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うんの良いお花見日和

昨日、犬の散歩から帰ってきたお隣さんが、「もう桜が9分ぐらいになっていましたよ」と。
えぇ? なんとなく寒いから、まだまだかなって思っていたのに。
早く行かなくっちゃ、桜が散っちゃうかも~
慌てて今日、夫を車椅子に乗せて、神田川沿いの桜を見に行った。


神田川沿いに着いてすぐ、夫がトイレに行きたいと言う。
公園内の公衆トイレに行くと、車椅子用は使用中。
仕方がないので、車椅子から降ろして夫だけを男性トイレに行かせた。
・・・これが、そもそもの失敗だった。
・・・少し待って、車椅子用のトイレに入れば良かったのだ。
神田川沿いにゆっくり車椅子を押して歩いた。
途中の公共施設でお茶でも飲んで休もう・・・
車椅子から降りて、スリッパに履き替えていると、
夫がトイレに行きたいと言う。
なんとなく、そこはかとなく臭う~ 
トイレに急いでひっぱって行くが、ここでもまた、
車椅子用トイレ使用中 
待っている余裕がないので、仕方なく、
男性用トイレのドアを開けてみると、
小便器が1個と個室に洋式トイレが1個。
よし、もう、ここで一緒に入っちゃおう。
急いでリハパンを下ろすと・・・
あぁ~やっぱり遅かったぁ~   
あの公衆トイレで、
車椅子用トイレが開くのをちょっと待って、
便器に座らせておけばよかった。
後悔先に立たず? いやいや、
私って、いつも、同じ失敗を繰り返している~。
トイレに行ったら、必ず、座らせないといけないのに。

「あぁ! 触らないで! 手についちゃう!」
夫の手を押さえ、
あぁ、もう、ズボンもズボン下も(一応、無事だった)
脱がせないと、リハパン履き替えられないじゃない。
リハパンから  が落ちないように脱がせて・・・
あぁ、しまった、ぬれタオルがない~、
乾いたトイレットペーパーだけでごしごし。
う~ん、やむなし  準備が悪い妻でゴメ~ン。
新しいリハパンをリュックから出して、履かせて・・・
とやっていたら、どなたかがトイレに入ってきた。
「あっ、スミマセン、ちょっと待ってください!!」
と言っても、素早くなんてできないし。
焦りまくりながら、ようやくズボン下とズボンを履かせた。

もう、お茶を飲んでゆっくり・・・という気分も失せ、
早々に退散することに。

帰り道、以前から、バスの車窓から見て気になっていた
障害者施設の1階にオープンしたカフェに寄ってみた。
スタッフさんたちは知的障害のある人なんだね。
窓が大きくて明るい光がいっぱい入りいい感じ。
カラフルな座り心地のよい椅子と木のテーブル。
広々としていて、のんびりゆったりできる。
店内には、ステキなデザインのバッグやアクセサリ、
小物や、それから手作りマフィンなども売っている。
「僕たちが作ったものなんです」と教えてくれた。
昼ご飯を食べた後だったので、
ホットコーヒーとヨーグルトパフェだけにしたけど、
ランチも美味しそうだった。
次はランチを食べにこよう。

IMG_9960.jpg 

それにね、ここのトイレは広くて、手すりもついていて、安心。
カフェにいる間にこのトイレに2回入ったけれども、
2回とも  
今日は本当によく出る日だなぁ。
でも、これって、便秘で苦労している人たちが多い中で、
自慢して良いことだよね。
(ポジティブに行きましょうね!!)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

最近の夫の言葉・・・
「ボク、頭が壊れてしまった。頭がカラッポ。な~んにもない、カラッポになってしまった。」
「そうなの? じゃあ、これからどうする?」と訊くと、
「あなたに頼るしかない。よろしくお願いします。」
と言って、夫は頭を下げた。

「だんだん見えるところが狭くなってる。
 目の前を横切って歩いている人が、突然、消えちゃう。
 あれ? どこに行ったんだろうって、探してみると、
 居るんだよね。
 だんだん見える範囲が狭くなっていって、
 そのうち見えなくなっちゃうのかもしれない。」

ふっと夫が漏らす不安。
どうにもしてあげられない。

できる限りのことはしていると思う。
けれども病の進行は止められない。

ずっとそばに居るから。
あなたの手を離さないから。
大丈夫だよ、大丈夫だよ。


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今日も誰かが呼んでいる

今日は午前中10時半頃から夫を車椅子に乗せて、
地下鉄、徒歩、コミュニティバスなどを使って
あちこちお出掛け。

IMG_9991.jpg 

 六義園(りくぎえん)大名庭園の枝垂れ桜
  昼間は大変な混雑で大きな桜を写真に撮るのには不向き

枝垂れ桜170405

 同じく六義園の背の高い方の枝垂れ桜
 「桜」(桜の花びらを表している)という手話。
 (この形に掌を重ねるのを交互に2回やります)

帰宅したのは午後4時半頃。
夫は車椅子に乗っているとは言え、
家で寝ているのとは違って、
ずっと外を移動しているので、
それなりに疲れているはず。
自宅に戻ったら、きっと一眠りするだろう・・・

ところがどうしたことか、夫は眠るどころか、
何度も何度も、掛け時計を見ては、
「もうそろそろ出かけるよ。
 6時から始まるから。
 呼ばれているんだよ。」

ああ、またか~!
夫がまた妄想にとらわれて、出かけようとしている。
私もだんだん不機嫌になってくる。
(「何があるっていうのよ? そんな約束なんかないでしょう?」
と言いたいのを、ぐっと堪えて、)
「今日は一日外出して、さっき帰ってきたばかりじゃない?」
と言ってみたところで、
「出かけなければ!」という思いにとらわれた夫の目に入りはしない。
「もう、私は一日中あなたを車椅子に乗せて歩いて回って、
疲れて居るの!」と言っても、
「ご苦労様ね。君はここでゆっくりしていていいから。
ボクだけ行くからさ。」
って、そういうわけには行かないんですよ! (*`ェ´*)

