を丁寧に付き合ってくれます。それが要支援者へのヘルパーの仕事なのです。

 「要支援」のヘルパー利用を開始した2008年当時、我が家はガスコンロを使っていました。加熱が過ぎると自動消火する機能が付いたタイプで、これは夫がアルツハイマーと診断された後に買い換えたものです。この時は、長年使い慣れたガスコンロの方が、認知症の夫には馴染みやすいだろうと考えたからです。

 ところが、それからしばらくした後、夫の調理をしている様子を観察していると、火を使っている時の手元が何やら危なっかしいのです。
 ガスコンロの前に、まっすぐに立っているのが辛いのか、お腹をガス台に寄りかかるようにして、炒め物などをしているのです。見ていると、裾に火がつきそうで、思わず、

  危ない、危ない  
     袖口に火がついちゃうよ~
  コンロからもっと離れて!


 と何度も注意しなければなりません。
  けれども、本人は「どうしたの?」と、いたって平気な顔をしています。

 実は、夫には白内障があります(現在も、諸事情によりまだ手術をしておりません。これについてはまたいつか書きたいと思います)。
 いつだったか、夫と一緒に美術館に行ったときに、白い紙に鉛筆でデッサンされた絵が展示されていました。夫は、

  これ何? 真っ白だけど?

  えっ? 鉛筆で絵が描かれているよ。

え~、本当? 真っ白にしか見えないな。

 館内の照明は、絵を傷めないように薄暗くなっていたことも拍車をかけているようでした。
 次のような資料があります。
着衣着火の危険性
   NITE製品安全センター 独立行政法人製品評価技術基盤機構 東北支所 堀英一氏

 上記のとおり、白内障の夫は青い炎がよく見えていないので、危険を察知することもできないのです。
 おまけに、夫は身体機能も落ちてきていて、ガス台に寄りかかって調理をするので、実に危険極まりない状態です。

 けれども、ガスコンロを買い換えたばかりだしなあ・・・

 そうこうしていた2010年7月、森毅さんという数学者が、一人暮らししていた自宅で卵料理を作っていた最中に、ガスコンロの火が着ていた衣服に燃え移り、腕、胸、背中など全身の30パーセント以上に大火傷の重傷を負い、その結果、敗血症性ショックで亡くなったというニュースに接したのです。
 このニュースは大変なショックでした。とても他人事とは思えません。

 夫には引き続き調理器具を使って調理をしたり、大好きな珈琲を自ら入れられるようにしてあげたい。
 IHクッキングヒーターを設置するとなると、200Vの電源を新たに増設しなければならないし、それなりの出費が必要ですが、着衣着火事故で火傷などを負ってしまったら、治療費はそれ以上となることは明らかで、何より生命と健康に取り返しがつかないことになる!・・・と直ちに決断しました。

 問題は、認知症の夫が、IHクッキングヒーターという新しい機器を使えるようになるかということです。
 私は、ショールームや売り場に足を運んで、自分で実際に、各メーカーの操作性を確認しました。
 その結果、スイッチを入れた時に、天板が赤く光るタイプを選びました。現在はわかりませんが、購入当時、スイッチを入れた時に天板が赤く光るIHクッキングヒーターを作っているのは1社だけでした。
 鍋を置いてスイッチを入れた時に、赤く光るほうが、火を使っているというイメージに近く、馴染みやすいと思います。

  IHコンロとヤカン

 操作については音声案内も付いています。
IH前側面から

 ① ヒーターの前側面についている「電源 切/入」スイッチボタンを押す。
    (これを探すのが、認知症の夫には一番難しかった  
 ② 天板上の「メニュー」ボタンを押す。
 ③ 天板上の「切/スタート」ボタンを押す。

 この3ステップができれば、とにかく加熱を開始することができます。
 その他、火力の強さやタイマー設定などもありますが、これらは使えれば便利だけれども、使わなくても、何とかなる機能です。

 この3つのステップをなかなか覚えられなかった夫も、毎日、朝は珈琲を入れるのに使い、ヘルパーが来ては調理に使い、私が一緒にいる時も使い・・・と、とにかく毎日毎日繰り返すことによって、アルツハイマーと診断されている夫であってもIHクッキングヒーターを使えるようになりました。

 ちなみに、同じ頃、我が家と同じIHクッキングヒーターを入れた友人夫婦の家では、認知症の夫は、結局、IHクッキングヒータを使えるようにならなかったそうです。もともと調理をする方ではなく、たぶん興味を持てず、使う頻度がそもそも低かったからだろうと思います。

