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アルツハイマーと診断されるまで

 未明の3時頃、夫がむっくりと起きた。今晩2回目のトイレだ。
 トイレ介助をしようと私が起き上がって夫の顔をのぞき込むと、

 偶然、会えて、ウレシイ~ 

 え~ 、ずっーと、隣で寝ていたんだよ。ほらっ

 と夫の寝ていた隣の布団を指さした。
 夫は布団から立ち上がるときには、一旦、腹這いになってから、
手の届くところにある棚等につかまって立ち上がる。
 布団の端からトイレのドアまでの距離は2mにも満たないけれども、
布団の上は柔らかく立ち上がり時にふらつきやすいし、
睡眠状態から起き上がる時にはめまいを起こしやすいので、
立ち上がりからトイレに座るまで手をひいていき、
ズボンとリハパンを下ろすのを手伝う。
 夫一人でもできないでもないのだが、もたもたしているうちに
間に合わなくなってしまうことが多いので、夜間のトイレ時はだいたい手伝う。
 それでも既に出てしまっている時もあり、その場合はリハパン取り換え。
 昼間のトイレはだいたい自分でやっているけれども、時に、間に合わず、
時に、クレヨンしんちゃん並に「半ケツ」状態で(上着で見えないように一応隠されているが)トイレから出てくるので、チェックが必要だ。
 なお、トイレには介護保険で手すりを設置している。なかなか使いやすい。

  アルツハイマーと診断されるまでの経過   

 さて、2001年9月11日にラクナ脳梗塞を発症後、記憶障害が起きていることに気づいたが、脳梗塞後の一過性の後遺症と考え、深刻に受け止めていなかったのだが・・・

 夫は複数の任意団体の役員(いずれも無報酬)を務めていた。
 私が知る限り、夫は事務処理能力はあまり長けていなかったが、実質的な事務は他の事務方がやっており、夫は会議に出席したり、外部との交渉事を担っていたようだ。
 脳梗塞発症後、しばらくした頃から、「頼んでいた仕事をまったくやってくれていない!  」と苦情が来るようになった。
 「報酬をもらえる仕事は(ちゃんと)やっているのに、無報酬の仕事の方は手抜きなのか!」と厳しい言われ方もした。

 だって、本当に頼まれた覚えがないんだよ!!   
 
夫は悔しそうに言い放った。
こうしたことをきっかけに、夫はいずれの任意団体の役員も辞任することにした。
今まで一所懸命務めてきたから、あとは若い人たちに任せて、これからは自分の好きなこと、やりたいことをやっていけばいいよ・・・と。

 ところがその「報酬をもらえる仕事」の方もだんだんあやしくなってきていた。夫は定年退職後、フリーランスで仕事をしていたが、約束の時間に大幅に遅れていったり、果ては、全くすっぽかしてしまうという事も起きていた。
 そのため、夫のスケジュール管理を私がやるようになり、そのうち約束の時間・場所にちゃんと行けるように同行するようになった。以前は、海外であろうと、自分で手配をして、一人で平気であちこち飛び回っていた人なのに。
 
 脳梗塞発症後の半年後の2002年に現在の住居に引っ越したため通院先の病院は、自宅により近いJ病院の神経内科に変えた。
 J病院の主治医に、「最近、夫は物忘れがひどいみたいなんですよ~」と言ってみたが、主治医は「いやあ、まあ、年相応でしょう」という感じで。年相応だなんて、何の根拠もないのに、医師からそう言われると、あまり心配しなくてもよいのだと思い(「大丈夫だ」と思いたいという心理も働いて)、結局、そのまま時が経過していった。