ここで、いくら説得を試みても、何を言って止めようとしても、
私が途中でキレて怒り出してしまうのは目に見えている。
ここは、あきらめて、夫と一緒に外に出るしかないな。

夫が妄想にとらわれて「外出する!」と言い出した時は、
車椅子は使わず、自分で歩かせる。
ウォーキングポール2本を持たせて。
さて、どこへ行こう。
歩きながら考える。
・・・・
そうだ、夫が利用している小規模多機能居宅介護センターへ
歩いて行こう。
私の足だと徒歩10分だけど、夫が歩くと30分ちょっとかかるかな?
ともかく、夫のペースでポールを持たせて歩かせつつ、
突然のふらつきで転倒しないように、夫の上着の端をそっと持って歩く。

本当にゆっくりゆっくり、でも、夫はいつもよりも頑張って歩く。
そうだよね。自分で出かけたいと言って、出てきたのだから。

小規模に着いた。
この頃には、夫は、自分がどこへ行こうとしていたのか、
何をしようとしていたのか、そんなことはすっかりどこかへ行き、
玄関に入り、エレベーターに乗って、いつものデイの部屋へ。
いつもの見知った顔がある。
もう夕方だから、ぼちぼち皆さん帰り始めているが・・・
スタッフに事情を話して、デイのお部屋のテーブルで
お茶をいただきながら20分ほど休憩。
夫も当然という顔をして座ってテレビなどを眺めている。
周りの皆さんも、夫も、いつもと変わらないという感じで。

このようにして利用予定日でなくても、
いつでも柔軟に対応してくれるのが小規模の良いところ。

そろそろお泊まりの方のための夕食の用意が始まった。
日が落ちて暗くなってしまう前に帰ろう。
夫にトイレに行くように促して済ませてから、
また、ウォーキングポール2本を突いて徒歩で自宅まで。
帰りは行きよりも、もっと歩みは遅い。
身体や足が疲れたというよりも、脳が疲れたのだろう。
亀のような歩みで、
自宅到着間際は、ほとんど後ろに倒れそうな歩き方で、
ようやく帰ってきた。

まあ、夫にとっては良い運動になったと思う。
さすがに今度は、自宅のソファに座って、うつらうつら・・・

外へ出かけたがる夫を引き留めようとして、
イライラして争うよりも、一緒に外を歩いたのは正解。
足腰が丈夫な人だったら、付いて歩くのはとても大変だけど、
夫の場合は、よろよろしてゆっくりだし、とても長くは歩けない。
だから、この機会を逆手にとって、
リハビリ代わりのウォーキングになると考えれば良いのだ。
今日は上出来だったと思う。


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雨の中、傘もささずに、父徘徊す

今日は午後から雨があがるという予報だったのに、
正午になっても雨は止まない。
昼ご飯は外で食べようと決めていたので、
やむなく雨の中、夫と相合い傘で、
距離にして200メートルほど先の焼き肉店へ。
傘を持って歩くので、今日はウォーキングポールはなし。
しかし、夫が傘の持ち手にぶらさがってくるので重い
夫を抱えるようにして、15分ぐらい?で到着。
少し雨に濡れたけど、気温は低くなかったので、大丈夫。

七輪でお肉を焼いて食べます。
普通、焼き肉を二人で食べる場合は、
七輪を挟んで向かい合って食べますよね。
でも、私たちは、横に並んで座っています。

IMG_0015.jpg 

ランチの定食はお弁当箱に生牛肉も入って出てきます。
右側の夫の目の前のお弁当箱に生肉が無くなっているのは、
私が左側のお弁当箱に移したからです。
なぜって・・・そうしないと、
夫がお箸で生肉をつまんで食べてしまうからです。
私が全部生肉を焼いて、夫のお皿に入れてやらないと・・・
七輪を挟んで向かい合わせでは、それができない。
だから、横並びに座っているのです。

IMG_0018.jpg 

夫が左手で表しているのは「アイラブユー」というサインです。
アメリカ手話ですが、日本でも、だいたい通じます。
二人で焼き肉定食を完食し、まだ降っている雨の中を
また相合い傘で帰りました。

お腹がくちくなると眠くなる。
二人してこたつに入ってしばし爆睡。
・・・・
夕方、私が課題の古文書の読み方を、
くずし字辞典をひきひき勉強していると、
(この4月から図書館主催の筆字くずし字入門講座に通い始めたばかり)
夫が「今から家に帰ります」と言い出した。
いつものことだが、
夫は私が何かに集中して事にあたっていると、
自分は何をしてよいのかわからず、
自分の居場所が此処にはないと感じるのだろう、
「家に帰る」とか「呼ばれているので出掛けてくる」と言う。

夫は一人で自分の時間を過ごすことができなくなっている。
テレビにもほとんど興味を示さない。
だから、寝ているか、起きているときは、
誰かが相手をしていないと、やることがないので、
いろいろ自分で仕事を探して動く。
今日は、食器棚の中に夫が脱いだ靴下が入っていた。
私の携帯電話も食器棚の引き出しの中にあった。