 現在、夫は認知症が進んで「要介護2」になってしまい、集中力が以前のようには続かなくなり、1時間半という長い時間にわたって調理をすることはできなくなってしまいましたが、今でも、お湯を沸かしたり、炒め物をする時には、フライパンをIHクッキングヒーターの上に置いて、油をひいて、加熱を開始するということもできています。やらなければ、すぐにできなくなるので、毎日、毎日、やってもらっています。

 うっかり、消すのを忘れて鍋を焦がしてしまうと(焦げる前は無理)、自動で消えます。
 また、電源スイッチも、一定程度の時間の利用がないと、自動で消えます。
 そして何より、裸火がないので、私が居ない時に、夫が一人で使っても、着衣着火などの大きな事故は起きないという安心感があります。

 ただ、ひとつ、アルミ鍋も使える「オールメタル」製品を選ばなかったので、我が家のIHでは、アルミ鍋が使えません。IHクッキングヒーターに変える時に、アルミ鍋は捨てましたが、玄米を炊くための圧力鍋がアルミ製で、私はこれだけはどうしても使いたい。
 そこで、この圧力鍋を使うために、カセットコンロを利用しています。
 もちろん、これを使うのは私だけで、夫は使いません。

  圧力鍋

 震災の原発事故の経験からも、調理器具が電力だけというのは停電の時には困ります。最近はガスコンロも電気を使いますしね。なので、カセットコンロとカセットボンベを常備し、日頃から使い馴れているというのも、いざという時のためにかえって良いかと思っています。

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尿路感染症で入院した経験

 猛暑にもかかわらず、何の予定も入っていなかったので、夫を車椅子に乗せて、お気に入りのカフェにランチに行きました。今日の日替わりランチは、これ↓
 2015-07-13つぶつぶ日替わり
   もちアワのジェノベーゼ on 味噌煮じゃがいも
   車麩のカツ にんじんソースがけ
   しば漬けと白きくらげとタマネギのサラダ
   粒そばとゴボウのスープ 
 
 美味しいご飯の後、2時頃に帰宅し、急な猛暑に疲れたので、そのまま夕方5時過ぎまで、グーグー昼寝しました。

 さて、今日は、夫が尿路感染症で入院した経験を書きたいと思います。

 2013年4月、夕食後に、夫が10分おきぐらいと頻繁にトイレに行く。
 「これはおかしい」と思い、便器を覗いてみると、血尿が出ているではないか> 
  
  う~ん。 これはいけない 

 実は、夫は2006年5月に血尿を見て、J病院で検査の結果、膀胱内腫瘍が判明し、同年7月に尿道から電気メスを膀胱内に入れて、腫瘍を切除し、ピノルビンという抗がん剤を膀胱内に入れた。

 この時、既にアルツハイマーの診断を受けていたが、まだ軽い短期記憶障害のみで、
場所の見当識もあったため、普通の大部屋での入院生活を送ることができていた。

  膀胱腫瘍は比較的再発しやすいと言われているが、
その後、定期的に検査をし、再発のないまま現在に至っている。
 
 この2006年以来の血尿です 
 金曜日で夜9時をまわっていたが、緊急を要すると思えたので、
J病院に電話を入れて状況を説明し、救急外来で受診することにした。

 支度をして、夫と一緒に 歩いて J病院まで行く。

 血液検査の結果、白血球が増えており、「膀胱炎?」とのことで、フロモックス錠を1日分だけもらう(救急外来なのでその日に飲む分しか処方できない)。

 「膀胱炎」で思い当たったのが、その2日前のこと。
 J病院の神経内科の定期的な診察日で、朝、病院に向けて歩いていた時に、夫が、突然 をもよおしたが、近くにトイレは見当たらない。
 病院の手前に高齢者施設があったので、そこまで歩いて行きトイレを借りたが、結局、間に合わず 
 パンツの中に  が出てしまったのがウンのツキ
 自宅ではないので、シャワーも使えない。
 仕方なく、トイレットペーパーで  は便器に捨てた。いったんパンツをはかせてから、一緒に病院の売店まで行った。
 そこで、ぬれティッシュと新しいパンツとももしきを買って、また、車椅子用トイレに一緒に入り、ぬれティッシュで汚れたところを拭いてきれいにし(一応)、新しく買った下着に履き替えさせて・・・その日の診察を終えた。

  その時に汚染されたことが、今回の膀胱炎の原因でしょうか?

