FC2ブログ

注射嫌いの夫、試練の日常

今年はインフルエンザの流行が早いようだ。
 10月下旬に訪問診療の際、夫と二人、インフルエンザの予防接種をしてもらった。

 注射が怖い夫、いつも訪問診療の医師と看護師と私と3人がかり。
 注射針が入る瞬間、どうしてもビク~ッと身体が引いて腕を動かしてしまうので、何度もやり直しにならないように、夫が私に抱きつくようにし、医師が腕を抑え、看護師さんが接種する。
 インフルエンザ予防接種は、針が入ってから、ワクチン液を接種し終わるまでの間、ちょっと痛みがある。

 接種されている間、夫は、自由になる方の手で、

   ヽ( ̄д ̄;)ノ パン、パン、パン、パン…

 と私の身体を叩き続けていた。
 叩かれても、別に痛くはない。どうやら叩いて気を紛らわせているらしい。

 続いて私の番。
 私は、夫の真似をして、夫の手を握って、

   「怖いよ~」

 と言ってみる。
 すると夫は、ちょっと嬉しそうな、いたずらっ子のような顔になる。
 接種される時に、私が痛そうな顔をすると、夫が

  ( ̄∇ ̄) 「助けてぇ~?」

 と言うので、

   「うん、助けて、助けて・・・」

 と言いながら、夫の真似をして、私も夫の身体をパン、パン、パンと叩く。

 夫は・・・ ((∩^Д^∩)) 嬉しそう。

 ああ、終わった。

 いつも、夫ばかりが注射を打たれているので、私が注射を打たれて大袈裟に「痛いよ~」と言っている姿を見ると、何だかちょっと嬉しいらしい。

---------------------
 その日の午後、
今度はコウノメソッド実践医のもとへグルタチオン点滴を打ちに行った。

 先週は、急にスイッチが入ったように、点滴、絶対拒否!だったので、自由診療ではなく、保険診療に切り換え、セレネースの処方箋を書いてもらったのだった。

 今回は、自宅を出る時から、「今日、クリニックに点滴を打ちに行くからね」と夫に数回にわたり確認。夫は、

   「 まあ、仕方がないなあ  (´Д`;)」

という感じで、強く拒否することはなかったので、連れてきた。

 先週は、自宅に帰ってきても、

  「家に帰らなくては。 (゚д゚) 家、遠いから、もう帰る!」

 と言いつのり、外に出て行きそうな勢いだった。
 しかし、処方されたセレネースを服用させた結果、そのまま落ち着き、家を出て行こうとすることもなくなり、その晩はぐっすりと寝て、朝、機嫌良く起床できたと医師に報告。

 以来、セレネースを服用するほどのことがないまま過ごすことができたので、今後も、「セレネースは不穏時の頓服として使いましょう」ということで確認。

   「さあ、今から点滴を打ちますよう (=゚ω゚)ノ」

 と言うと、夫は、

   「(;゜0゜) 泣きたい気持ちだけど、しょうがないなあ」

 と言いつつ、同意。

 夫は、針を入れるときにピクッと動くので、このクリニックでは夫をベッドに寝かせて、針を入れる瞬間は、私も夫の腕を押さえ、看護師さんにささっと針を入れてもらう。
 それほど痛がることなく、スムーズに入った v(o゚∀゚o)v 

 そして、点滴を終えると、夫は

   「気持ちがいい、爽快! o(^▽^)o 帰る途中、珈琲、飲みましょう」

 等と機嫌がいい。
 グルタチオン注射、夫の場合は効果のほどは、ちょっと「?」だけれども、点滴を打って悪い感じはしないので、一応、続けている。
 いつまでも歩けていて欲しいから (*^_^*)
 
 よろしければ、クリックをお願い致します。

      ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

春画展を見に行ったが・・・(;_;)

 朝、夫の教え子の熊本在住のM君から所用で上京しているとメールがあった。
 今日は終日予定がないとのこと。
 ならば・・・ということで、早速、来宅願った。
 午前11時過ぎに、箱一杯の野菜を持ってM君現る。

 どうしたの、これ? まさか、熊本から?

 いや、来る途中、アメ横で買い物してたら、美味しそうだったから…

 荷物を我が家へ置いて、すぐに出掛ける。
 M君が夫の車椅子を押してくれる。
 ふと思いついて、永青文庫で開催中の日本で初めての大規模な「春画展」を見に行くことにした。

 永青文庫は、東京は目白台の一画に、江戸時代から戦後にかけて所在した広大な細川家の屋敷跡の一隅にある。細川家は肥後熊本五十四万石を与えられ、強力な外様大名として幕末に至ったもので、たままた熊本はM君の地元だ。
 この細川家に伝来する歴史資料や美術品等の文化財を管理保存・研究し、一般に公開しているのが永青文庫。
 建物は、旧細川侯爵家の家政所(事務所)として昭和初期に建設された洋館だが、以前、夫と数回訪れたことがあるが、当然、エレベーターなどはなく、4階まで階段で登らねばならないので、2年前に最後に訪れた時には、夫は階段を登るだけで疲れてしまって、展示を見るどころではなかった。
 けれども、M君がいれば、私が夫の手を引いて階段を上がり、M君に車椅子を持って上がってもらって、車椅子に乗りながら展示を見ることができるかも…と思った次第。

 まずは、永青文庫近くの、私たち夫婦お気に入りのカフェで腹ごしらえ。
2015-10-31ランチ3
2015-10-31ランチ1
2015-10-31ランチ2

 昼食後、永青文庫に向かうが、いつもは閑散としている永青文庫への道に人通りが多い。混んでいるのかなあ?