夜になって、実家の母に電話をした。
そしたら、父が「雨の中、傘もささずに徘徊した」と言う。
朝ご飯を食べると、父はいつものようにまたベッドで寝た。
その間に、母が近所の●●さんの家まで用事で外出。
父が起きた時にわかるように、テーブルの上に
「何かあったら、●●さんの家に電話をして」と
書き置きをしたのに~。
ほんの30分ほどのことだと母は言う。
「家に帰ってきたら、お父さんがいないのよ。
 どこへ行ったかなあと思ってしばらくしたら、
 ▲▲(デイサービス名)から電話があってね。
 今日は日曜日でお父さんは休みなのにね。
(このデイサービスは日曜日もやっている)
 どなたかがお父さんをデイサービスまで
 連れてきてくれたんだって。
 お父さんが、雨の中、傘もささずに歩いているのを見かねて、
 傘を貸して連れてきてくれたんだって。
 デイサービス▲▲に行きたいってお父さんが言ったみたい。
 こんなことは初めてだわ~。
 お父さんの認知症、だいぶ進んじゃったわ~。
 ▲▲の人からも「最近、だいぶ進んだようですよ」って。」

「お母さん、そんなの認知症だから、あたりまえじゃん。
紙に書いておいたって、その紙を折りたたんでポケットにしまっちゃうんだから、
そしたら、もうないも同じだよ。書いてあったことなんて覚えていないんだよ。」

「え~、そうなの? ほんと~?」

「そうだよ~、だから、私なんか、▲■さん(夫の名)を置いて出て行くときは、
 冷蔵庫に貼ったホワイトボードと、
 テーブルの上に書き置きと、
 玄関のドアに大きな紙に太いマジックで、
 「■美は ~~ へ買い物へ行き、●時●分頃に帰るから、
  ▲■はここで待っていてね」
 って書いて貼っておくのよ。
 出掛けようとして玄関のドアを開けようとしたときに、
 気づくようにね。
 お父さんは、まだ、字は読めるでしょう?」

「字は読めるけど・・・へぇ~、そうなんだ?
 家には、◎子さん(お嫁さん)や◆君(孫)も居たんだけど、
 出掛ける時に、声をかけていかなかったのよ。」

「黙って出掛けたら、気がつかないよぉ。
 これからは、出掛ける時には、ドアに張り紙をして、
 外から鍵をかけて出るようにして(いつも鍵をしない習慣)。」

 「へぇ~、これから大変になるねぇ。
 こんなこと初めてのことだ~。」

明日は父のショートステイ利用のため、スタッフが打ち合わせに来るそう。
そのときに、今日のことを伝えるようにということと、
ケアマネにも電話をしておくようにと母に伝えた。
(私からもケアマネには電話をしておこう。)

今まで父はどちらかというと傾眠がちなので、
母は父がぐーぐー寝ている間に、趣味の卓球やらグランドゴルフやら
老人会の活動やら、積極的に出掛けていた。

うちの夫は、自分の家もわからないような状態で、
片時も目が離せないけれども、
私に年齢差があって、体力も気力もまだあり、
小規模多機能居宅介護の柔軟な介護サービスがあるから、
在宅で見ていられるのだと思う。

でも、父の認知症が進み、片時も目が離せないようになると、
高齢の母に、認知症の父の介護をさせるのは
負担が大きすぎると思う。
とりあえずは様子見だが・・・
そろそろ次の段階へ進まねばならないのか・・・

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母のバス旅行と父のショートステイ

母が明日から一泊二日で、老人会のバス旅行に行く。
それに併せて父はショートステイに一泊二日の予定。
ところが、ショートステイの送迎が問題だ。

初日の集合時間は午前8時半で、二日目の帰宅時刻は午後5時予定。

まず、通常のショートステイの迎え時間は午前10時頃だそうだが、
特別に午前8時50分頃にしてもらった。
母は8時15分頃に家を出る予定なので、30分ほどの間だ。
しかし、送り出し時に誰もいないわけにはいかない。
この日、弟のお嫁さん(看護師)は出勤日で、
本当なら既に出掛けている時間だが、
職場にお願いして出勤時刻を遅らせてもらい、
父の送り出しを依頼。

ショートステイの帰りの送り時刻は、遅くしてもらって午後4時。
母のバス旅行の帰宅予定時刻は午後5時だが、
渋滞があればもっと遅くなる可能性は十分あり。
この日、お嫁さんは日勤の日。
女孫は会社員で出勤、男孫は大学生で宛てにならない。
弟はもちろんこんな時刻には帰っていない。
母は、玄関先まで車で送ってもらえれば、
父は一人で家で待っていられるだろう・・・
という考えだった。

ところが、先日、雨の中を傘もささずにデイサービスへ向かい、
しかも、場所がわからなくてたどり着けなくなる事件があったばかり。
家に誰もいなくて、
電気もついていない、
ご飯もどこにあるかわからない・・・
では、父は一人で、食べ物を買いに出ようとか思って、
外出してしまうかもしれない。

母は、「大丈夫よ~!」と言う。
けれども、以前の父だったら、大丈夫だったかもしれないが、
認知症が進行性の病気だということを、母はイマイチちゃんと理解していない。
大丈夫であって欲しいという気持ちがあるのは私もよくわかる。
「これくらいのこと、大丈夫でしょ? できるでしょ?」と、
信じたいのだ。

私もそうだった。ずっとそうだった。
認知症の人のそういう話は聞いていた。
けれども、夫は認知症でも、きっと特別で、そうはならないんじゃないか・・って。

夫が、まさか自分の家がわからなくなるなんて、思いもしなかった。
まさか私の名前や、妻であることを、わからなくなるなんて想像もできなかった。
夫に年齢を尋ねると、「25歳かな? えっ、違う。じゃあ12歳?」等と真顔で言われるとは・・・