 と救急外来の担当医師に話をしたが、医師は、「その程度では・・・違うと思います。」とのことだった。
  今考えて見ると、もしかしたら、この事件は、夫の体調不良=抵抗力低下の徴候だったのかもしれない。

 夜11時過ぎに病院の一通りの検査も終わり、処方薬ももらって、帰宅しようとしたところ、夫が、

  なんだか寒気がする 

 というので、体温計をもう一度貸してもらって(病院到着時は平熱)測ると 37.6度 に上がっている。救急外来の医師に、

   体温が37.6度に上がりましたが、大丈夫でしょうか? 
   何か急に具合が悪そうになったんですけど・・


  う~ん。37度台ということでは入院することもできませんから、このまま自宅へ帰って様子を見て下さい。もし、急に高熱などになった時には、遠慮せずに、夜中でもまた来て下さい。

 帰りは夜も遅くなっていたので、病院前からタクシーで帰宅。
 自宅に着いてドアを開ける頃には、夫はもうフラフラして具合が悪そう。

 熱を測ってみると 38度超

 さっそく、処方してもらったフロモックス錠を1錠飲んで、熱が下がらないかと様子を見る。

 トイレに頻繁に行くであろうと考えて、いつも寝ている3階ではなく、トイレのある2階のリビングのテーブルをどけて、布団を敷いて寝かせる。

 ところが、熱は、その後、グングン上がり続け、トイレに行くために起きるどころではなくなってしまった。
 苦しそうに横たわり、尿垂れ流し・・・
 当時は、まだ紙パンツ等の用意も自宅になく、汚れた下着を脱がそうと思っても、夫はお尻を自分で持ち上げることすらできないぐらいにぐったりしており、悪戦苦闘。

 どうしよう・・・どうしよう・・・さっき薬を飲んだから、もう少ししたら熱が下がるかもしれない、もう少ししたら・・・・

 と、逡巡しているうちに夜が明けた。
 あまり朝早くても、病院のスタッフにも申し訳ないような気がして、ぐずぐずしているうちに午前9時になってしまう。

 熱は下がらず、39度超

 起こすこともできず、夫がうんうんうなって、リビングに転がったままの状態で、119番をし救急車を要請。

 救急隊到着時の熱は、39.6分

 昨夜、J病院の救急外来を受診し、「悪化した時には遠慮なくまた受診するよう」に言われている、と救急隊に伝えて、J病院への受け入れ打診を依頼。救急隊とJ病院がしばらくやりとりをした結果、すんあり受け入れOKとなり、搬送される。

 検査の結果、「急性尿道炎とのこと。
 肛門から指を入れて尿道を押すと、激しい痛みを訴えたので、そのように判断したとのことでした。

 フロモックス錠を飲んで、熱が下がるかと様子を見ていました。

 こういう高熱の時は、フロモックス錠では効かないのです。点滴で薬を入れないと・・・

 そうなんですか~
 (そんなこと知らずに、夫にずいぶん我慢をさせてしまった。判断が難しいなあ 

 そのままJ病院へ入院となる。

 夫の認知症は進んでおり、見当識障害もひどくなっているので、2009年にマロリーワイス症候群で吐血し入院した時と同様、個室を希望し、家族の付き添い看護申請書を提出して、私も一緒に泊まり込む。

 看護師から、紙オムツ(紙パンツではない)を用意するように指示され、病院の売店で、初めて紙オムツを買った。

 熱はなかなか下がらない。
 夫は「トイレに行きたい」と言うが、立ち上がることもできない。
 ベッドサイドにポータブルトイレを置き、看護師と3人がかりで抱えてトイレに座らせる。
 昨日まで歩いていたのに、たった一日で歩けなくなり、紙オムツになってしまった・・・大ショック 

 翌日、熱はまだ38.5度
 でも、食事は運ばれてくる。
 一応、夫に「食べる?」 と訊くと、何と「食べる」と言う。

 ベッド上に座っていることも難儀なのに、こぼしてもよいように食事用エプロンを着けると、ズルズル、ボタボタとこぼしながらも、自分で箸を使って食べる。

 すごいなあ! 38度も熱があったら、私だったら食べられないかも。
 その食欲に夫の生命力を感じる。

 そして、夜中に、夫が、突然、目を開けて、

  芝居、終わったから帰ろう。みんなはもう帰ったでしょう? もう出ましょう。 靴はどこ?