 着いてみると、玄関の前に長い行列ができている。
 以前、玄関だったところは、出口になり、新しい入り口ができている。
 外に仮設トイレや救護所、テント張りの休憩所もできている。

 この永青文庫、かつては、いつ行っても、閑散としていて、館内には、せいぜい数人ぐらいしか見学者がいなかったのに…。

 車椅子で入ってみると、ナント、新たに増築され、エレベータが設置されていた。
 このエレベータは定員3人なのだが、車椅子で夫と私が入り、M君が乗ろうとすると、警告音が鳴って乗れず。
 ともかく、M君には階段を登ってもらうことにして、エレベータで4階に上がり、見ることに。

 …ところが、中に入ってみると、さらにずっと長い行列ができていて、車椅子で動くのも、人に遮られて動きにくい。
 しかも、展示物は、立ってゆっくり歩きながら見るのにちょうどよい高さに置かれているので、
車椅子に座った状態では、見えない 

 やむなく、車椅子から夫を立ち上がらせて、夫の手を引きながら、春画の展示を見始めたが、人混みの中で夫はすぐにめまいを感じて、疲れ果ててしまい、すぐに車椅子に戻って座らせねばならなかった。

 う~ん、これでは、ちょっとムリだなあ。
 M君には、自由に見てもらうように言って、私と夫は早々に退散。
 一階に下りて休憩用のテントで、M君が出てくるまで待っていた。

 今回、美術館や博物館の展示を車椅子に乗ったままで見るには、もっと車椅子の座高を上げないと、せっかくの展示も鑑賞できないってことが初めてわかった。
 実際に体験してみないと気づかないことって多いもんだね。
 あれ?
 今まで、車椅子に乗っている人たちはどうやって鑑賞してきたのかな?

 よろしければ、クリックをお願い致します。

      ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村

涙の理由

 知人のお葬儀に参列した。
 夫はこの方をあまり好きではなかった。
 だから、訃報が届いた時に、夫に
 「どうする? お葬儀に参列する?」
 という質問を何度か行って、確認した。
 そのたびに夫は、「行くよ」と言う。
 「へぇ~、行くの?
  この人のこと、あまり好きじゃないって言ってたじゃない?」
 と訊くと、
 「それは、死んだら、話は別だ」
 わかりました。行くのね。
 でも、私、その前日、風邪気味?で体調が今ひとつすぐれない。
 朝起きて、私の具合が悪かったら、止めよう。
 当日の朝、体調はまあまあ。
 夫に再び「Kさん、亡くなったの。それで今日の告別式があるけど、行きますか?」と確認すると、
 「えっ、本当に? 亡くなったんだ?(もう10回以上は言っているよ…)
(告別式に)行きます」。
 それで当日の朝、あたふたと喪服の用意などをして出掛けた。
 告別式の開始時刻に間に合うようにと思って家を出ようとしたのだが、夫は一人で支度ができないので、やはり遅れがち。家を出て、車椅子を押しながら、小走り…と思ったら、膝の調子が…ちょっと痛い。
 う~ん、年のせいか、運動不足もあるな。
 膝をかばいながらの歩行となり、乗る予定の電車に間に合わず、1本後の電車になった。
 途中、同じく参列予定の友人から「何で来るの? タクシ-? 電車? 何時到着予定?」とメールあり。
 「電車だよ~。11時を過ぎてしまうと思います」と返信。
 既に葬儀場に着いていたその友人からは「駅に着いたらメールしてね」と。
 近くの駅に着いた時に、「今、XX駅を通過」と再びメール。
 自宅を出て約1時間、ようやく葬儀場近くの駅に到着。
 まずは、車椅子用トイレに入っておかなくちゃ。
 葬儀場だから、きっと車椅子用トイレはあると思うけれども、会場ではトイレに行っている暇がないかもしれないし。
(実際、葬儀場へ行ったら、車椅子用のトイレはなかったので、ここで行っておいて良かった。)
 リハパンだから、喪服を着ていると、トイレでの脱ぎ着がとてもめんどう。
 まずは上着から脱がないと・・・
 それに夫は腹回りが太ってしまって(体重は変わらないので、たぶん、腹筋が落ちてしまい、内臓を支えられないからでは)、ズボンのホックとボタンをはずしたり、かけたりするのに、力一杯ひっぱらねばならず、本当に一仕事だわ。
 車椅子トイレから出て、改札口に行ってみると、ナント、知人が葬儀場への案内のために迎えに来てくれていた。
 あっ、友人からのメールはこのためだったのか…
 告別式は既に始まっており、弔辞が読まれている最中だった。
 私たちが着くと、私たちのためにあらかじめ席を確保しておいてくれたようで、すぐに席へ案内された。
 お焼香を済ませ、棺にお花を入れ、最後のお別れをする。
 棺の蓋が閉められ、棺が霊柩車に乗せられ、火葬場へ向かう車を見送った。