母に、「●○さん(夫の名)もそうなんだから・・・」と言うと、
「お父さんは、●○さんとは違うわよ! o(`ω´ )o」
と宣うた。
・・・・
お母さん、違わないんだよ。
進行の度合いが違うだけで、みんな同じ道を辿って行くんだよ。

夫がアルツハイマー型認知症だと診断された時、
当時はまだインターネットのブログなんてそれほど広まっていなかった。
(少なくとも私の生活圏では。)
だから、認知症に関する本や体験記などを20~30冊は読んだかな?
その後、介護ブログというものがあることを知り、読むようになった。
認知症の一般概論や介護の How Toものよりも、
先いを行く人たちの生の体験を読むことが、
一番の知識の源であり、心の準備をすることになり、
認知症介護の閉塞感・孤独感を癒やしてくれている。
(あっ、もちろん、「家族の会」にもずっと入っていますよ。)

母は、と言えば、やっぱり認知症について知る機会が圧倒的に少ないように思う
母も、時間があれば、地域の介護者の家族会には参加しているらしいのだが。
今回、父が雨の中を傘もささずに出歩いてさまよった事件の時に、
「お母さん、介護者の家族会に参加しているでしょ。そこで、
 こういうことがあるっていう話を聞いたことがあるでしょう?」と訊くと、
「え~、そんなこと知らない。初めてだわ~」と言う。

そんなはずはないよね?
近所のご主人が行方不明になって、市の防災無線で放送されて、隣の市で発見されたって言ってたじゃない?
やっぱり、まったくの他人事としか思っていなくて、
自分の夫が同じようになるとは片鱗も思わなくて、
身近に起こった事件でも、右から左にスルーしているのか?

「じゃあ、今度、家族会で、この体験を話さないとね」
「そうだねぇ、こんなことを話している人は居なかったわ~。今度話さなくっちゃ」

父のケアマネと電話で相談。
最初は、私が、夫を小規模多機能に預けて、
電車で所用1時間の実家に行って、
ショートから帰る父を迎えることも考えていた。
けれども、父のケアマネが、それは大変でしょう・・・と。
(父のケアマネは、私が認知症の夫を介護していることを知っている。)
ケアマネからの提案は、
ショート先に送りを頼むのではなく、バス旅行から帰ってきてから、母が施設まで迎えに行く・・・
というもの。
午後6時の夕食までを頼んで、父は夕食を食べて待つ・・・と。
そうすれば、バスの到着時刻が遅くなっても大丈夫だ。

母はこの提案に対しても渋る。
「え~、大丈夫よ~。」
「だいじょうぶじゃない!
 お母さんがタクシーで迎えに行かないのなら、
 私が、行って、お父さんを迎えるしかないよ!」
「えぇ、それじゃぁ、悪いよ~」

確かにショートステイの場所が、実家からは遠いのだ。
実家の最寄り駅から1つ先にある駅から徒歩で15分。
母は行ったこともない場所で、しかも駅から離れていてわかりにくい。
母は施設まで歩いて迎えに行くことを想像していたようだ。
でも、暗くなってから、人通りも少ない知らない町を、
行ったこともない施設を目指して歩いて行くのはムリ。

「だから、タクシーを呼んで、家からタクシーで行って。
タクシーの中で、施設に電話をして、
お父さんを玄関先まで連れてきておいてもらう。
それで乗ってきたタクシーに、お父さんを乗せて、
そのまま帰ったらいいじゃない?」

ようやく、納得してくれた母。
母は昔の人だから、タクシーを使うなんてもったいないっていう思いがどうしてもあるんだよね。
そう言っている私もそういうところはあるんだけど・・・
でも、自動車を買って維持していく費用に比べたら、たまにタクシーを使うぐらいはね、たいしたことない・・・って考えないとね。

バス旅行から帰ってきて、疲れているところを、老いた母に迎えに行かせるのは、しのびないのだが・・・
両親の介護をするより先に夫の介護ばかりになっていることに、申し訳なく思っている。

明日からの母の楽しいバス旅行と父のショートステイが無事に終わることを祈りつつ・・・

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無事帰りました

午後5時過ぎに電話がなった。
母からだ。
「もう、お父さんをタクシーで連れて帰ってきたから。」
バスは午後4時に到着したので、父のショートステイ先に電話をして、明るいうちにタクシーで迎えに行ったのだという。
念のため頼んでいたショートステイでの夕食も、キャンセルしてかまわないと言われたので、6時の夕食を待たずに帰ってきた次第。
やはりこの方法で良かったのだ。

母のバス旅行は老人会のグラウンドゴルフ部(?)のもの。
昨日4ゲームやって、今日は4ゲームのグラウンドゴルフ三昧。
夜は温泉につかって、思う存分楽しめたようで、良かったです。

今後の教訓。
父がショートステイに行き、その間に母が旅行などに行くときは、
早めにお嫁さんに言って、シフトを調整してもらうこと。
毎月20日までに翌月の勤務希望日のシフト表を出すのだそうだが、
今回は母がお嫁さんにお願いしたのが遅く、
既にシフト表を提出し終えた後だった。
早めに調整をお願いすれば、お嫁さんも、ショートステイやデイの送迎の協力ぐらいはやってくれるのだから。

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夫の実家の借地権処分問題

夫の実家は、借地上に義父名義の建物を建てた。
その後、義父が死亡した際に、義母と兄弟姉妹で共有する形での登記を経た。
義母が死亡した時には、何の手続きもとることなく、現在も義母名義が残っている。

