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漫画「わたしのお婆ちゃん」のご紹介

最近、自然災害が多い。
いや、多いと感じるのは、私の人生の前半までは、それほど災害が頻発していたという記憶がないだけのことで、長い地球の歴史から見れば、今の状態が普通のことなのかもしれない。

それにしても、災害が起きると、心身が健康な人でも大変なことだけれども、
病気だったり、高齢だったり、障害を持っている人たちは、
ごく普通の日常生活の中でも、いっぱいいっぱいで、
ぎりぎりのところで生きていたりするので、
ひとたび災害に遭おうものなら、そのダメージは計り知れない。

東日本大震災の際に、宮城県山元町で津波に呑み込まれ、
かろうじて生き延びた「おばあちゃん」の孫が
描くドキュメンタリー(?)漫画を紹介したい。

「わたしのお婆ちゃん」
(ニコ・ニコルソン作 講談社)

ニコさんのお婆ちゃんは、2011年3月の東日本大震災の時、
ニコさんの母と二人で海岸沿いの自宅で津波に遭う。
津波にのまれた母ルは流れてきたタンスによじ登り、
婆ルの腕を必死になってつかみ、タンスに引き上げ、
ようやく自宅2階に這い上がって生き延びた。
この時、母ルソン56歳、お婆ちゃん81歳。
お婆ちゃんはプチ認知症だったのだが・・・

震災当時、ニコ・ニコルソンは漫画家として
東京で一人暮らし。
なかなか安否が確認できなかった二人が、
避難所で無事に居ることがわかる・・・
その後、仮設住宅に母ルソンとお婆ちゃんは移るが、
長年住み慣れた家やご近所の人間関係から引き離されたお婆ちゃんは、
いっきに元気をなくしていった。

そんなお婆ちゃんを見て、母ルソンは、
自宅を再建する決意をする。
しかし、母ルソンにガンが見つかり、
手術、抗がん剤治療・・・を乗り越えながら、
地震保険や災害給付金でもって
自宅を再建するまでの過程は、別の漫画

「ナガサレール イエタテール」
(ニコ・ニコルソン作 太田出版)

で描かれている。

そして、ようやく元の場所に再建された自宅で
(津波被害にあった1階と外壁・屋根のリフォーム)
母ルソンが夢見ていたのは
「お婆ちゃんと大型犬との幸せな楽しい生活」が始まるはずが、