 お葬儀には、たくさんの友人・知人が来ていた。

 中には、夫の目の前で、私に、

 「●●さん、普通に会話できるの?」

と訊いてくる人がいた。

 「えっ? 会話はできますよ。
  私にではなく、直接、本人に話しかけてみてよ」

 という私の言葉を無視して、その人は続けた。

 「そうなんだぁ。良かった。
  だって、●●さんは、もう話しができなくなっているって、みんなが言うからさぁ」

 そうか。そんな言い方されているんだ。
 みんな、そんなふうに夫のことを噂しているんだ。
 まあ、そんなことだろうと思った。

 久し振りに会う友人・知人たちから、たくさん挨拶された。

 中に、「▲▲の■■です。覚えてますか~?」と車椅子の夫にしゃがみ込んで話しかけてきた人が居た。

 その時の夫の表情を見ていると、誰かはわかっていないような表情だったが、夫は何かその人に向かって言っていた(会場がざわついており、私の位置からは、夫が何を言ったのかは分からない。)

 すると、その方は、感極まったのか、涙をこぼして、泣き出してしまった。

 久し振りに夫に会った人の中には、時々、涙ぐんだりして泣く人がいる。

 その涙の理由は何だろう?

 かつての夫の姿からは想像できないような認知症になって、車椅子になってしまったから?

 こんなになっても、まだ、車椅子で参加しているから?

 それとも、まだ死なずに、生きているから? 話しができたから?

 理由は分からないけれども、その涙には、悪意はないと見えた。

----------------------------------------------
 夫の認知機能は、一日のうちでも、かなり変動する。
 午前中は、私のことがわかっていても、
 午後ぐらいから怪しくなり、
 夜ご飯を食べ終わるぐらいから、表情が冴えなくなり、
 やたら「ありがとうございます」「どうもすみません」と
 連発し始める。

 これは、私が妻だとわかっていない証拠。

 あのね、私、誰だかわかる?

  え~、この家で、お手伝いをしている人…

 大ショック 
 私、ヘルパーになっちゃっているらしい 

  私、あなたの妻じゃないの?
  ほら、この写真を見てよ


 と、壁に飾ってある私たち夫婦の写真を指し示す(9年ぐらい前の写真)。

  あぁ、これは前の妻。キミは今の妻かな

  いや、これは私だよ。この写真は私なの!

 夫は、写真の顔と私の顔を見比べているが、腑に落ちない様子。
 9年前の私と今の私、そんなに変わってしまっているのかなあ?
 夜になると(?)、顔の識別が、より難しくなるのか?
 疲れてきて、認知機能が落ちているということなのか?

 認知症という病気がなせる業とは言え、毎日一緒に過ごしていて、ほとんど片時も離れずにいる妻である私が、誰だかわからなくなっちゃうっていうのは、本当に残酷だな。

 全部忘れても、私のことだけは覚えておいて欲しいのになあ。

 そうは問屋が卸さないのが認知症なんだなあ。


 よろしければ、クリックをお願い致します。

     ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村

ドキュメンタリー映画『徘徊 ママリン87歳の夏』を見に行く

 映画『徘徊 ママリン87歳の夏』の上映を新聞記事で知り、新宿ケイズシネマに、夫を車椅子に乗せて、早速見に行った。
徘徊(パンフ)

 酒井アサヨさん(87歳)、酒井章子さん(55歳)、母娘出演のドキュメンタリー。

 認知症本人のアサヨさんと章子さんのやりとりが傑作です。

 上映中、館内は笑い声が絶えなかった。

 認知症を扱った映画で、これほどの笑いが溢れた映画が今まであっただろうか?

 アサヨさんが、浦島太郎の歌を歌っていたのが意味深で、何だかおかしい。

 うちの夫の記憶力はアサヨさんと同じぐらいかなあ?
 でも、アサヨさんの方がずっと口達者だわ。

 アサヨさんの激しい徘徊。
 ご機嫌だった日も、途中から、だんだん不穏になってきて、「外へ出せ」と、ドアをガンガン、ゴンゴン叩き蹴る。叩く音がちゃんとリズムになっていておかしい。

 4年間の徘徊記録は・・・
 家出回数:1338回、徘徊時間:1730時間、徘徊距離:1844km
 最長徘徊時間:15時間/日、最長徘徊距離:12km/日
 お世話になった善意の方々:2000人以上
 お世話になった交番・警察署:31か所・・・だそうです。

 娘の章子さん、腹が据わっているわ。
  この徘徊に付き合い続けるのは、想像を絶するほど大変なはずだけど、
  彼女が映画中で言っているように、彼女の生活は確かに「クリエイティブ」です。

 街の人々もやさしいわ。
 カフェやバーの人たちが、自然にアサヨさんを受け入れて、徘徊時に声をかけてくれるのね。街全体で見守られている感じがする。だから、やっていけるんだね。

 それにね、章子さんのお部屋もおしゃれで、ステキ。
 出演しているネコさん2匹が超カワイイんだわ。ネコ好きの人必見。
徘徊(パンフ)-2

 まだご覧になっていない方には是非、見て欲しいけど・・・
 ナント、関東での上映は明日2015年11月6日(金)までです。
 新宿ケーズシネマで午前10時30分のみ)。
 東海では名古屋でやるらしいです。

 今回見逃した方は、また再映されると思いますので、その際にはお見逃しなく。

 また、新宿ケイズシネマでは、2015年11月21日(土)~12月4日(金)まで

 『妻の病-レビー小体型認知症-』(各日10:00~1回上映)