 どうやら、芝居を見に劇場に来ていて、周りが暗いのは、幕が下りた後の暗がりと思っているようなので、電灯をつけて、目を覚まさせた。

 夢を見ていたんでしょう? ここは病院。
 今、病気で入院しているんだよ。


「怪人(オペラ座の怪人の意味かな?)」の芝居を見ていたと思ったんだけど・・・

 この時が夫の「夜間せん妄」の初めて体験になるのかな?
それとも、単なる、寝ぼけか?

入院して、抗生物質を点滴をして2日目となっても、熱がなかなか下がらない。

 そこで、医師より、免疫グロブリン製剤(血漿中の抗体=免疫グロブリンを集めたもの。抗生剤が効かない患者等に使われる)の点滴を勧められた。
 このままだと敗血症になってしまう心配もあるからと。

  免疫グロブリン製剤は、人の血液を原料としてつくる「血液製剤」であり、安全性に配慮して製造されていはいるが、過去に薬害エイズや薬害肝炎といった事例もあり、使うにあたってはリスクを伴う。

 それらの危険性について、いろいろ書かれた(と思われる。残していなかかった)「同意書」に署名をして、初めて投与されるもの。
リスクはあっても、今の容態からすると医師が勧める免疫グロブリン製剤を点滴した方がよいと思われた。
  「同意書」に夫に署名させて(家族が署名でもOKだったと思うけれども、夫が字が書ける間は、こうしたものには夫自身で署名してもらうようにしている)、免疫グロブリンを点滴に入れてもらう。

 これが功を奏したのか、単に熱が下がるべき時期に来ていただけなのか、定かではないが、熱は3~4日目ぐらいから下がってきた。熱が下がるに従って、起き上がれるようになり、立ち上がって、歩けるようになった。紙オムツは、まだそのままだ。

 入院3日目から、私は昼間は仕事に行っていた。
私が不在の間、個室に一人で居た夫は、病室の窓から外を眺め、「ホテルに泊まっている」と思った模様。
夕方、病室に戻ってみると、紙オムツを全部外して(紙オムツはビチョビチョに重くなっていた)フルチンで手を洗っているところだった。夫は、私の顔を見ると、

    あっ、帰ってきたの?  どうする、夕飯は?  外へ食べにいきましょうか?

さらに、ふとテーブルの上を見ると、点滴針が置いてある 
慌てて、夫の腕を見ると、どうやら自分で抜いたものらしい。
  血は出ていない。
  点滴ボトルの薬液は全部落ちていたので、どうやら点滴が終わったところで、ナースコールもせずに、自分で針を抜いたようだ。
看護師を呼んで処置してもらったが、こんなことをしていると、拘束されてしまうよ~ 

翌日、仕事の昼休みに病院へ行くと、何やら紙に書かれたものが置いてある。
読んでみると、医師か看護師が書いたらしく、

 点滴バッグをベッドの上に置いてはいけません。点滴の薬が落ちません!

 と点滴の仕組みを、手描きの絵にして、書いてある。

  どうやら、夫はトイレに行く時に、点滴スタンドごと引きずって行かず、点滴バッグを外し手で持ち歩いて、用を足した。
 そして、ベッドに戻った時に、点滴バッグをスタンドにかけることができなかったのか、スタンドにかけることを思いつかなかったのか、そのままベッドの上に置いたままにしたようだ。
 それを看護師が発見して・・・ということらしい。

  その日の夕方、仕事が終わって、病室へ向かうと、部屋に夫がいない 
   えっ?と思い、慌てて、ナースステーションに行き、「夫が部屋にいません!」と言うと、「ここにいますよ~」と。

ナント、夫は車椅子に乗せられて、ナースステーションの中に居た 

看護師の目の届かないところに一人で置いておくのは危険だと判断されたようだ。
  忙しく立ち働く看護師さんたちの中で、夫はポツンと一人車椅子に座ったまま、疲れたように、ボッーとしていた。
  でも、拘束されてしまわなかったことに感謝しよう。
結局、夫は5泊6日の入院で無事退院することができた。
  心配していた紙オムツは、退院とともに外すことができた。

 数年前に、夫の友人の中でも人一倍元気な方が、やはり尿路感染症になり、敗血症手前まで行ったという話を聞いていた。高齢になってくると、このような尿路感染症は珍しくないのかもしれない。

 そして、2015年2月
 J病院の眼科定期受診のため、待っていると、夫が頻繁にトイレに行きたいと言う。
 車椅子で来ていたので、夫と一緒に個室に入り、見てみると、血尿が出ているのではないか  それもこれまで経験している夫の血尿の時と比べて、出血量も多いようだった。> 
 眼科受診もうわの空で、さっそく泌尿器科の受付にまわり、現在、血尿が出ているので予約外で診て欲しいと依頼。
 医師から採尿のオーダーを出してもらい、尿を採ったが、コップが真っ赤になっている。
 うわぁ~、かなりの出血。また高熱を出すのかなあ?