実家の建物には、現在、末の義妹が内縁の夫と住んでいる。
 内縁である事情は詳しくは知らない。
 おそらくはそれぞれに子供があるので、相続関係でもめたくないからではないか。
 兄弟姉妹間では、義妹の夫として認知されており、互いの族の冠婚葬祭には配偶者として出席している。

その義妹、現在74歳、認知症を発症している。
うちの夫とほぼ同年齢頃の発症だと思う。
夫と末の義妹は両親から似た性質(体質、素因)を受け継いだのだろう。
そうすると、妹の認知症は、夫の辿った経過から、およそ予測できると思う。
そろそろ調理などは一人で任せることが難しくなってくるだろう。
サポートがあれば、結構、まだ大丈夫。
おそらくは80歳ぐらいまでは元気に在宅で暮らせるだろう。
80歳を超えてから、在宅介護が難しくなってくるかもしれない。
義妹のパートナーは、義妹よりも年齢が上であるし、
もともと家事や子供や人のお世話などをやった経験がないか、少ない男性が、認知症になった妻を介護するということは、並大抵のことではない。
内縁関係だから、法的安定性も低いので、場合によっては、認知症になった内縁の妻を捨てて(?)どこかへ行ってしまわないとも限らない。
義妹のパートナーはかなり良い人なので、きっとそうはならないとは思うが、世の中に絶対ということはないし・・・
いずれにしても、在宅で義妹のめんどうを内縁の夫が見ていくのは(例えば、下の世話などができるのか?)、デイサービスを利用したとしても現実的ではないように思う。
もちろん、認知症になった妻を献身的に介護している男性介護者をたくさん知っているけれども、どちらかというと若年の方々で、超高齢者に属する老老介護となると話は別という気がする。
夫婦のあり方や価値観も、育ってきた世代によって違う。
ムリをして抱え込んでしまって、ネグレクトや虐待などになったりしないように、一定の時期にグループホーム等を利用するのが良いような気がする。
これは、義妹とは言え、他人の家庭のことだから、まったくの私の予想でしかない。
義妹には一人娘がいるので、一人娘が中心になって考えていけばよいと思うけれどもね。

でも、グループホームを利用するという段階になった時に、
今のままだとお金が不足する見通しなのだ。
義妹の年金は月額5万円。
内縁の夫の年金があるから、今はやりくりできている。
義妹はある程度の預金をしているようだが、それでも、グループホームで暮らすようになれば、数年で底をつくと思う。
万一、内縁の夫が先に逝くようなことがあれば(ごめんなさい、内縁の夫さん。でも、シビアに見通しを立てていかねばならないのでね)、生計を一つにしている内縁の妻は遺族厚生年金を受け取れるので、それがあるとすごく助かると思う。
けれども、グループホームへの入所をきっかけに、内縁関係の解消がないとは保証できないような気がする。

まあ、そんないろいろな背景事情と、兄弟姉妹みんなが高齢化してしまった今、借地権を売却するしかない(昭和20年代に建てた建物は価値ゼロです)ということになった。

それから、うちの夫について言うと、夫が自分の名前を書けるうちに、この件の処理を終えたいのだ。
義妹のために、借地権が売却できるように協力したいと思っても、もし、夫が自分の名前を書けなくなっていたら、その処理ができない。
いや、そのために、夫に成年後見人をたてなければならなくなってしまう~!
それは避けたいのだ。その理由については、先にブログ「私が成年後見制度を利用しない理由」を参照してください。

しかし、兄弟姉妹関係者(一人死亡して新たに相続人が出ている)は全部で7人。
この7人全員で共有し、半数は80歳以上、しかも、遠い地方に住んでいたりして、気軽に会えるわけでもなく、遺産分割協議書の作成はそうすんなりいきそうにはない。
事がなかなか進まないうちに、夫の認知症が進んでしまって、名前を書けなくなってしまったら、大変だ!

そこで、今日は義妹と亡弟の奥さんと三人で税理士の先生のところへ行き、この処理にあたってかかるお金(税金)関係のことを聞いてきた。
今日の税理士の先生の話を踏まえて、次のようにしようと夫と話した。

 1.義母名義の未分割の相続分の全部を、末の義妹に譲渡する(印鑑証明付き譲渡証書を作成する)。あとで、他の兄弟姉妹関係者の間で遺産分割協議書を作成できた時に、この譲渡証書を添付して、登記する。登記の際には、最新の印鑑証明書を提出する。

 (あ~、でも、印鑑証明書のところは確認が必要だなあ・・・印鑑登録カードと申請書に本人が名前を書かないと行けないはずだな。やっぱりできるだけ遺産分割協議書の作成も急いでもらわないとダメだなあ。)

 2.既に登記されている義父から相続した夫名義の持ち分については、末の義妹に贈与する。

 義妹に贈与税がかかってしまうのは、やむを得ない。贈与税を計算するのは、贈与時点での路線価を基に借地権の価額を算定するのだそうだ。将来、実際に借地権が売却できたとして、路線価額を下回るリスクはあるが、もう、それはやむを得ないことだと思う。
 およその贈与税の額を今日教えてもらったが、義妹には何とか工面できる額だと思う(贈与税の申告納税は来年の3月だが、その時点でまだ借地権の売却ができていない可能性もあるので、お金の工面が課題であった。)
 贈与税は累進課税なんだそうだ。夫以外にも、兄弟姉妹関係者が、既に登記済みの持ち分を義妹に贈与するような場合、贈与額が増えて、その分納める税金額が累進的に増える。
 贈与額は年度ごとに計算するので、贈与をするなら、年をまたいで少しずつ贈与した方が良いということがわかった。
なので、もう、躊躇なく、夫がまず先に義妹に贈与するということにした。