 2005年の夏、夫と一緒に温泉宿に泊まった。
 大浴場に行った夫がなかなか戻ってこない。心配になって部屋の外に出てみると、夫が戻ってきた。でも、浴衣が大きくてひきずっているように見える。
 はっとして、部屋に入れて、浴衣を脱がせると、見覚えのないパンツを履いている。
 慌てて浴衣とパンツを脱がして、一緒に大浴場まで戻り、係の人に事情を話して、浴衣とパンツをお預けしてきた。夫の脱いだ浴衣とパンツは、もうそのままにしてあきらめることにした。
 この時はまだ、「とても大きな浴場なのに、ロッカー式ではなく、脱衣籠が置いてあるだけで、その上、みんな同じ柄の浴衣だし、白のブリーフはどれも同じようなものだから、自分の服がどれだか分からなくなるのもやむを得ないかな・・・」と思えた。
 夜、再び、現地で落ち合った旧友と一緒に夫は、別の大浴場に入ることになった。
今度は、夫に私服を着せて大浴場へ送り出した。いくら何でも、自分の着ていた服はわかるだろう・・・
 それでも、一抹の不安があり、男湯の前で出てくるのを待っていたところ、案の定、「夫が服が見つからないと言っているけど」と友人が知らせに出てきた。もう、浴場も閉める時刻が近づいており、中には数人しか入っていないようだったので、係の人に断って、私は男湯の脱衣所に入った。夫は途方に暮れたように突っ立っていた。脱衣籠が並べてある棚をさぁっと一瞥しただけで、夫の服は見つかった。
 温泉宿の自室に戻り、「やっぱり、きちんと病院で診てもらおうよ」と話した。

 でも、J病院には行きにくい感じがした。ちょうど自治体の広報誌に「物忘れ相談」の告知があったので、その相談予約をとることにした。
 T病院の老年科の医師が相談担当だった。MMSEと長谷川式スケールの検査をやった。
この時は30点満点で26点だったかと思う。

 26点というのはそんなに悪い数字ではありませんが、大卒という学歴を勘案すると、認知機能が低下していると言わざるを得ないですね。紹介状を書いて上げますから、病院に行って詳しい検査をしてください。 

 認知症を診断できる(らしい)病院のリストももらった。
 私たちは、結局、その相談担当の医師が所属しているT病院の「物忘れ外来」に行くことにした。
 病院では、再び、同様の心理テストの他に、CTとSPECTの画像診断を受けた。

 う~ん、アルツハイマーですね。
 側頭頭頂葉、後部帯状回および楔前部の血流が低下していますが、これはアルツハイマーに特徴的なものです。


 と、あっさり告知。
 そうか、やっぱりね。そうだろうと思っていたから、ショックはショックだったけれども、やけに冷静な気持ちで医師の言葉を聞いていた。
 夫はどうだったのかな・・・?

 この日から、まずは、アリセプト3mg 2週間分が処方された。
 もう2005年の冬になっていた。

 下記のSPECT画像は、2006年になり、脳梗塞を診てもらっているJ病院でアルツハイマーの方も診てもらうように変更してから、あらためてJ病院で撮られたもの。

   右内側面           左内側面
SPECT_0002_convert_20150605230525.jpg
 右内側面と左内側面のそれぞれ下部の緑青色になって
血流が低下しているところは側頭葉?と思われる。
 でも、上部の少し緑色になって血流低下しているところは、
後部帯状回・楔前部だろうか?
 運動感覚野ではないのかな?


   右外側面           左外側面
SPECT_0001_convert_20150605230451.jpg
 右外側面と左外側面の緑色になって血流が低下しているところが、
側頭頭頂葉かな?と思われる。
 細長く緑色に線が入っているあたりは側頭葉かな?

 画像のコピーをもらったけれども、画像の見方については説明してもらわなかった。
 ネット上で検索して、この血流低下部位がここかな?と思ってのだけれども。
 お分かりになる方、ご教示いただければ幸いです。

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アルツハイマーの遺伝子診断について(1)

 昨日見た映画「アリスのままで」(Still Alice)の中で、若年性アルツハイマーと告知されたアリスが、医師から、家族性(遺伝性)のものである可能性を指摘され、遺伝子診断を勧められるという場面があった。
 アリスの若年性アルツハイマーが遺伝性のものあることが明らかになった後、医師は「この遺伝は、子どもには50%の確率で遺伝し、陽性だった場合には100%の確率でアルツハイマーになる」と説明をしていた。
 そして、3人の子ども達のうち、長女と長男は遺伝子診断を受けて、長女は陽性、長男は陰性、次女は遺伝子診断を拒否するというものだった。
 長女は、ちょうど人工授精(体外受精?)による妊娠を検討中であったので、「今の段階で、わかって良かった。(受精卵?胎児?の段階で?)検査でわかるから、(自分の)子どもは大丈夫よ。」という趣旨の会話が交わされていた。
 受精卵?あるいは胎児?の段階で、将来アルツハイマー病になるかどうかがわかるのか、現在の医学の状況を知るものではないが、あと20年か?何年か後に100%の確率でアルツハイマーになると告知された長女アナは、今後どのような人生を歩むのか、聡明なアナはどのように自分の人生設計をしていくのだろうか?
 映画では描かれていないこの家族の今後を深く考えさせられる。