 もうね、お母さんと一緒に死のうかと思って

という母ルソンの衝撃の言葉を、
ニコルソンは聞くことになる。

ニコルソンが東京で仕事に打ち込んでいる間に
母ルソンは、お婆ちゃんの介護で追い詰められていたのだ。

母ルソンは仕事をしながら、新しくなった自宅で
お婆ちゃんを一人で介護していた。

ニコルソンは、お婆ちゃんの認知症が
そこまで進んでいるとは知らず、
いや、そもそも認知症であったことも知らずに居たのだ。

その後、ニコルソンも実家へ戻って、
(仕事は漫画家だから、実家へ戻っても、一応できる)
母ルソンとともにお婆ちゃんの介護を手伝い始めるのだが・・・

この母ルソンとお婆ちゃんの2011年3月当時の年齢が、
ちょうど今の私と母の年齢と同じなのだ。
さらに母がプチ認知症だということも共通している。

なのでまったく他人事ではない。

この漫画の中では、
母ルソンが仕事に出た後、
日中一人で暮らすのは、とても難しいと思えるのに、
お婆ちゃんは要介護2と認定されている。

担当ケアマネが、母ルソンの介護疲れの様子を見て、
「ショートステイよりも、デイサービスを増やしましょう」
と言ったりするのだが、ちょっと意味不明。
一般的には、ショートステイに行ってもらったほうが、
介護者はゆっくり休めるのではないかなぁ?
特に夜間何度も起きて、介護者が眠れないような
本ケースのような場合・・・
要介護2の介護保険で利用できる単位数が不足している中で、
ショートステイで点数を大きく使ってしまうよりかは、
デイサービスの利用日を増やしたほうが介護者の負担が
少なくなるということなのか・・・
実際、デイサービスの利用を増やすことになったが、
介護保険内でおさまらず、半分は自費での利用になったと。
う~ん?
必要なサービスが、介護保険で賄えないというのは、
そもそも、要介護2という判定自体が間違っていると思う。
ケアマネは何をしているんだろう?
すぐに区分変更申請をした上で、
介護保険調査員への応答のしかたをアドバイスするとか
対策をとるべきでは・・・等という
つっこみどころも、あるにはある。

でも、よく描けているんですよ。
認知症の人と介護する家族の思いと実態が。
お勧めです。

紙の本より、Amazon の kindle のほうがお得です。

    

下記の「婆ボケはじめ、犬を飼う」もニコ・ニコルソン作の関連本。
時間軸からすると「ナガサレール イエタテール」と「わたしのお婆ちゃん」の間のエピソードを描いています。

  

追記: このブログを投稿した日の朝、偶然、NHKあさイチの「特選!エンタ」コーナーで、
ナビゲーターのヤマザキマリさんが、読書の秋にぴったりな書籍情報として、
ニコ・ニコルソンさんの「ナガサレール イエタテール」を紹介していました

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天高く夫(つま)肥ゆる秋

ようやく秋の気配が感じられるようになりました。
夏の間は外の散歩は控えていましたが、そろそろ外出には良い頃。
夫を連れて新宿御苑に行って来ました。
ちょうど昼時になったので、苑内のカフェレストランゆりのきで
まずは腹ごしらえ。

オムライス1 

 オムライスを食べる夫(つま)。

オムライス2

ぐぐぐっ~と引っぱって、手の上に落としたぁ!

オムライス3

 完食しましたぁ~

 さて、腹ごしらえができたところで、新宿御苑内を散歩します。
 御苑というと、広い芝生のきれいに整えられたイメージが強く、
 車椅子でも歩きやすいように思われますが、

 こんな丸太橋のような↓ デコボコしたようなところや・・・

丸太端

 木の根っこでつくられた階段?とか・・・

木の根っこ

御苑内で私の好きなのは「母と子の森」です。↓

御苑ふたり

自然観察のための森で、自然に近いかたちのままになっています。

こんなふうな道↓ を車椅子で行きます。

森の中1

藪の中にに迷い込んだような道。
車椅子でも進めるのかなぁ? ドキ、ドキ・・・

森の中2

人ひとり通るのがやっとの道を進みます。

森の中3

森の中4

 あっ! あっちだ~

森の中5

 ようやく向こう側にひらけた道が見えました。

庭こびと

 ここは「庭小人(にわこびと)の森」↑(私が勝手にそう名付けました)
 庭小人がたくさん立っているみたいに見えませんか?
 これらはラクウショウ(落羽松)の気根というものだそうです。

 御苑内のカフェレストラン「はなのき」で休憩。
 新宿御苑は、新宿区内藤町というところにあります。
 「ゆりのき」や「はなのき」カフェでは、
 その内藤町でつくられていた地野菜や江戸野菜を復活させ、
 メニューにしたものがいろいろ提供されています。

内藤かぼちゃ
 内藤かぼちゃのパウンドケーキ

内藤唐辛子とネギ
 内藤とうがらしと長ネギのケーキ

 完食
  内藤かぼちゃケーキ完食!

天高く

 天高く夫(つま)肥ゆる秋・・・

   でも、ほんとうは、
     天高く妻肥ゆる秋・・・なのです。

 最近、以前と比べて食欲が落ちている夫。
 動くことなく、うとうと寝ている事が多いので、
 お腹が空かなくても、まあ当然かなとは思います。
 そういうわけで、夫が残した食物は、
 すべて私のお腹に入っているのです。
   肥えまくっています 。゚(゚´Д`゚)゚。

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銀行の「総合口座」に要注意!