 『ゆめのほとり-認知症グループホーム福寿荘-』(各日11:40~1回上映)

 が上映されます。

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 よろしければ、クリックをお願い致します。

      ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村

「認知症」と「せん妄」の違い

夫はどうも午後から夕方、夜にかけて調子が悪くなる。
 眉間に皺が寄り、他人行儀に「すみません。ありがとうございます」と連発し出した時には、もう私が誰であるか分からなくなっている。
 そして、自分の鞄をゴソゴソし出すと、「そろそろ帰ります」と言い出す。

 「ここは、私とあなたが結婚して、買った家じゃない」と言うと、

 「そんな覚えがない。そんな勝手に・・・」云々

(♯`∧´)< ムキッ~。

 「そんなこと言うなら、別れるわ!」

   病気だと分かっていても、瞬間、「許せない!」って思ってしまう。

 「一人では生きていけないくせに!」

   などと残酷な言葉を吐いてしまう。意地悪言いたくなっちゃうんだよ。

 「何も別れるなんて、言ってないよ」

   と応える夫。

今日は重症だわ…とその時は思った。
セレネース0.03g1包を服薬ゼリー(レモン味)に混ぜて、「食べて」と夫に渡すと、素直に食べてくれた。
夕食も済んでいたので、夕食後の薬と抑肝散1包(服薬ゼリーいちごチョコ味)も飲ませる。
(でも、本当に重症だったのかな? 薬を飲まなければならないのは私の方だったかも?)

 薬を飲ませてから、うちに保管してあった私たちの戸籍謄本(!)を持ってきて、「ほらっ!」と見せると、
 オッ?という顔。戸籍謄本をしげしげと見て、

 「これ、もらっていいですか?」

 その他、過去に撮った写真、弟妹と私たち夫婦が一緒に写った写真、などをいろいろ見せながら話していくと、
薬も効いてきたのか、だんだん表情が柔らかくなり、笑顔が見られるようになってきた。

 就寝する頃には、

 「ボクと結婚して、本当に、良かった?」

 と訊くようになった。

 そして、今朝、目覚めた夫に、私が顔をのぞき込むと、

 「●美、好きだよ!」

 と、ちゃんと私の名前を言ってくれた!

 朝起きて一番ぐらいの時は、名前を覚えていてくれることが多い。
 よく眠った後で、脳が疲労していないからなのかしら?

 朝の状態が、認知症の夫のベースになる状態(「せん妄」の影響を受けていない状態)で、
午後くらいから「せん妄」の影響が出てくる・・・ということなのかなあと思う。

 「せん妄」イコール「認知症」ではない。
 しかし、認知症の人は「せん妄」になりやすい。
 認知症の人は、脳が虚弱な状態にあり、神経伝達物質の量も減って不安定な状態におかれているので、「せん妄」が出やすい…というのが、私の理解だけれども。

 さて、先のブログに書いたけれど
、今日は新宿ケイズシネマで映画『徘徊 ママリン87歳の夏』を夫と一緒に見に行った。

 夫は、「え~、映画? いいよ~」と言っていたが、
「私が見たいの。私に付き合ってよ」とわがままを言って、夫に付き合わせた。
 夫は、まあ仕方ないなあ~という感じで、車椅子に乗せられ、私に連れて行かれたのだ。

 映画上映中は暗くなるので、夫が不安にならないように、ずっと手を握っている。
 夫は上映中ほとんど寝ていたかな。静かに寝ていました。

 昼食はレストランで食べましたよ。
 前菜(冬野菜のホワイトパフェ → 甘くはありません)
2015-11-05冬野菜のホワイトパフェ
 前菜(雑穀コロッケ)
2015-11-05雑穀コロッケ
メイン(オマール海老と帆立ソテー)
2015-11-05オマール海老と帆立
メイン(ベジバーグ)
2015-11-05 ベジバーグ
デザート(和栗のモンブラン)
2015-11-05和栗モンブラン
デザート(マルジョレーヌと生姜梅干し醤油番茶)
2015-11-05マルジョレーヌと生姜梅干し醤油番茶

 その後、新宿御苑を夫を車椅子に乗せて散歩した。
 御苑内のレストランを覗いてみると、
「長ネギと内藤唐辛子入りケーキ」「江戸東京野菜のスイーツ」等というメニューに惹かれ、思わず、入って、食べてみました。

2015-11-05内藤唐辛子

長ネギと内藤唐辛子入りのケーキ
2015-11-05長ネギと内藤唐辛子ケーキ

江戸東京野菜スイーツ
2015-11-05 江戸東京野菜スイーツ

 御苑内の木々も少しずつ色づいてきています。
2015-11-05御苑


 帰りのバスに乗ろうとバス停前まで来ると、
 「どこまで行くの?」
 「●●町バス停。家に帰るんだよ」
 と言うと夫は、いぶかしげに、
 「あなたの家とボクの家、近くなんだ?」
 「私たちは結婚していて、同じ家に住んでいるじゃない」
 「えぇ? そうなの? 本当?」
 「私、●美だよ。私の顔、わかる?」
 「え~、●美なの? そうなの?」
 夕方、恒例のやりとり。
 これ「せん妄」でしょうか?