 映画の中で100%の確率でアルツハイマーになると言われている遺伝子が何なのかは知らないが、100%ではないにしても、高率でアルツハイマーになる可能性のある遺伝因子(アルツハイマーの危険因子)としてアポリポ蛋白E4なるものがある。

 以下は、今から17年前の1998年10月に発行の
 『痴呆化遺伝子 アルツハイマー病の運命に打ち勝つために
    河野和彦著


 に書かれてある内容を、私が理解した範囲での要約。

 アポリポ蛋白Eというのは、血液の血清の中に含まれているリポ蛋白の一部をアポリポ蛋白といい、これまで14種類が発見されており、アポリポ蛋白E(以下、略してアポE)というのはその中の1種類。
 このアポEには構造の異なる3タイプがあり、E2、E3、E4の3種類のアポEのうち、どれか1つをそれぞれ片親から1つずつ受け継ぐので、遺伝子表現形は次の6種類の型となる。
 E2/2 E2/3 E2/4 E3/3 E3/4 E4/4
 そして、アルツハイマーを発症した人はE4を1つ以上持っている割合が多い。
 ある調査によれば、アルツハイマー患者がアポE4を持っている確率は正常者の2倍。またアポE4/4の発病危険度は、E4のない人の10倍だという。

 この本は17年前のものであるから、その後、新たに発見されたり、訂正されたりした知見もあるだろう。
 また著書は、コウノメソッドの河野和彦先生であり、先生は日々の臨床によって、自らの医学的知見を日々更新し続けている方なので、この本に書かれている内容を現在も維持されているのかは判らないが、詳細について関心がある方は、今でもアマゾンで購入できるので読んでみてください。

 このアポE4の件は、夫が10年前にアルツハイマーだと診断された後、読みあさった本のうち、金子満雄先生の著書にも書かれていたし、また、朝田隆先生の某自治体主催の認知症啓蒙のための講演会でもこのアポE4のことを詳しく話していた。

 2007年のある日、J病院の主治医から、夫の定期的な検査として血液検査をしましょうと言われた時に、私は、

 先生、アポリポ蛋白Eも調べてみていただけませんか?
夫のアルツハイマーの進行スピードなどの予測の参考になるかな?・・・と思って。


と言ってみた。すると主治医は、

    そうですねえ・・・。調べてみましょうか。

とすんなりアポリポ蛋白Eの検査をオーダーしてくれた。
主治医も患者のアポリポ蛋白E4の有無に関心があったのではないだろうか?

 この検査が自費だったのかどうか、はっきりと記憶していないのだが、通常の保険診療による検査と同時に自費での検査はできないようにも思う。

 で、結果は、案の定と言うか、やはりと言うか、夫にはアポリポE4があった。

    アポリポ蛋白-Eフェノ 4/3

 なるほど・・・E4/4ではないから、急激に進行していくということはなさそうだ。
 夫はもともとアルツハイマーになりやすい素因を持っていたのだな。

 当時はまだ近時記憶障害ぐらいの症状で認知症としては軽度であり、
脳梗塞による認知症ではないのかなあ?という思いもあったので、
このアポリポ蛋白E4があるという検査結果によって、
「夫はやはりアルツハイマーなんだ、それなりに進行していくんだ・・・」
とあらためて思った。

 その後、2013年にNHKのテレビでアメリカの会社が、郵送で遺伝子診断をしてくれるというのを見て、ネットで検索し、23andMeという会社に遺伝子診断の注文を出し、送られてきたキットに夫と私の唾液をそれぞれ入れて返送し、検査をしてもらった。

 結果は英語なので、病名等いちいち辞書で調べないとわからないことが多いのだが、
 夫の場合、

   アルツハイマー病については平均より2.54倍もなりやすい。

   パーキンソン病についても、平均より1.77倍なりやすい。

 ということがわかった。
 その他、心房細動も高リスクで、これも、夫は、今、メインテートを飲んで予防している。

 ちなみに私の場合は、アルツハイマー病もパーキンソン病もリスク群に入っていない。

 その後、同年、私はまた懲りもせず、今度はアマゾンで購入できる日本の会社の認知症関連遺伝子診断キットで夫と私と申し込み、やはりキットに唾液を送って検査をした。

 なんと夫のほうは、アポリポ蛋白遺伝子型がε4/4 になっていた 

 え~? これは間違いではないかな?

 この検査報告書によると、夫は「ε4/4 ハイリスク型」で、「アミロイドβタンパクの沈着リスクが高く、実年齢より23歳年上並にアミロイドβが脳に蓄積します。」とある。

 う~ん、J病院ではちゃんと血液を採って検査しているけれども、こちらは唾液での検査だったし・・・

 先の河野先生の著書の33頁に、「電気泳動法によるアポEアイソフォームタイプの実際の発現状況」という写真が掲載されてあって、発現するバンドの数が違うというのだが、素人目には、これバンドが出ているの?と微妙なもので、4/4と4/3を明確に違うと分けるのは、結構難しいのではないかと思われた。

 ちなみに、先の日本の会社の報告書によれば、「ε3/4」の場合は、「ローリスク型: 実年齢より11歳年上並にアミロイドβタンパクが脳に蓄積します。」となる。

 夫はだいたい70歳ぐらいでアルツハイマーを発症してきていて、現在83歳なので、E4/4ということはないのではないかなあと思っている。

 まあ、医療機関ではないところでの遺伝子診断の精度というのはこれくらいのものというところだろう。

 私の方はアポリポ蛋白E3/3だった。
 この日本の会社の認知症遺伝子診断では、ApoEの他に、PAI1(血栓溶解阻害因子)とIL10(インターロイキン10)というものを併せて検査している。
 では、今回はこんなところで・・・

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アルツハイマーの遺伝子診断について(2)

 アポリポ蛋白の遺伝子表現形のうち1つでもE4があると、アルツハイマーになる可能性が高くなるといわれているのだが、E4がなくてもアルツハイマーになる人はいるし、E4があってもアルツハイマーにならないうちに寿命を全うする人もいる。

 また、アポE4はアルツハイマー型に限らず、レビー小体型の認知症の人にも多いそうだ。(『痴呆化遺伝子 アルツハイマーの運命に打ち勝つために』河野和彦P.226)

 夫はアポE4/3だとしたら、両親のどちらかからE4を引き継いだのだろうし、アマゾンで購入したキットでの検査結果のE4/4だとすると、両親どちらもE4を持っていたということになる。

 ちなみに、夫の父は69歳、母は88歳で死亡。
 義父は胃癌で死亡しており、年齢的に認知症を発症する前に寿命がきたとも言える。
 義母は最後の頃は「多少ボケたかな?」という程度で、年齢相応とも受け取れる軽度、少なくとも夫のような重度の記憶障害は見せないまま、亡くなった。

 夫は6人きょうだいの長男であり、他の妹や弟には、年齢相応かな?という程度のうっかりや失敗はあっても、今のところ認知症といえるほどの人は見当たらない。結構みんなしっかりしているのだ。

 この違いは何にあるのだろうか?
 他のきょうだいたちは誰も E4 を受け継いでいない可能性もあり得る。
 しかし、基本的には2分の1の確率のはずだから、他のきょうだいの中にも E4 を持っている者がいるはずだ。
 単に、発症すべき年齢にまだ達していないだけかもしれない。

 おそらく、夫の場合、70歳の時に 脳梗塞を起こしてしまった ということが、大きいのだろう。
 他のきょうだいは、幸いにも、誰も、脳梗塞を発症していない。

 脳へのダメージは、アルツハイマーの発症の引き金をひいてしまうので、アポE4を持つ人は、ボクシングや交通事故などによって頭部を打撲するようなことは避けなければならないし、もちろん、脳梗塞を起こさないということも重要だ。

 ところで、下記は、アマゾンでキットを買って検査をした「認知症関連遺伝子 検査結果報告書」のサンプル(夫のもの)だ。尚、表中の「出現頻度」は日本人の占める割合を示している。

検査結果_0001

 そのうち遺伝子名PAI1(血栓溶解阻害因子)を見ると、夫は4G/4Gで、「血液が固まりにくく、血栓による認知症のリスクは低いです。」とある。
 検査結果に同封されていた書類には、このPAI-1について「この遺伝子の多型は、血液が固まりやすくなり血栓の原因となります。小さな血栓がくり返しできてきて、徐々に脳の神経細胞が減っていく多発性脳梗塞となり、そのまま放っておくと、認知症(脳血管性)になります。」と説明している。
 夫は、この検査結果では、血栓はできにくいはずであるが、ラクナ脳梗塞は発症して10日ほどの入院をしており、小さな無症候性の脳梗塞も多発している。
 だから、検査結果が良かったとしても、あくまでも確率の問題であって、その他の生活習慣などの環境因子によっては、発症し得るということなのだ。

 夫が脳梗塞を起こしてしまった生活習慣としては、医師からも指摘された、喫煙だろうと思われる。
 夫は20歳から脳梗塞を発症する70歳まで、毎日、強い某タバコを40本吸う、チェーンスモーカーだった。脳梗塞発症後は、医師に言われて、禁煙を決意したが、しばらくは、私に隠れてこそこそと一日5本程度は吸っていたが、75~76歳になる頃には、特別な禁煙努力もなく、自然に、完全に吸わなくなっていた。

 ところが、くだんの『痴呆化遺伝子』には、「医者として大変申し上げにくい」が、「パーキンソン病もアルツハイマー型痴呆もタバコを吸っていた人のほうがなりにくいというデータがあります。」とある。「アルツハイマー型痴呆はアセチルコリンという神経伝達物質の伝達がわるくなる病気ですが、アセチルコリンを受けとめる受容体(野球でいうキャッチャー)にニコチン性とムスカリン性の2種類があり、喫煙でニコチン性受容体が増えますので痴呆症状にはよいということになります。」

 このことから、私は、こんなふうに思う。
 もしかしたら、若い時から夫はアセチルコリンあるいはアセチルコリン受容体が不足していたのではないか?
 夫は、仕事をしたり、何か考えたり、集中を要する時にタバコを手放せなかった。
 それで、ニコチンの助けを借りて、アセチルコリン受容体を増やして、アセチルコリンを増やしていたのかもしれない。
 そんなふうにも思えるのだ。

 タバコを手放せない人は、要注意ですよ。

 もし、夫も、アポリポ蛋白E4を持っていることをもっと早く知っていたら、生活習慣を厳しく律して・・・脳梗塞を起こさないように努力していたと思うのだ。
 今となっては、もう、取り返しがつかないことですが・・・

 アメリカの23andMe社による遺伝子検査結果は、様々な病気のなりやすさをパーセンテージで示したものが届くのだが、「どの遺伝子を調べた結果なのか?」という根拠になるものは明らかになっていない。

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脳MRI・脳血流SPECT検査を受けた

 神経内科で脳のMRIと脳血流SPECT検査を受けた。

 いずれの検査も、長時間、動かないでいなければならない検査だ。
 
 先に行ったMRIの時には、うまい具合に眠ったようで、あまり動かず撮ることができたもよう。

 しかし、SPECT検査の時には、検査技師だけではなく、主治医や研修医?ら男ばかりが居並んで立ち会い、夫は「何が始まるんだろう」と不安な様子。

 放射性同位元素を入れるための点滴針を留置するところで、無事、留置できたが、少し不穏に。

 放射性同位元素を入れてから、しばらくして開始するが、本来この時点で、目を閉じておとなしくしていなければならないのだが、せわしなく目をキョロキョロし出している。

 う~ん。できるかな? 周りのみんな不安そう。
 いよいよ始まる…という時、夫は「こわ~い、こわ~い」と小さい声で言っていた。
でも、この言葉に共感してしまうと、きっと検査ができなくなってしまうから、「大丈夫だよ」と言って、始める。

 最初はおとなしくしていたようだが、5分ぐらいたったところで、頭を少し動かし始めたようだ。
 検査技師が、そばに近寄って、頭が動かないように押さえ始めた。
 その後、10分ぐらい押さえていたか?

 夫は、頭を激しく動かし始め、そのうち、足で台をドン、ドンとやり始めた 

 もう限界。危険だ 

 検査技師が
 「もう止めましょう。ただ、そこで動き出すと危ないから!」

 私はずっと検査室の中で待機していたので、顔の側に行き、
 「大丈夫だよ。もう終わりだよ」
 と声をかけたが、激しい動きがとまらない。

 検査技師等4~5人が集まって押さえる。

 検査台から下ろす前に、留置していた点滴針を抜かなければ。
 点滴針を固定していたテープをはがすときに、痛かったようで、さらに興奮して
 「痛い、痛い! こわ~い! こわ~い!」
 と叫び始めた。

 「大丈夫、大丈夫、もう終わりだから」
 となだめながら、ようやく検査台が下がり、起こすことができた。
 夫は、すぐに落ち着いて、検査技師さんや医師らに

 「ごめんなさい、ごめんなさい。
  笑顔を見せてくれて、ありがとう
  ありがとうございます」と。

 私は主治医に「先生、この検査はもう全然ダメですか?」と尋ねた。
 「う~ん、撮れた範囲で、みてみますから」

 検査画像を見た後、主治医は、
 「だいたい8割ぐらいはできたのではないかと思います。
 今日、明日中に読んでおき、次の来週の診察日にお話します」
 とのこと。

 MRIは今後も撮らなければならないこともあるかなと思うが、SPECT検査は今回を最後にしよう。
 検査したいと思っても、事実上、もうできないだろうし。

 認知症の人の検査って、やはりとても難しい。

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夫の認知症の現状

 昨年11月に大学病院で、頭部MRIと脳血流SPECT検査をした。
 脳血流SPECT検査で、夫はせん妄状態になり、途中で動き出して、検査員が動かないように抑えたが、そのうち足で蹴り出したため、中断せざるを得なかったが、何とか読める状態のものは撮れたらしい。
 その結果について、大学病院から在宅医への診療情報提供書をもらったので、下記に引用する。
-------------------
★頭部MRI
 海馬体の中程度以上の萎縮。側頭葉先端部にも中程度以上の萎縮がみられる。→アルツハイマー型認知症

★脳血流SPECT
 両側前頭葉(右優位)、両側側頭葉(下部優位、右優位)。帯状回全域に血流低下あり。前回と比較し、血流低下と脳萎縮は進行。

★長谷川式 6点/30点満点 (2015年1月26日実施)
----------------------
 長谷川式は、たったの6点しかとれていない。
 2005年に初めて実施した時は、26点だったので、約10年で20点下がったことになる。
 一般にアルツハイマーの場合は、1年で2点下がると言われているので、まるで教科書通り経過ということかな。
 2016年の現在は、昨年1月よりもっと認知機能が低下しているという実感があるので、4点ぐらい? 重度認知症の域に入っているよね。
 2年後には、0点になるっていうことか・・・

 一方で、時計描画とか、文字を書いたりとかは、下に示すとおり、結構できるのが不思議。(文章を書くのはダメだけど・・・)
 視空間認知機能は保たれているということですよね。

★時計描画テスト(2015年10月に自宅で実施した際に撮影) 時計の文字盤を描き、さらに10時10分の針を描いてもらう。

2015-10-08時計6

2015-10-08時計5

2015-10-08時計4

2015-10-08時計3

2015-10-08時計2

2015-10-08時計1

時計描画完成

★2016年1月2日 夫の書き初め

書き初め(申年)
書き初め(桜)2016-01-04桜
書き初め(猫)

猫2016-1-4

猫キス2016-01-04



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プロフィール

アワキビ

Author:アワキビ
夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

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