これらの1と2の法律行為は、他の兄弟姉妹の意向とは関係なく、夫と末の義妹との間だけで行うことができるので、司法書士に依頼して、できるだけ早く進めることにする。

こういう問題は、関係ない方々には興味がないかもしれないけれども、認知症になってしまった場合、まだ自分の名前が書けるうちに、解決すべき問題が残っていないか(不動産の売却とか、遺言作成とか)、よくよく考えて進めていかねばなりません。

なお、もし、夫が自分の名前を書けなくなって、成年後見人をたてなければ、実家の不動産を処分できなくなってしまうと、家庭裁判所は、ほぼ100%、夫の持ち分を義妹に譲渡したり贈与することを許可しないでしょう。
「きちんと法律で定められたとおりに受領してください」となります。
本来、法律で定められた持ち分だけをもらうことに何の不服があろうか?とも言えるけれども、兄弟姉妹思いの夫としては、今後の生活に困る可能性が高い義妹に譲渡・贈与してあげたいと思うでしょう。
今、夫に訊いても、「末妹にあげましょう」と答えています。
だからね、急いでやりたいと思うのです。

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やはり「遺産分割協議書」を作成した方が無難らしい

今日、税理士から電話があった。
先日、夫の実家の借地権を義妹に譲渡する問題で相談に行った税理士だ。

あの後、税理士が調べた結果、
亡義母名義のままになっている未分割の不動産(借地権)について、
夫が自分の相続分を義妹に譲渡する方法には2つのリスクがあるとのことだった。

1つは、税務署が、「相続分の譲渡」ではなく、義妹への「贈与」と認定する可能性は低いかも知れないけれども、ないとは言えない。
つまり、「相続分の譲渡」は、義母名義の不動産だけではなく、預貯金を含めて義母の遺産すべてにわたって行わねばならないというもの。
夫は、義母が亡くなった時に、義母の預貯金などはいっさいもらっていないが、亡くなって時間が経っていないうちに行っていたら問題がないが、義母が亡くなったのは既に20年も前のことである。
もし、税務署が、「相続分の譲渡」ではなく「贈与」の可能性があるのではないか?と疑われた場合、義母の不動産以外の遺産(具体的には預貯金)を夫が「もらっていない」と証明することは難しい。
「相続分の譲渡」であれば、税金がかからないが、「贈与」と見なされてしまうと、贈与税がかかってくる恐れがある。
しかし、遺産分割協議書を作成して、夫の取り分をゼロとした場合は、「贈与」と見なされる可能性はない。
したがって、リスクをとらないためには、亡義母名義の不動産についても、遺産分割協議書を作成することが望ましい。

2つめは、地主との関係だ。
借家の持ち分を第三者へ譲渡した時には、地主に「譲渡承諾料」を支払わねばならない。
相続人間の譲渡であっても、地主が「譲渡承諾料」を請求してくる可能性がないとは言えない。
地主には「譲渡承諾料」を請求する権利がある。
兄弟姉妹間で未分割の部分を遺産分割協議をした後は、最終的には、
1.借地権を第三者に売却するか
2.第三者に借地権だけでなく、地主の持っている底地も含めて買い取ってもらうか
3.地主に借地権を買い取ってもらうか
のいずれかになるだろうが、借地権を第三者に売却する場合は、地主に「譲渡承諾料」を支払わねばならない。下手をすると、夫から義妹への譲渡の分と二重に支払わされることがないとはいえない、
ということだった。

・・・・
なかなか難しいなあ~。
いずれにしても、夫から義妹が贈与や譲渡を受けるにしても、義妹は一定程度の税金や承諾料、その他諸々の費用を支払わなければならないことは間違いない。
いろいろ費用をかけて名義を移しても、最終的に「借地権の売却」がうまくいかなかった場合は、費用のかけ損になってしまう。「所有権」ではなく「借地権」の売却だから、地主の意向次第という面があるのだ。

ただ、このままずるずる行くと、実家に住んでいる(認知症を発症している)義妹が困ることになる。
今のうちに借地権を売却して現金に換えておくことがベストだ。
7月に亡義弟の一周忌がある。
そのときに、亡義母の持ち分についての「遺産分割協議の話」と、「借地権の売却の話」を、兄弟姉妹間でやるという話になっている。
今日の税理士からの電話を踏まえ、「相続分の譲渡」ではなく、やはり「遺産分割協議書を作成する」方向でまとめなければならない。
夫が名前を書けるうちに、早めに進められるようにしたい。
夫が、兄として妹のためにできることを、きちんと履行できますように!

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『わすれな草』を、あなたに

今日の東京は寒くもなく、暑くもなく、晴れていてお出かけ日和。
夫を車椅子に乗せて、渋谷へ映画を見に行きました。
東京に住んではいるが、渋谷なんて、とんと縁がない。
なんか異邦人であるかのような居心地の悪さを感じるから。
でも、見たい映画が、渋谷でしかやっていない。

夫が珍しく早起きできたので(と言っても、午前7時頃)、
午前10時30分開始の回を見よう。
外出する前には、とにかく、トイレ、トイレ。
本日2回目のお通じ、よし!
午前9時、いざ、玄関に出てから、夫の鞄の中を確認。
あれ? 障害者手帳が入っていないじゃない!
お出かけの際には、障害者手帳の携帯が必須だよ。
電車やバスに乗るのでも、映画を見るのでも、障害者割引を受けるのには、手帳がないと。
あぁ、どこへやったのだ? 急いでいるのに、間に合わなくなっちゃう~。
急いで家の中に入って、障害者手帳のありかを探す。
え~、どこだ? 
ふと、夫が一昨日ぐらいまで夫が来ていた袖無しのダウンジャケットが目に入る。
ポケットに手をやると、四角い堅い物が・・・・
あったぁ。バスに乗るときに、障害者手帳を見せて、そのままポケットに入れてしまったらしい。