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 よろしければ、クリックをお願い致します。

      ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村

エスカルに乗る

 友人のK子さんとH子さん・Tさん夫妻とJR飯田橋駅で待ち合わせて、
共通の友人の個展を見に行った。

 都営大江戸線の飯田橋駅からJR飯田橋駅に乗り換えるのだが、
大江戸線のホームは東京メトロ地下鉄線の更に下を走っているため、
地下4階ぐらいの深さになっている。

 大江戸線飯田橋駅ホームから地上に出るために、
エレベーターがあるにはあるが、
実はこのエレベーターで出ることができる地上は、
JR飯田橋駅前の歩道橋の向こう側、
ハローワーク飯田橋の隣の職業能力開発センターになる。
 ここに出てしまうと、この歩道橋を登らない限り、
JR飯田橋駅には行けない。
 歩道橋の下に歩行者が渡れる信号機がないからだ。

 従って、大江戸線飯田橋駅からJR飯田橋駅に車椅子で出るには、
エスカレーターを利用するしかない。
 いわゆる「車椅子対応エスカレーター」というものを利用する。

 駅員が操作ボタンを押すと、
通常のエスカレーターの踏み板3枚分ぐらいが平らになって
車椅子を乗せて固定することができるようになっており、
エスカレーターを上がることができるようになる。

 でも、操作ボタンを押したら、すぐに車椅子で乗れるわけではなく、
車椅子を乗せられる踏み板の位置が決まっているようで、
その部分が出るまで、しばらく待たねばならない。
 そして、車椅子を乗せ、固定し、ゆっくりエスカレーターを動かし、
到着すると、車椅子を固定からはずす。
 これが、かなり時間がかかる。

 その上、この一連の操作の間、
 エスカレーターの一般利用を止めていなければならない。

 問題は、大江戸線飯田橋駅のホーム階から改札階、また改札階から地下1階までの
各エスカレーターの深さが尋常でなく、階段で登るとそれぞれ3階分ぐらいあるということだ。

 「エスカレーターが利用できないから、階段を使ってください」と言うには、
体力強健な若者はともかく、高齢者や心肺機能や足腰に問題がある人には過酷すぎる。

 以前、夫が歩けていた時に、たまたま都営飯田橋駅で、
車椅子利用の方があり、エスカレーターを止めている場面に遭遇した。

 既に歩行虚弱で心臓も悪い夫は、階段を見上げて、めまい。
 とても階段を上れない。
 エスカレーターが利用できるようになるまで待つしかない。

 だから、車椅子で大江戸線飯田橋駅を利用するのを、
これまで何となく避けてきた。
 できるだけ都営飯田橋駅は利用したくない・・・
 そんなわけで、今回、初めての経験だ。

 都営大江戸線に乗り込む時に改札口で、
「下車する飯田橋駅でJRに乗り換えたいので、飯田橋駅への連絡を」とお願いした。
 駅員さんは、
「エスカレーターの前にボタンがあるので、それを押せば、駅員が来ますから」と。
「いえ、エスカレーターの前に行ってから押して
連絡をしてから来てもらうのでは、時間がかかってしまうので、
今から乗る電車の到着時刻に対応をお願いしたいのです」と私。

 JRでは、乗車時に下車駅への連絡を必ずしてくれるので、
それと同じように対応して欲しいなと思った次第。

 都営線の場合は、ホームと電車の段差もほとんどないため、
通常時は、車椅子も自力での乗り降りができるし、
エレベーターも便利な位置に設置されていることが多いので、
駅員さんのお手伝いをお願いすることはほとんどない。
 しかし、都営飯田橋駅では援助をお願いせざるを得ない。

 飯田橋駅のエスカレーターに到着したところ、駅員さんがまだ来ていない。
 あれ? 連絡してくれなかったのかな?
 エスカレーターボタンを押して、インターホンで連絡。

 あとでわかったのだが、車椅子対応のために、
ホーム階から地下1階までの2つのエスカレーターを止めて、
「現在利用できません」という柵まで付けて、
準備をしてくれていたのだった。

 駅員さんが来たところで、車椅子から本人を立たせて、
私が支えてエスカレーターに乗り、
駅員さんには車椅子を持って運んでもらいたい旨を伝えた。

 こうすれば、エスカレーターを止めなくてもよいので。
 この方法でスムーズに上まで上がれた。

 でも、上がっていった先で、
既にエスカレーターは止められていたことを知り、
何だか申し訳なく思った。

 地下1階から地上まではエレベーターがあるので
、それで地上に出る。
 JR飯田橋駅改札口からは若干離れたところに出るのだが、
徒歩2分ぐらいの許容範囲の距離。

 そして、JR飯田橋駅。

 ここは電車とホームの間がもの凄く開いていて、
しかも段差も大きいという、車椅子でなくても、
普通に乗り降りするのにも怖くて、緊張するホームなのだ。
 乗り込むには、スロープをかけてもらえないと、絶対に乗れない。

 改札口で援助をお願いする。
 下車は浅草橋駅。
 駅員さんがスロープを持って待っていてくれた。
 ところが、会場に近い方の出口からは、車椅子では降りられないらしく、
ホームの一番端っこにある出口まで延々と歩いて行く。

 浅草橋駅はエレベーターのない階段だけの駅だったのだ。
 車椅子利用の場合、エスカルという階段昇降機を使うのだ。
 駅構内の階段(上り電車と下り電車)と改札口を出て地上に降りる階段の
計3カ所にエスカルが設置されている。

 エスカルに乗るのは初めての体験。

  これに乗るの、いくら?