膀胱留置カテーテルの月1回の交換のために通院する父は、
デイサービスを休みにしてもらった。
しかし、その日は、母が半日のデイサービスに行く日と重なっていたため、
午前9時に母はデイサービスの迎えの車に乗る。
ということは、私が午前9時前に両親宅に到着していないと、
父が一人になってしまう時間ができてしまう。
我が家から実家までは約1時間なので、
午前8時少し前に家を出れば間に合う。
けれども、私が家を出る前に、
夫をデイサービスに送り出さねばならない。
夫は小規模多機能居宅介護サービスを利用している。
ところによっては、午前7時台など早い時間でも
送迎してくれる小規模多機能もあるらしいが、
夫が利用しているところは、
一番早く迎えに来られるのが午前8時45分。
これでは全然間に合わない。
もちろん、私が自力で夫を小規模多機能まで連れて行けば、
早い時間に受け入れてもらうのは可能だが・・・
でも、我が家から小規模多機能へ行くには、
夫を車椅子に乗せて坂道を延々と登らなければならない。
雨だったら悲惨だ・・・
まあ、どうしてもと言う時には、
タクシーを頼めばよいのだけれども、
雨の日はいくら電話をしても、タクシー会社に繋がらないし、
車椅子用の合羽を着せて、雨の中、表通りでタクシーを拾うのも、
結構大変だし・・・なので、
前日から夫を小規模多機能に宿泊してもらうことにした。
小規模多機能に夫と私と二人分の夕食を用意してもらい(私の分実費600円)、
夫とその日お泊まりの3人(泊まり定員は5人でこの日は4人泊まり)と
一緒に夕食を食べ、夫の口腔ケアをやって、
夜勤のスタッフに注意事項などを口頭で話してから、実家へ向かう。
実家に泊まる時は、だいたいいつもこういう感じ。
本音を言うと、スタッフが夫の口腔ケアをちゃんとやれていないのではないかと、
ちょっと不安だったりするからなのだ。
まあ、一晩ぐらいのことだから、多少のことは、どうってことはないのだろうが・・・

実家に夜8時半頃着いた。
・・・
実家に来て、母と話をしているうちに、
ついつい怒鳴っている自分が居て、自己嫌悪に陥る。
ほんとうにちょっと話をしているだけで、
あれも、これも・・・で、
「お母さん、しっかりしてよ~!」と、
ついつい、厳しくあたってしまうのだが、
私、夫の認知症介護を10数年やってきていながら、
まるでダメな対応の見本みたい 

まあ、いろいろあるけれども、
その中で、ひとつだけ、ここに書こう。

「ひどいな~、ほんとに、もう!
 あのね、お母さんに怒っているんじゃないよ。
 銀行の対応がひどい!って言っているんだからね。
 あんまりだよねぇ!」
・・・ということがあった。

いつものようにテーブルの上には、
母が私に見せて、内容を説明や対応をしてもらうために置いた
いろいろな会社や役所からの通知書があった。
その中の1通を見ると、
 当座貸し越し明細書
なるものがあった。
見ると、マイナス4万円弱ぐらいの数字が書かれてある。

「えぇ? 何これ?
 お母さん、どうして借金なんかしているの?」

「え? 借金なんかしてないわよ? 何のこと?」

「○○信用金庫って、この間、解約してきたんじゃないの?
 ちょっと、通帳を見せて。」

通帳を見ると、
「普通預金」の欄に
今年6月○日 残高15円。
同日 40,000円支払い。残高-39,985円。
「定期預金」の欄に
約5万円ほどの残高。
通帳は「総合口座」になっている。

つまり、5万円ほどの定期預金を担保にして、
4万円を借りたことになっている。
今回届いた通知書は、
その借り入れ利息が40数円になりました・・・
という内容だった。