なんとか10時ちょっと過ぎに渋谷のユーロスペースへ。
あらかじめネットで、1階に車椅子用トイレがあることを確認しておいた。
さっそくトイレへ行って、座らせる。
・・・と、スルスル~と本日3回目のお通じあり!
やったぁ!  良かったぁ。ここで座らせておいて正解だ。
小のほうだったら、リハパンがはいているから何となるけど、
なんと言っても大のほうはねぇ~。
映画鑑賞中に中座はしたくないからねぇ。
私たちが車椅子で到着すると、通常は10分前に開場のところ、
係の人が20分前に会場に入れてくれた。
平日の午前中のせいだからだろうか、
観客は私たちを入れても10人ぐらい・・・
宣伝が足りないのかなあ・・・

見たのはドイツのドキュメンタリー映画『わすれな草』
原題: Vergiss mein nicht (Forget me not)
forgetmenot.jpg 
 ★注意 以下ネタバレあり。

68歳頃から記憶障害が顕著になり、その3年後にアルツハイマーと診断された母グレーテル。
そんな母を父マルテが介護してきたが、だんだん介護が大変になってきたということで、母が73歳頃から、長男(本作の映画監督)が両親と同居して母の介護を担いながら、撮影クルーも両親宅に泊まり込んで間近に撮影していく。
両親は、日本で言えば60年安保世代・・いやもっと後の全共闘世代かな?そういう時代の左翼活動家カップルのような感じ。
夫は大学で数学を教え、妻は言語学を専攻しその方面の仕事をしながら、二人とも左翼政治活動にコミットしてきて、日本で言う公安警察にもマークされていた・・・とかを、認知症になった母を理解し介護する手助けになるかもと、知らなかった母や両親の過去のことを息子が調べていく。
それに両親は、自由恋愛を標榜し、結婚しながらも、お互いに恋人を持って・・・・表面的には平静を装いながら、そのことにずっと苦しんでいた母・・・父はまったくそのことを知らないまま来てしまった・・・とかね。
いわゆる知識人カップルなんだけど、妻が認知症になったことをきっかけに、少しずつ寄り添い合っていくんですよねぇ。
夫の実母が94歳だったかで、まだ健在で、老人ホームで暮らしている。その実母が、自分の息子が妻の介護にかかりきりになり、犠牲になっているんじゃないかと心配して、「施設に入れた方がいい」と勧めたり・・・
体調を崩したグレーテルを施設に入れたら、離れて暮らしている娘が会いに来て、「全然聞いてなかった。大ショック。家で見れるはずよ~」とか言っている。
何を言っているの? 認知症になった母と父がどんな暮らしをしているのかを今まで関心を持たずに来て、介護も担っていないのに・・・・何を今更・・・・
と思いながらも、私は自分自身が、両親宅がゴミ屋敷状態になっているのを知りながら、母からSOSを言ってくるまで、積極的にかかわろうとしていなかった自分の姿を重ねて見た。

で、結局、施設から、自宅に戻すんですよね。
それで、ドイツらしいと思ったのは、外国人労働者(リトアニア)から来た介護人を雇って、在宅でめんどうを見ることにした。
このリトアニアからの外国人の介護人、言葉が流暢ではないですよね。単純な言葉だけれども「愛している」とかそういった言葉とやさしさをグレーテルに投げかけて、それがいい影響を及ぼしたのか、グレーテルが、夫マルテに「あいている」と言ったと。それまで、二人は「愛している」なんて言い合うようなカップルではなかったのに・・・

上記は、まあ、私が見て理解した映画の内容なので、違う解釈かもしれないけれども、それは各自でご覧になっていただければと思います。

それにしても、外国人の介護人、言葉は流暢ではないけれども、認知症の方とのコミュニケーション、意外と上手なんです。言葉が流暢に使えない分、言葉だけに頼らず、気持ちを伝えようという、そういうところがきっと認知症の人の心に響いているんだと思う。

実際夫の通っている小規模多機能デイでの様子を見ていて、最近、強く感じたのです。
フィリピン人(ご主人が日本人)のスタッフが居るのですが、日本人のスタッフよりも、声かけが上手ですばらしいんです。
私と同年代ぐらいの若年性認知症(たぶんPSPの類いのようです)の方がいらっしゃるのですが、座位は保てますが、一人で立ち上がったりできません。手引き歩行で何とか歩かせることができます。食事も全面介助が必要です。そして、ほとんどの時間、目を半分つぶるようにして、低い声で何かをずっとつぶやいていますが何を言っているのかはよくわかりません。けれども、周りがしゃべっていることはわかるようです。
そのフィリピン人のスタッフさんは、彼女の歯磨き介助をする時、明るく楽しそうに彼女に話しかけ、冗談を言ったりしています。歯磨きを終えて、そのフィリピン人のスタッフさんの手引きでソファまで戻ってきた時、いつもは苦しそうに半眼でぶつぶ低い声でつぶやき続けている彼女が、すごく楽しそうにニコニコ笑っているのを初めて見て、私はびっくりしました。
彼女、笑うんだ! あんなに嬉しそうに、楽しそうに、笑うんだ!
フィリピン人のスタッフが、自分に対して、やさしく楽しそうにしゃべりかけてくれていることに反応して、あんなに嬉しそうに笑った。
ああああ・・・彼女が、いつも何を言っているかわからなくって、動けないし、なんだか、何にもわからない人のような気がして、コミュニケーションがとれないような気がして、ちゃんと彼女に向かって話しかけていなかったんじゃないかな。

Forget me not.  「私のことを忘れないで」
この言葉は認知症になってしまった人に対して、「私のことを忘れないでね」と言う言葉ではないんだ。
認知症になってしまった人が、「私という人間がここに居るということ、あなたの同じ感情を持ち、いろいろな思いを持って生きている「私」がここに居ることを、忘れないでね」という言葉なのだ。

『わすれな草』現在、渋谷・ユーロスペースにてロードショー
その後、全国順次上映。
 北海道:シアターキノ、宮城:フォーラム仙台、神奈川:シネマ・ジャック&ベティ
 愛知:名古屋シネマテーク、大阪:シネ・リーブル梅田 京都:京都シネマ
 問い合わせ先:ノーム(配給)Tel   03-5919-1542
                                           Mail     g-info@gnome15.com


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歩こう~、歩こう~、私は元気~!

昼食後、私がのんびり読み物を読んでいたら、
例によって、夫は「自分の居場所がない感じ」にとらわれ?
そわそわ落ち着きがなくなってきました。
私が、そんなことにお構いなく読み物に集中していると、
夫は部屋着の上に、もう一枚着込んでいます。
そのうち、階段を下りて、玄関のドアを開ける音が・・・。
あ、これは、追いかけねば・・・
慌てて階下に降りてドアを開けると、夫の後ろ姿が見えました。

IMG_0064_20170427221259ad2.jpg 
(玄関先に咲くケマンソウ。タイツリソウとも言うらしい)

介護用のズボンのまま、素足にサンダル。
手にはデイサービスの時に持って行くトートバッグ。
中にはデイの連絡帳が入ったままで、さらに、
ティシューペーパーの箱まで入っている。
ちょうどケマンソウの前あたりで夫を確保。
「ちょっと、ちょっと、そんな格好で外へ出ないでね!」

こういう時は、いくら説得しても無駄。一緒に外出するしかありません。
でも、この服装ではダメだ。リハパンの替え等も持ってでなければ。
夫を家の中に連れ戻し、
「そんな寝間着のまま、外出しないでよ~。ちゃんと着替えてからね」。

夫が外へ行こうとするのは、元気な証拠。
今年の1月頃は、昼間もほとんど一日中傾眠していました。
それに比べたら、夫の体調がよくなっていることを喜ぶべき、ですね。

夫には両手にウォーキングポールを持たせます
私は替えのリハパン等の入ったリュックサックを背負い、さらに夫の肩掛け鞄も斜めに掛けました。
(夫は平衡感覚が障害されているので、肩掛け鞄も、体勢が不安定になるので、持たせないようにしています。)
夫には自分のペースで歩かせ、私は夫の斜め後ろぐらいから夫の上着をそっとつかんで側を歩きます。

目的地は、障害者施設の1階にあるカフェレストラン。
(知的障害者の就労継続B型事業所なんだそうです。)
そこは夫の歩行リハビリにぴったりの距離、位置なのです。
我が家からバス停まで夫の足で15分(普通は5分)、
そこからバスに乗って目的地のバス停まで2つ目で下り、
そのバス停からカフェまで、夫の足で10分(普通は3分)。
それになんと言ってもトイレが障害者対応だから安心です。\(^o^)/
 夫を介助するために一緒に入れるトイレがないとね。


 チョコバナナパフェは、私のお腹の中に収まりました。

IMG_0071_2017042722162735b.jpg 

 夫はクリームあんみつです。
 ここのデザート、美味しくて量もたっぷり、お得です。
 デザートとセットのホットコーヒーはおかわり自由です。

夫はトイレが近いのです。
最低1時間に1回は行かないとなりません。
今日はカフェ滞在中に、トイレに2回行きました。
カフェ内のトイレに座らせると、案の定、お通じもありましたよ (*^_^*)
夫は一日のうちにお通じが2回も3回もあるので、外出する時は、いつ、どこでするのか、そのタイミングをはかるのに苦心します。

昨年は車椅子で出掛けることが多かったけれども、
今年は夫に歩いてもらうことを目的にした外出が増えました。
つまりは近場が多くなったということですが・・・

認知症が進むと、歩行障害が出てきます
夫は3年ぐらい前から歩行障害が出てきて、どんどん歩けなくなり、車椅子が必要になりました。
 歩いていても、
  どこへ行こうとしているのか、
  何のために歩いているのか、
  どこを歩いているのか、
 さっぱりわからなくなった夫は亀の歩みだ。
  視野も狭くなっている上に、
  耳も聞こえない。
  何度も通っている道も夫にとっては初めての道。
  周りの状況を把握しようと、一所懸命、振り返って見回す。
  そのたびによろけて転倒しそうになる。
目で周りの状況を見ながらも、足は前に動かす、という2つのことを同時に進めることが難しいのです。
でも、歩行が大変そうだから可愛そうと言って歩かせないと、どんどん歩けなくなってしまいます。
とてもゆっくりとしか歩けないので、有酸素運動にはならないかもしれないけれども。
こんな小さな歩みでも、積み重ねていると、歩くことに馴れてきているように感じます。

1年のうち外を歩くのに適する時期はごくわずかしかありません。
あともう少しすれば、梅雨に入ります。
夏になれば、炎天下を亀の歩みで歩くのは危険です。
涼しくなれば、また少しの間、歩けるようになりますが、すぐに寒くなって、外を歩けなくなってしまいます

だから、気候のよい今の時期、できるだけ外を歩かせるようにしたいと思います。

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アワキビ

Author:アワキビ
夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

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