  タダだよ( ̄^ ̄)ゞ 電車賃だけだよ

遊園地の乗り物にでも乗っているような気分らしい。
浅草橋エスカル1
浅草橋エスカル2

 友人の個展で、作品を見ながら、おしゃべり。
 が、夫はすぐに落ち着かず、外を見に行くと行って、
外の路地に出ていくので、夫に付いて少し歩く。

 その後、一緒に来た友人たちと
ギャラリーで会った友人2人を加えて、
7人で駅前の喫茶店に入って、
珈琲を飲みながら、少しおしゃべり。

 喫茶店では正味40分ぐらいと短時間だったので、
目の前に座った友人のおしゃべりに、
まあまあ適切な応答ができていたかな。
旧くからの友人の昔話だったからかな。

 長時間になると、夫の具合が悪くなるので、
適当なところで切り上げて、先に辞すことに。

 帰りは行きと同じことをまた繰り返して、無事に帰宅。
 外出して、ある程度疲れたほうが、
一日中家にいるよりは、調子がよいようだ。

 いつも長々とした文章をお読みいただき、ありがとうございます。
 よろしければ、クリックをお願い致します。

      ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村

また 来ます!

 夕方5時頃、夫と私は2階のリビングで過ごしていた。
 夫は自分の鞄の中身をごそごそ確認し始めた。これは夫が「家に帰りたい」と言い出す前触れだ。

また、会いましょう。

はい?

また、明日 来ます。

毎日ずっと会っているけど…
私たち結婚して、ここで一緒に暮らしているんだから。
ほらっ


 と、二人の昔の写真などを示す。
 夫は、ハッとして、

そうだったね。
   そうか、良かった…
   ボク、勘違いしてた。
   ゴメンナサイ。

   ・・・・・・・・・

 が、5分もしないうちに、

また 来ます。
   行ってくる。


 と鞄を持って、出掛けようとする。
 いつもなら、ここで私の方が「ここがあなたの家じゃない」
 とムキになって(きっと険しい顔つきで)夫を制止するところだが、
 今日は…

はい、では、どうぞ…

 と、3階の部屋への階段を指し示してみた。

 夫は、「えっ?」という表情をするが、

うん、ちょっと上を見てくる。

 と、3階へ上がっていった。

 3階の部屋には布団が敷いてあるので、、
それを見たら、そのまま寝ようとするかもしれない。
 あるいは、3階に行っている間に、
「出掛けねば」と思ったことを
忘れるかもしれない・・・

 時間にして10分もしないうちに、
夫は3階から下りてきて言った。

 外を見たら、もう真っ暗だよ。
 キミと一緒に、ここに居た方が、安心だから、
 行くのは止めたよ。


 やったぁ~ ∩(´∀`∩)∩( ´∀` )∩(∩´∀`)∩  良かった~

 その後は、就寝まで、ほぼ落ち着いていられました。
 今日もなんとか無事だった。

 また明日一日の無事を祈って、応援クリックをお願い致します。

      ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村

夫の友、妻の友

 私たちの友人夫婦のTさんとY子さん。

 Tさんは、夫の幼馴染みで、
夫とほぼ同じ頃に認知症を発症した。
 TさんとY子さん宅を、夫と共に訪問するようになって、
10年近くになるだろうか。
 Tさんも、夫、も記憶障害は徐々に厳しくなっていったが、
二人とも進行は、比較的ゆるやかで、穏やかな日々を過ごしてきた。

 Y子さんは60代の頃に難病を発症し、在宅で車椅子生活。
 Y子さんは要介護3~4。
 Tさんは要介護2。
 二人はこれまでずっと在宅で暮らしてきた。

 派遣される介護保険ヘルパーは、
二人合わせて週に5日間の朝と夕。

 その他に、自費で週に1回、知人に手伝いに来てもらい、
介護保険ヘルパーがやれないような家事、
(例えば、衣服の整理や片付け等)を
やってもらっていた。

 訪問リハビリや訪問診療、訪問歯科治療も利用している。

 それ以外にも、このTさんとY子さん宅には、
たくさんの友人・知人たちが、いつも来訪している。
 二人の人柄を慕う人たちが、
頻繁に自宅を訪ねて来ていて、
Tさん、Y子さん宅は常に開かれている。

 Y子さん自身、難病で思うように動けないのに、
介護保険のヘルパーを駆使し、
それだけでは足りない手助けを友人・知人に頼み、
認知症の夫と二人の在宅生活の采配を振るってきた。