「お母さん、わかってる?
 これ4万円を借金して、利息がついてしまっているの。
 40数円だけど、お母さん、利息を銀行に取られてしまっているのよ!
 なんで、こんなことになっちゃったの?」

「だって、窓口の人が
 「全部おろさないほうがいいですよ」
 って言うもんだから、4万円だけおろしたのよ。」

実は、今年5月頃、同信用金庫から通知が郵送されてきて、
母は同金庫に定期預金が残っていることを知った。
ずっと以前取引をしていたけれども、その後、取引をしなくなり、
手元に通帳も残っておらず、もう残高はないものと思い込んでいたのだ。
母は、まだ残高があったのかと喜んで、同金庫に行き、
通帳を再発行してもらった上で、解約したはずだった。
5万円ほどの金額だったので、
私も、敢えて、確認まではしなかったのだ。

母は、窓口で

「この定期預金を解約してください。
 解約金は普通預金に入れて、それで普通預金も全部解約してください。」

とは、恐らく言わなかった。ただ、単に、

「これ全部おろしたいんです。」

と言ったのだ。
普通預金の残高15円、定期預金の残高5万円ほどの通帳を前にして、
普通に考えれば、定期預金を解約したいという意味だとわかろうものを、
あこぎな信用金庫の窓口は、

「全部おろさないほうがいいですよ。」

と母に言ったのだ。
気弱な母は、そう言われると「まあ、全部おろさなくてもよいかぁ」と思い、

「じゃ、4万円だけおろします。」

と答え、
窓口は「しめた!」とばかりに、

「はい、承りましたぁ!」

と、
総合口座の普通預金残高15円から4万円を払い戻して、
母に渡した。
こうして、母は同金庫に4万円弱の借金をさせられてしまった。

母は、決して、ATMで知らずに借り入れをしてしまったわけではない。
母はキャッシュカードを持っていないから、これらは全部窓口でのやり取りだ。

あんまりじゃないか?
定期預金の金利よりも、当座貸越の金利のほうが0.5%ほど高い。
母は、総合口座の意味を知らなかった。
わかっていたら、
微々たる利息しかつかない定期預金をあえて担保にして、
わざわざ高い利息がつく借り入れをするわけがない。
同金庫の窓口担当者は、すべてわかった上で、
母に定期預金を解約させず、借金をさせた。

高齢者が「オレ、オレ詐欺」にひっかからないように、
窓口で声かけ運動をやってくれるのはありがたいことだが、
わずかな40数円の利息に過ぎないかもしれないけれども、
母の無知を利用されたようで、
腹立たしい 

「お母さん、これ借金になっているわ。
 大変だわ。利息がどんどんついちゃう。損しちゃうよ~。
 明日にでも○○信金に行って、定期預金解約してきて~。」

 ① 定期預金を解約して普通預金に入れる。
 ② 普通預金も全部解約する。

と、紙に書いて○○信金の通帳にはさみ、母に渡した。

今日、昼過ぎに、母から電話があり、
「○○信金に行ってきたよ。全部解約した。」

そう、そう!
「総合口座」って怖いもの。
普通預金の残高がなくても、お金を引き出すことができちゃうから
知らない間に借金していたってことになったりする。

中には、普通預金残高がゼロになると
無担保でも自動的に借り入れができるような
貸越契約がされている場合もある。

通帳の残高を確認しないままに、
キャッシュカードでお金をおろしているうち、
知らぬ間に、貸し越し契約で借金していることになってて、
あとで慌てることにもなりかねない。

あぶない、あぶない!

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ぱっか~ん!