 検査結果が出て、予約外担当医に呼ばれた。

   血尿が出たんですね。

 と、やけにあっさり。
 私から見たら「あんなに血が出ていて~」と思うけど、医師の感覚では、この程度では、どうってことないんだなあ。

   まあ、膀胱炎でしょう。抗生物質を出しておきます。

  昨年4月に、この病院に急性尿道炎で高熱が出て入院しているのですが・・・ それから、いだいぶ前ですが、2006年に血尿が出て、検査の結果、膀胱腫瘍で、ここで手術しているんです。

まあ、これで様子を見て下さい。他に膀胱腫瘍の再発とか、心配な点は、この後に入れてある泌尿器科の定期受診の際に相談してください。

 クラビット錠500mg 1日1回朝食後 7日分が処方された。

 かかりつけ薬局でクラビットをもらい、早速1錠服用させた。

 この当時は、まだ私は仕事をしており、午前中半休をもらって、夫の病院受診に同行していたので、午後からは仕事がある。
 午後は小規模多機能居宅介護センターに夫を託して、様子を見てもらうことにした。
 その日の午後は、何度もトイレに通い、小規模のスタッフの連絡によると、やはり血尿が出ていたとのことだった。
クラビットが効いたようで、今回は発熱することもなく、目で見える血尿も頻尿も2日目には治まっていった。

 話はここで、少しずれるが、その日の晩、夫は、はじめて、ありありとした幻視を訴えた。曰く、

うわぁ~、すご~い。
   さっきまで、ボクの股のところに、蟹がいっぱい並んで乗っかってたんだよ。
   今、君が来たら、さぁ~と消えちゃって・・・


 と真面目な顔をして言う。

 「幻視」と言えば、レビー小体型認知症が思い浮かぶが
夫は、2014年11月にMIBG心筋シンチ検査を受けた結果

  MIBG上では心臓交換神経は正常です。ParkinsonDやDLを示唆する所見を認めない。


とのことだった。

 レビー小体型認知症でなくても、幻視を見ることはあるのだろう。
   あるいは、これからレビー小体型へ移行していくということも、あるかも??

 そして、あらためて泌尿器科の定期受診の際に、担当医師に、何故、尿路感染症を繰り返してしまうのか?尋ねた。

 夫の場合、前立腺肥大があるため、膀胱にたまった尿が出し切れずに、常に残っている。(その時測定した残尿量は40mlだった。)
 膀胱から出されずに残ってしまった尿は、新しく作られた尿が来たら、このたまった尿が押し出されるということはなく、古い尿はたまったままになってしまうため、そこで細菌が増殖・・・ということらしい。

 尿路感染症にならないように今後の予防は?というと、これまでどおり

 ハルナールD錠 0.2mg 1日1回 を服用すること。

 尚、夫は頻尿(過活動膀胱)を抑えるために、ベシケアOD錠5mgも飲んでいる。

 ハルナールとベシケアは、一見、反対方向の作用を持つ薬であるが、その微妙なバランスで調整をしているのでしょう。
 医師は次のように言います。

 飲む薬を増やしたくない、と言うのなら、飲まなくてもいいんです。
 でも、夜中の頻尿で辛い(QOLが落ちる)というのであれば、飲んだ方がいいと思いますよ。


 昨年4月に転倒し、筋肉内血腫と腰椎圧迫骨折をした後、夫は夜間頻尿になった。
 それまでは、せいぜい、一晩に1回トイレにいくぐらいだったのに・・・
 夜中に4回~5回トイレに行くようになり、常時、紙パンツが必要になった。

 そのたびに、私は、夫の呼吸器を外して、トイレが終わったら、呼吸器を付けて・・・・と
何度も行わねばならない。
 これでは、まとまった睡眠がとれず、本人も介護者の私も辛い。
 ベシケアを服用するようになって、1ヶ月ぐらい経過した頃、夜のトイレの回数が減った。
 寝床に入って約1時間後にトイレに行き、その後もう1回、その後は起床時ぐらいには減ってはいる。

 もう、できるだけ尿路感染症を起こしたくない。
 何か身体に悪いことをしているわけでもないし、ごく普通に生活しているだけなのに、尿路感染症になってしまう。
 それは抵抗力が落ちているから?
 なかなか難しいね。

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夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

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