  歩けないのであれば、
    どんどん車椅子を使えばいいじゃない。

  外出しにくいのであれば、
    みんなに家に来てもらえばいいじゃない。


 そういうY子さんのスタンスは、
私たち夫婦の今の生活のあり方にも
ずいぶん影響を与えてきた。

 そして何より、TさんとY子さん宅の訪問は、
夫にとっても、私にとっても、最大の息抜きだった。

 Tさんは小・中・高校ともに夫と一緒。

 夫もTさんも、最近の記憶にもとづいて会話をするのは困難だが、
昔の記憶は比較的よく残っている。

 二人が、昔の記憶を共有している幼馴染みである
というところが最大のメリットだ。


 共通の友人、恩師、さまざまな体験
夫とTさんの間は、話題には事欠かない。

 どうやら、二人は、
同じことを繰り返し話しているようだが、
二人とも認知症だから、
そんなことはお互い気にならない。

 昔からよく知っている顔同士、
緊張せずに、気楽に過ごせるのだ。


 それに、夫がTさんと会話をしている間は、
私の方も超楽チンなのだ o(^▽^)o 


 というのも、通常の生活の中では、
夫が第三者と会話をしている時、
私は常にその会話内容を聴き、
夫の認知症状の故に、相手や夫が混乱しないように…
不用意な約束事などしないように、
必要に応じてフォローできるようと
細心の注意を払い続けなければならない。

 それが、夫がTさんと会話をしている時だけは、
二人の好きなようにさせておいても大丈夫だからだ。

 そして、私とY子さんは、
認知症の夫を持つ妻同士ということで、
共通の悩みや愚痴などを
心おきなく話し合えるのだ。

 TさんY子さん宅を辞した後、
帰りの駅のホームで、夫は

 ああ、本当に愉快だった (^∇^)ノ

 とつぶやいていた。

 この二人の家まで我が家からは約2時間かかるのだが、
もし、もっと近ければ、デイサービス代わりに
夫と共に毎日通いたいぐらいだった。

 そんなTさんとY子さんが、
介護付き有料老人ホームに入居した。

 Y子さんに癌が発見されたのだ。
 切除手術を受けたが、
 さらに抗がん剤治療を受けなければならない。

 通常は、抗がん剤は通院して受けることができるようだが、
難病で歩行困難なY子さん、通院という選択肢はなかった。

 それに、万一、ヘルパーの居ない夜間などに、
副作用でY子さんの具合が悪くなった時、
認知症の夫Tさんだけで適切な対応は難しい。

 ならば、Y子さんが入院して…となると、
認知症の夫Tさんが在宅で一人残されてしまう。
 ヘルパーが仮に毎日来たとしても、
Tさん一人での在宅生活はムリだ。

 Y子さんの手術のための入院の間は、
Tさんはショートステイを利用したようだが、
抗がん剤治療はもっと長いスパンにわたる。

 そのため、医療的な処置もできる
介護付き有料老人ホームを選んで、
二人して入居したという次第。

 既にY子さんの抗がん剤治療は始まり、今は二人に会えない。

  難病のため元々やせているY子さんが、抗がん剤治療…
  ものすごく大変なことだと思う。
  Y子さん、よく決断したね。

Tさん、新しい環境の中で、どうしているだろう?
頼りの妻のY子さんが、具合が悪く伏せっていて、
Tさんはどんなに心細いだろう。

 そんな話を、クリニックでグルタチオン点滴中の夫にしたら、

T のことが心配だ。
すぐに家に戻って、二人のところへ行きましょう!
心配だなあ~ 。゚(゚´Д`゚)゚。


 うん、すぐにでも飛んで行きたいね。
 でも、今、Y子さんの抗がん剤治療が始まっていて、
身体がしんどい時だから、「もうちょっと待っててね」って
言われているの。
 今はY子さんからの連絡を待つしかないの。


 Y子さんの病が軽快しますように・・・
 Tさんが新しい環境に馴染んで、
穏やかに暮らせますように…


 また明日一日の無事を祈って、
よろしければ、応援クリックをお願い致します。


      ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村

ぢっと手を見る

 夫曰く、若い頃、手相の見方を勉強したんだ、と。
 その真相は定かではないが、とにかく、夫は手相を見る。

 出会ったばかりの頃、夫は私に
「手相を見て上げる」と言って、
私の手を握った。
 そして、その時にどんなことを言われたのか、
まったく記憶にないのだが、
手相を見るなんて、
「単に女性の手を握るための口実じゃあないの?」
などと思っていた。

 夫が以前からよく手相を見ていたらしいと知ったのは、
夫の昔からの友人・知人らに出会うと、
「手相を見てくださ~い」と手を差し出されることが
結構あったからだ。

 夫が手相を見ながら、

あなたは、こんなふうだね。こういう傾向がある。

と言うと、相手は、

きゃあ~、当たってるぅ \(//∇//)\
       そうそう、そうなのよぉ (´∀`*;)ゞ


というリアクションをする。
 お察しのとおり、手相を見てくれと言ってくる方々は
ほとんど女性である。
 そして、不思議と、多くの人が「当たっている!」
という反応をするのだ。

 2年半ぐらい前、夫がまだ要支援2だった頃、
担当の男性ケアマネージャーが我が家を訪問した。
 雑談の中で、「夫がよく手相を見るんですよ~」
という話しをしたところ、ケアマネが

じゃあ、ボクも見てもらえますか?

と、手を差し出した。

 夫は、既にこの頃、記憶障害が厳しくなっており、
目の前にいるケアマネの役割もわからないし、
もちろんその方の名前もわからず、ただ、何となく
何度か会ったことがあるような顔だなあ?
というレベルであった。

 夫は、差し出された手を前に、
「え~?」と言いながらも、
その手を両手にとって、ぢっと見る。
 そして、おもむろに、

 あなたはとても良い人柄だね。
 ただ、気持ちが落ち込みやすいところがある。
 あなたは、周りからの人望がとてもあるので、
 その落ち込みから回復して、努力していけば、
 どんどん伸びていくと思いますよ。


 夫がそう言うと、
 そのケアマネ、突然、涙ぐみながら、

  (;д;) 実はそうなんです。
 ボク、大失敗しちゃって…
 ボクのせいで、職場にも迷惑かけちゃって、
 もう、本当に、今、落ち込んでいたんです…
 …ありがとうございます。 
 ●●(夫の名)さんの言葉を聞いて、
 元気、出ました。
 頑張ります!