耳のきこえない人たちの敬老会へのご招待があったので、
夫を連れて行って来た。
けれども、当日の朝、出掛ける予定時刻になると、
夫は「めまいがする」と言って、ベッドに横になってしまった。
暑い日だったので、ムリして出掛けて体調を崩しても・・・と
そのまま様子を見、1時間後に再び、夫に訊いてみた。
「敬老会があるけれども、行きますか?」と。
夫の答えは「行ってみようか・・・」だったので、
開始30分前だったので、急いで着替えて、
車椅子で表通りまで出て、タクシーに乗った。
到着したのは、開会から20分後ぐらいだった。
でも、受付に入ったところから、
夫は、たくさん人たちに声をかけてもらい、
手を握ってもらい、たくさんの笑顔に囲まれて・・・良かったねぇ。

昼食会は、夫の幼馴染みの同窓生3人と同じテーブルに座った。
毎年、もっと多くの同窓生が参加しているのに・・・
みんな、あちこち不調だったりして、来れなくなってきているようだ。
そういう夫も、幼馴染みたちを前にしても、
会話を楽しむことは、もうできない。
「久し振りだね」程度の挨拶をするのがやっとで、
それ以上の、誰彼の消息とか、何があったとか、
夫はみんなの話についていけず、黙っているばかり。
もっぱら私が夫の代わりに話をし、情報交換(もちろん手話で)。

昼食後のアトラクションは、若手の聾者ユニットの手話コント。
一番前の列に座っていた夫は、舞台のほうを見てはいるが、
目が役者を追っているようには見えない。
目が宙をさまよっている。
コントは手話で語られているけれども、たぶん夫は理解できていなかったと思う。
(夫にとって)複雑過ぎる話、早すぎる手話・・・
そのうち、夫は一番前で舟をこぎ出した。
いやぁ、申し訳ないなぁと思ったけれども、
周りを見回すと、他にも何人かの人たちがこっくり、こっくりやっている。
まぁ、いいか~。

認知症が進んでしまって、
芝居や落語、コントなど楽しめなくなってしまった。
それが手話によるものであっても、ダメなのだ。

美術館や博物館に連れて行っても、
展示品を見ようともせず(目が見えにくいこともある)
本はもちろん、テレビを楽しむことも、ない。
相撲中継ぐらいは見て楽しめないかな?
と思って見せても、ほとんど興味を示さず。

ところが、
NHKの「LIFE!~人生に捧げるコント~」をつけていたら、
夫が珍しくテレビ画面に見入っていた。
そして、えらくうけた 

「イタヤガイ」が、ぱっか~ん って開いた時!

たまたまだったのかなぁ?
でも、コントの最後にもう一回、ぱっか~ん!
と開いた時にも、また、大笑い 

話の筋がわかったわけではない。ただ、
この衝撃?の映像(↓)に、夫はうけていたのだ。



      (ぱっか~ん!)(画像お借りしました 

認知症がだいぶ進行してしまった夫だけど、
  テレビを見て、笑うことが、まだあったんだなぁ・・・

    ちょっと嬉しかった。

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父の様子

月に1~2度、実家に泊まって、両親と一緒の部屋に布団を敷いて寝る。
夜間の様子がわかる。

前回泊まった時に、父の睡眠時無呼吸症候群を確信した。
今回、父は午後9時頃就寝し、午前1時半頃、突然「う~ん、あぁ~~!」と大きな声をあげた。
私は父のベッドのすぐ下に寝ているので、すぐに起きて、
「お父さん、どうしたの? お父さん、お父さん?」
と声をかけると、
「誰? 誰だぁ?」
「○美だよ。○美!」
「あぁ、○美かぁ?」
「どうしたの? 声をあげてたよ」
「なんか苦しかったんだよ。ちょっと起きる。」
父の両手を触ると、じっとりと汗ばんでいる。寝汗?
部屋の電気を灯け、父はベッドから足を下ろして腰掛けた。
母も起きてきた。
「どこが苦しいの?」
「う~ん? 胸が?」
「お父さん、汗をかいているよ。今、暑い?」
「え・・・? 暑くない。」
「今も苦しい?」
「う~ん・・いや」
心不全による呼吸困難の可能性があるかと思って、
父の両足を見てみるが、それほど浮腫んではいない。
「なんで苦しかったんだろう? 悪い夢でも見た?」
「う~ん、見たかもしれない。」
「今、トイレに行きたい?」
「いや、行きたくない」
「じゃあ、もう一度、寝ようか。今、夜中の1時半だから。」
と、父の身体を横向け(側臥位)になるようにして寝かせた。
睡眠時の無呼吸によって呼吸が苦しくなったのだとしたら、
側臥位のほうが、睡眠中に舌根が気道に落ちて呼吸を邪魔しにくい。

その後、私は何だか目が冴えてしまい、あれこれ考えてなかなか眠れなかった。
でも、明け方には眠ったらしく、
「○美! ○美よぉ~!」
と父が私を呼ぶ声で起こされた。
朝6時だった。
父は既に起きてベッドに腰掛けていた。
私が父のベッドのすぐ足下に布団を敷いて寝ているので、トイレに歩いて行くのに邪魔だったのだろう。
母は?と見ると、布団の中はもぬけのから。台所で何やらやっているようだ。
私はいつももっと寝坊なので、朝6時だとかなり眠く朦朧としている。
しかたない。布団を二つに折って、
ベッドサイドレールにかけてある父の尿バッグを持ち、
父を立たせてトイレに連れて行く。
父は7月下旬から膀胱留置カテーテルを入れたままの生活になっている。
したがって、おしっこは膀胱から直接カテーテルで尿バッグの中に排出される。
トイレは大の時だけ。

当初は、このチューブが気になって、触ったりしていて、
「引き抜いてしまうのではないか?」と周りを心配させた父も、
今はだいぶ馴れたようで、大をもよおすと、
自分で尿バッグを手に提げて、トイレに歩いて行く。
母や私が居るときは、もちろんトイレについて行くが、
母が台所や庭に出ていて、近くに居ない時には、
一人でトイレに行って、リハパンをおろして、
便座に座っていることもあったそうだ。
でも、父はなぜか、終わった後、
自分でリハパンを穿いて出てくることはでない。
大声で母の名前を呼んで、介助してもらう。

家だからナースコールはないけれども、
ショートステイ先にはボタンがあるので、
それを使っているのだろう。
たいしたものだ。

うちの夫は、ナースコールは一切使えないし、
声で助けを呼ぶこともせず、
自分でなんとかしようとして、
トイレ内で転倒したり、
リハパンやズボンを上げずに、そのままトイレから出てきたりする。

母は、父の尿バッグに貯まった尿を、朝と夕とに捨てる。
その際に、尿量を測って記録する。
看護師のお嫁さんが尿量記録用にノートを用意してくれた。
時間と尿量、その他気づいた事などの項目を、
ノートに線を引いてつくってくれたのだ。

測る時間をなかなか一定にはできていないが、
なんとか、尿バッグから尿を捨てて、
記録し続けている母。
もうそれだけで十分だと思う。
また、おしっこがリハパンに出なくなって、
その分の介護は楽になっていると思う。
昨冬は、父の体調が悪い時には、夜中にまったく起きられないため、
冬の朝、起きると大洪水。
下着からパジャマから、防水シーツ、シーツも全取り替え、洗濯と
とても大変な状態だった。
母が化膿性脊椎炎になったのも、
父の介護が負担になって免疫力が落ちたことも影響していると思う。

あの頃の父は身体の動きも歩行も最悪だったが、
今はヨチヨチ歩きながら、何とか自宅室内は歩いており、
夜中のおしっこ関係の処置も必要なくなり、
母の負担も少しは軽減したのではないかと思う。

今後は、膀胱留置カテーテルを長期間着けていることの副作用・・・
感染症や膀胱結石になりやすいので、水分を一日1500cc目標で摂ること、
チューブ周りの皮膚症状が出ないように、テープの固定を工夫する等に
注意することだ。

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プロフィール

アワキビ

Author:アワキビ
夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

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