 まあ、本当に、びっくりポンや! (*゚Q゚*)

 私は夫に訊いてみた。

 どうやって手相を見ているの?

 相手の手を触って、相手のことを見て、
 何となく、頭に浮かんできたことを言っているだけ。


 だそうだ。

 夫は、手相を見て「あなたは、こういうところがあるね」と言い、
「実は、そうなのよ~」という相手の反応を引き出しながら、
相手を励ますような言葉を重ねていく。

 ふ~ん。そうか。
 手相を見ることにかこつけて、
自信喪失している人や
落ち込んでいる人
悩んでいる人を
励ましているのだなあ。

 でも、最初の「あなたは、こういう人だね」という部分については、
夫には、その人の本質を見抜く力がある、と常々感じている。

 例えば、来客があった時。
認知症で記憶障害が厳しい夫は、
その来客がどのような話しをし、
どのような目的で来宅したのか、等
ほとんど記憶しておくことができない。

 ところが、帰り際に、

何か困ったことがあったら、必ず、ここに相談に来なさいね。

と言う時がある。

 誰に対しても、そのように言うわけではなく、
どうやら本当に悩んでいる人を見抜いて、
人を選らんで、そういう言葉をかけているようなのだ。

 その人が、その悩み事を直接、夫に相談したわけではない。
 仮に、そういう会話をしたとしても、夫は記憶できないので、
来客を見送る頃には、すっかり忘れている。

 ただ、夫は、その人が心に何か悩み事を抱えているようだと感じ、
そのような言葉をかけているのだ。

 夫の「人を見抜く力」があることには、いつも驚くばかり。
 
 認知症になってしまった我が夫、
 これからは、シャーマンとして身を立ててもらおうか?
 と、半ば真剣に思う。

よろしければ、応援クリックをお願い致します。

      ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村

実存をかけた調理!?

 午後になると、夫は落ち着かなくなる。

 自分は、なぜ、ここに居るんだろう?

と思うんだな。
 特に、夫は、自分にやることがないと落ち着かない。

 夫は、テレビを見たり、新聞や本を読んだり、
何かを描いたり、何かを作ったりを
一人で楽しむことを、今はもうできない。

 テレビがついていると、ちらっ、ちらっと見るけれども、
ほとんど興味を示さない。
 たぶん、夫の記憶障害の程度が厳し過ぎて、
次から次へと変わる場面についていけず、
内容がほとんど理解できないから、
つまらないのだろう。

 そんなわけで、夫は、自分の存在理由を、
家事をやろうとすることによって、
確認しているようだ。

 洗濯物が干してあると取り込もうとし、
食べた後の食器がそのままになっていれば洗い、
食器棚に片付けようとする。
 また、家の中に置かれているものを
整理整頓しようとする。
 ちなみに、私が知らないうちに片付けられたものは、
 たいてい行方不明となる。 (T_T)
 しばらくすると、
 とんでもないところから出てくるけどね。 ○| ̄|_

 とにかく、何か自分にやるべきことがあると、

 自分はここに居ていいんだ。
 ここに居る理由がある!


と、感じることができ、
居心地がよくなるのではないかな。

 だから、今日も、夫に調理を手伝ってもらう。

 とは言え、たいしたことはできない。

 野菜を切ってもらったり・・・
2015-11-09調理1

 炒めたり・・・
2015-11-09調理2

 でも、ちょっとやってもらっただけでも、

   疲れた~ ( ノД`) 

 と言うから、夫がやれることはほんのちょっとだけ。

 しかも、バランスを崩して転倒しないか…とか、
 手を切らないか、
 やけどをしないか、
 小さく切りすぎていないか、
 焦がさないか…
 と、ずっと見守り続けねばならないから、
本当は私一人でやった方が楽。

 私がフルタイムの仕事をしていた時は、
こんなふうに丁寧に見守って調理をするなんて
ことはできなかった。
 日々の生活を滞りなく廻していくだけで
精一杯だったから。

 今は、人生で初めての専業主婦をやるようになったから、
こんなふうに付き合うこともできる。

 それが、いいのか、悪いのか・・・
 とにかく、自分が、今ベストだと思えること、を
選択したのだから。

 今日の夕食(一応、ベジタリアンらしい・・・結構、怪しいけど)
2015-11-09夕食

   左上から時計回りに・・・
キャベツとこんにゃくのゴマ味噌炒め(夫が調理していたもの)
ゴボウ、トマト、タマネギのカポナータ
もちキビポテト
ニンジンと干しわかめのトロトロ煮
右の小皿: コーンと胡瓜のサラダ
ご飯: タカキビ・ハトムギ・小豆入り玄米ご飯

よろしければ、応援クリックをお願い致します。

      ↓
 にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村
プロフィール

アワキビ

Author:アワキビ
夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
これまでの記事一覧
カレンダー
10 | 2015/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
アクセスカウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR