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そもそもの始まり・・・脳梗塞の発症

夫がアルツハイマーだと診断されてから8年。
現在の夫は自分の家にいながら、夕食後に・・・

 ごちそうさま。また、来ますね! 
 
と、帰ろうとする。
たぶん、20代まで住んでいた実家へ帰ろうというのだろう。

デイサービスから帰ってきた夫を、家で迎えると・・・・

 また、時々、ここで会おうね! 

と、私と結婚して、この家に住んでいることも忘れている。

夫の病名はアルツハイマーと診断されているが、そうかな?と思いつつも、
認知症状を呈する別の病気かも知れないとも思う。(このことは追々書くとして)
しかし、そもそもの始まりは脳梗塞だった。

その日の朝、夫は手に持っていたコーヒーカップを落とした。

 なにやってるの~。ちゃんと注意してよ~

午後3時頃、私が仕事から自宅に帰ってみると、夫が足をひきずって歩いている。

昼食にラーメン屋に食べに行ったんだけど、気がついたら、片足にサンダル履いてなくて・・・
サンダルが脱げちゃっているのに、スタスタ歩いていたんだよ。
 これから、整形外科に行ってこようと思う。


 え~!? それは、アタマだよ、アタマ!

診察の時間はとっくに過ぎているので、最寄りのK病院にあらかじめ電話をして、症状を伝え、救急外来での
受診を希望することを伝え、大通りまで、夫を連れて歩き、タクシーをひろってK病院へ。

 目をつぶって、両腕をあげたままにしてください

と医師に指示されても、片腕が落ちてきてしまう。

  脳梗塞ですね。このまま入院してください。

今まで特に持病もなく、病院通いもしたことがなかった夫は、そのまま入院となった。

この日、私が自宅に帰り着いたのは夜11時頃だったと思う。
疲れてそのままテレビをつけることもなく、風呂に入って、寝てしまった。

翌朝、朝刊を開いて、びっくり!

  アメリカで、同時多発テロ

夫の脳に一撃が加えられた日、アメリカの貿易センタービルには航空機が突っ込んでいたのだ。

  戦争が始まるかもしれない。

夫が入院した日に、こんなことが起こるなんて・・・・

夫の脳梗塞は、細い血管の詰まる「ラクナ梗塞」というもの。
今回の麻痺を起こした梗塞病巣以外にも、小さな無症候性の脳梗塞が多発していました。

 アメリカで、同時多発テロ

 夫のは、たぶん「同時」ではなくて、「異時」?多発梗塞だったのです。

2001年9月11日。
夫70歳の時でした。
これがそもそもの始まりです。

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脳梗塞・・・その後

2001年9月11日に発症した夫の脳梗塞は
脳の細い血管が詰まる「ラクナ梗塞」というもので、
右半身に軽い麻痺が生じましたが、
約10日間ほどの入院・治療により、ほとんど
目立った麻痺などは残らず、退院できました。

ただ、右手で細かい文字が書けなくなりました。
毎年来る年金のハガキ大の「現況届」の小さい署名欄に
名前を書くのが大変です。
いつも大きくはみ出してしまいます。

しかし大事なことは、この時に、次の2点から夫に記憶障害が起きている
ことに気づきました。

1.自分が入院するに至った病名が覚えられなかった
2.薬の名前や効能がまったく覚えられなかった

 退院後、入院のうわさを聞きつけた友人・知人から
「入院したって聞いたけど、どうしたの?」と質問を何度も受けた。
 これに対して夫は、ちょっと、とまどったような顔をして

 え~、身体の、あちらこちらを精密検査しただけだよ~

等とムキになって答えていた。
プライバシーに関わる病気のことだから、適当にはぐらかしているのかな?
とも思ったが、どうも本当に何の病気で入院したのかを覚えていないようだった。

 あなたは脳梗塞で入院したんだよ。
 脳梗塞 の・う・こ・う・そ・く
 言ってごらん。


 え~と、のー・・・そく?

< 脳 梗 塞 だよ。 

のう・・・そく・・??

 あれえ? おかしいな。でも、これは脳梗塞による一時的な影響だろう、
回復するに連れてよくなるだろう・・・と、その時はあまり深刻に思わなかった。

 最近、大山のぶ代が認知症であることを告白した、夫の砂川が、
認知症状の出始め当初は、脳梗塞による一時的なものなのだろう、と思っていたそうで、
私もまったく同じでした。

 この当時、夫が脳梗塞の再発予防のために服用することになったのは次の薬です。

 ブロプレス (降圧剤)
 小児用バファリン (血液をさらさらにするための薬)
 サアミオン (脳循環薬・・・どういう薬かな・・ まあ、脳梗塞後の鬱予防かな? 活気づけ、気休め?)

 夫は今まで持病もなく、薬を服用したこともなかったから、このようなカタカナの薬名が
覚えにくいのも、むべなるかなと思い、「まあ、覚えられなくても仕方ないかな」と。

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アルツハイマーと診断されるまで

 未明の3時頃、夫がむっくりと起きた。今晩2回目のトイレだ。
 トイレ介助をしようと私が起き上がって夫の顔をのぞき込むと、

 偶然、会えて、ウレシイ~ 

 え~ 、ずっーと、隣で寝ていたんだよ。ほらっ

 と夫の寝ていた隣の布団を指さした。
 夫は布団から立ち上がるときには、一旦、腹這いになってから、
手の届くところにある棚等につかまって立ち上がる。
 布団の端からトイレのドアまでの距離は2mにも満たないけれども、
布団の上は柔らかく立ち上がり時にふらつきやすいし、
睡眠状態から起き上がる時にはめまいを起こしやすいので、
立ち上がりからトイレに座るまで手をひいていき、
ズボンとリハパンを下ろすのを手伝う。
 夫一人でもできないでもないのだが、もたもたしているうちに
間に合わなくなってしまうことが多いので、夜間のトイレ時はだいたい手伝う。
 それでも既に出てしまっている時もあり、その場合はリハパン取り換え。
 昼間のトイレはだいたい自分でやっているけれども、時に、間に合わず、
時に、クレヨンしんちゃん並に「半ケツ」状態で(上着で見えないように一応隠されているが)トイレから出てくるので、チェックが必要だ。
 なお、トイレには介護保険で手すりを設置している。なかなか使いやすい。

  アルツハイマーと診断されるまでの経過   

 さて、2001年9月11日にラクナ脳梗塞を発症後、記憶障害が起きていることに気づいたが、脳梗塞後の一過性の後遺症と考え、深刻に受け止めていなかったのだが・・・

 夫は複数の任意団体の役員(いずれも無報酬)を務めていた。
 私が知る限り、夫は事務処理能力はあまり長けていなかったが、実質的な事務は他の事務方がやっており、夫は会議に出席したり、外部との交渉事を担っていたようだ。
 脳梗塞発症後、しばらくした頃から、「頼んでいた仕事をまったくやってくれていない!  」と苦情が来るようになった。
 「報酬をもらえる仕事は(ちゃんと)やっているのに、無報酬の仕事の方は手抜きなのか!」と厳しい言われ方もした。

 だって、本当に頼まれた覚えがないんだよ!!   
 
夫は悔しそうに言い放った。
こうしたことをきっかけに、夫はいずれの任意団体の役員も辞任することにした。
今まで一所懸命務めてきたから、あとは若い人たちに任せて、これからは自分の好きなこと、やりたいことをやっていけばいいよ・・・と。

 ところがその「報酬をもらえる仕事」の方もだんだんあやしくなってきていた。夫は定年退職後、フリーランスで仕事をしていたが、約束の時間に大幅に遅れていったり、果ては、全くすっぽかしてしまうという事も起きていた。
 そのため、夫のスケジュール管理を私がやるようになり、そのうち約束の時間・場所にちゃんと行けるように同行するようになった。以前は、海外であろうと、自分で手配をして、一人で平気であちこち飛び回っていた人なのに。
 
 脳梗塞発症後の半年後の2002年に現在の住居に引っ越したため通院先の病院は、自宅により近いJ病院の神経内科に変えた。
 J病院の主治医に、「最近、夫は物忘れがひどいみたいなんですよ~」と言ってみたが、主治医は「いやあ、まあ、年相応でしょう」という感じで。年相応だなんて、何の根拠もないのに、医師からそう言われると、あまり心配しなくてもよいのだと思い(「大丈夫だ」と思いたいという心理も働いて)、結局、そのまま時が経過していった。

 2005年の夏、夫と一緒に温泉宿に泊まった。
 大浴場に行った夫がなかなか戻ってこない。心配になって部屋の外に出てみると、夫が戻ってきた。でも、浴衣が大きくてひきずっているように見える。
 はっとして、部屋に入れて、浴衣を脱がせると、見覚えのないパンツを履いている。
 慌てて浴衣とパンツを脱がして、一緒に大浴場まで戻り、係の人に事情を話して、浴衣とパンツをお預けしてきた。夫の脱いだ浴衣とパンツは、もうそのままにしてあきらめることにした。
 この時はまだ、「とても大きな浴場なのに、ロッカー式ではなく、脱衣籠が置いてあるだけで、その上、みんな同じ柄の浴衣だし、白のブリーフはどれも同じようなものだから、自分の服がどれだか分からなくなるのもやむを得ないかな・・・」と思えた。
 夜、再び、現地で落ち合った旧友と一緒に夫は、別の大浴場に入ることになった。
今度は、夫に私服を着せて大浴場へ送り出した。いくら何でも、自分の着ていた服はわかるだろう・・・
 それでも、一抹の不安があり、男湯の前で出てくるのを待っていたところ、案の定、「夫が服が見つからないと言っているけど」と友人が知らせに出てきた。もう、浴場も閉める時刻が近づいており、中には数人しか入っていないようだったので、係の人に断って、私は男湯の脱衣所に入った。夫は途方に暮れたように突っ立っていた。脱衣籠が並べてある棚をさぁっと一瞥しただけで、夫の服は見つかった。
 温泉宿の自室に戻り、「やっぱり、きちんと病院で診てもらおうよ」と話した。

 でも、J病院には行きにくい感じがした。ちょうど自治体の広報誌に「物忘れ相談」の告知があったので、その相談予約をとることにした。
 T病院の老年科の医師が相談担当だった。MMSEと長谷川式スケールの検査をやった。
この時は30点満点で26点だったかと思う。

 26点というのはそんなに悪い数字ではありませんが、大卒という学歴を勘案すると、認知機能が低下していると言わざるを得ないですね。紹介状を書いて上げますから、病院に行って詳しい検査をしてください。 

 認知症を診断できる(らしい)病院のリストももらった。
 私たちは、結局、その相談担当の医師が所属しているT病院の「物忘れ外来」に行くことにした。
 病院では、再び、同様の心理テストの他に、CTとSPECTの画像診断を受けた。

 う~ん、アルツハイマーですね。
 側頭頭頂葉、後部帯状回および楔前部の血流が低下していますが、これはアルツハイマーに特徴的なものです。


 と、あっさり告知。
 そうか、やっぱりね。そうだろうと思っていたから、ショックはショックだったけれども、やけに冷静な気持ちで医師の言葉を聞いていた。
 夫はどうだったのかな・・・?

 この日から、まずは、アリセプト3mg 2週間分が処方された。
 もう2005年の冬になっていた。

 下記のSPECT画像は、2006年になり、脳梗塞を診てもらっているJ病院でアルツハイマーの方も診てもらうように変更してから、あらためてJ病院で撮られたもの。

   右内側面           左内側面
SPECT_0002_convert_20150605230525.jpg
 右内側面と左内側面のそれぞれ下部の緑青色になって
血流が低下しているところは側頭葉?と思われる。
 でも、上部の少し緑色になって血流低下しているところは、
後部帯状回・楔前部だろうか?
 運動感覚野ではないのかな?


   右外側面           左外側面
SPECT_0001_convert_20150605230451.jpg
 右外側面と左外側面の緑色になって血流が低下しているところが、
側頭頭頂葉かな?と思われる。
 細長く緑色に線が入っているあたりは側頭葉かな?

 画像のコピーをもらったけれども、画像の見方については説明してもらわなかった。
 ネット上で検索して、この血流低下部位がここかな?と思ってのだけれども。
 お分かりになる方、ご教示いただければ幸いです。

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家はどこ?

日が傾き始めると、夫の表情が冴えなくなってくる。
「おかしいな・・・」とつぶやき出し時には、もう、あぶない。

 もうここには何度も来ていて、長いこといるよね。

 だって、ここがあなたの家だから、あたりまえだよね。

 夫は「えっ?」と怪訝な顔をする。
 夕ご飯を食べた後、今度は、
 
  ○○駅で、人と会うから、今から出掛ける。

 そんな予定はないでしょ。誰と会うというの?

 誰って、言えないけど、お金の関係だよ。
 会って、解決しなくちゃならないんだ。


 しばらく押し問答。誰かに会うというのは口実で、今いるこの家が自分の家だとは思えないから、
自分の家に帰りたいということが根底にあるのかなあと思う。

 現在の住居は、夫が脳梗塞を発症した半年後の2002年に引っ越してきたもの。
 以来13年にわたり住んできたのに、夫の脳細胞からはこの家が自分の家だという記憶が抜け落ちてしまったのだ。
そして、夫が自発的に思い出せる「自分の家」は、30代前半まで住んでいた家なのだ。

 夫は、外出するために着替えようとしてる。
 長袖のTシャツの上に、フェイクファーのチョッキ着て、さらに半袖のポロシャツを手にもって着ようとしているので、

 ちょっと鏡で見てごらん。それ、おかしくない?

 本当に。おかしいみたい。ご指摘ありがとうございます。

 夫が、私に敬語を使う時は、私を妻だと認識していない時だ。
他人行儀の言葉遣いになる。他人に対する礼節は保持できているということだけど・・・

 自分のバッグの中の財布を確認して、お金が入っていないのを見て・・・

 お金を盗られてしまったらしい。
 ・・・


 私が持っているから大丈夫だよ。

 一緒に行ってもらえますか?

 う~ん。じゃあ、一緒に行こうか。

 夜7時過ぎに家を出る。今日は車椅子ではなく、夫と手を組んでゆっくり徒歩で。

 夫は自宅内の狭い範囲ぐらいは歩けるが、外では歩行困難になる。
足が前に出ない。無理にせかして歩かせようとすると、前のめりになって倒れそうになる。
歩行をストップさせても、そのまま立ち続けることができず、前に倒れそうになってしまう。
 だから通院その他で外出する時は、もっぱら車椅子に夫を乗せて行く。
車は持っていないので、車椅子で、徒歩、バス、地下鉄、電車等を乗り継いでいく。
小雨程度なら二人ともカッパで車椅子で行くが、雨や厳寒・酷暑時期はやむを得ずタクシ-だ。

 でも、今日は、夫の「家に帰りたい。外に出たい」という気持ちを落ち着かせるためなので、車椅子は使わず、ゆっくり夫を支えながら歩く。表通りに出て、通りを渡ったところに喫茶店がある。普通に歩けば5分だけれど、夫と歩くと15分。
 喫茶店の前まで来たときには、夫は既に疲労困憊。

 この喫茶店にはいろうか?

 うん。

 と素直に応じる。珈琲を頼んで、二人でゆっくり飲む。
 喫茶店の窓から外を走るバスが目に入ったようだ。

 ここから家に帰るには、バスに乗るの?

 ううん。歩いて帰れるよ。

 えぇ? そうなの?

 うん。そろそろ帰ろうか。

 喫茶店でトイレを済ませ、マスターに見送られて、喫茶店のドアを開ける。
 外は暗い上に、行き交う自動車のヘッドライトがまぶしく、白内障の夫には周りがよく見えない。
ドアの先の小さな3段ほどの階段を下りる足がおぼつかなく、そのままゆるゆると後ろにひっくり返ってしまった。
スローモーションのように倒れたので、大過なく、マスターに手伝ってもらって夫を起こして、家までの道を二人でトボトボ歩く。
往きよりも更に、ゆっくり、ゆっくり、今にも止まりそうになりながら歩く。5分ぐらいの距離が30分だ。
 家に戻ってくると、夫は「疲れた~」とぐったりしている。
 抑肝散とロゼレム、ネキシウムカプセルを飲ませて、寝かせる。

 その後10時くらいに夫がトイレに起きた時には、笑顔が見られた。
 もう、今日はこれで大丈夫。

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睡眠時無呼吸症候群と認知症

 夫は重度の睡眠時無呼吸症候群である。

 いつからそうだったのか?は定かではないが、脳梗塞後、しばらくしてから気づいたから、72~73歳の時には既に睡眠時無呼吸症候群だったのだろう。

 夫が75歳ぐらいの時に、一度、睡眠障害専門のY睡眠クリニックを受診。入院しての「終夜睡眠ポリグラフ検査」の結果、睡眠時無呼吸症候群の診断が確定。その他、鼻の息の通りの状態等の検査等を経て、CPAP治療(Continuous Positive Airway Pressureシーパップ:持続陽圧呼吸療法=予めその人の無呼吸解消に必要な空気の圧力を調べておき、機械に圧力を設定しておく。機械から設定された圧力の空気を鼻から気道(空気の通り道)に送り込み、気道を広げて睡眠中の無呼吸を防止する治療法)を開始した。送り込むのは機械が室内から取り込む「空気」であって「酸素」ではない。簡単に言うと、もの凄い勢いのある風がマスクから吹き出してくる。

 下記の日本呼吸器学会のホームページにCPAPが無呼吸をどのように解消するのかその仕組みが紹介されているので、詳細は下記をご覧ください。
 http://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=141

 このCPAPの機械はレンタルすることになるのだが、毎月クリニックに通院して、機械に装着された呼吸状態の記録データを解析してもらい、調整等を行う必要がある。

 この毎月通院するというのが結構な負担なのである。当時私はフルタイムの仕事をしており、一人で通院できない夫の受診には、毎回同行せねばならず、様々な持病が増え、通院しなければならない回数が増えていく中で、当時の私は、この無呼吸症候群の治療の重要性についての意識が低かったため、夫のCPAP治療を中断させてしまった。

 しかし、夫が79歳になった頃、夫の睡眠時の無呼吸がひどくなってきていることに気づいた。
 テレビで睡眠時無呼吸症候群の人の睡眠の様子を放映しているのを見ると、グオーグオーと凄い大きないびきをたてているが、夫の場合はそのような大きないびきはかかない。

  ふぅ~ ふぅ~ ふぅ~ ふぅ~ ふぅ~ ・・・(無呼吸)・・・・ん ん ふぅぅぅぅ~ふぅ~ ふぅ~ふぅ~ ふぅ~

 このような感じの呼吸を繰り返す。文字で息の様子を表すのが難しいのだが、ふぅ~と書いてはいるが、口をつぼめて呼吸をしているのではありません。他に息の様子を表す適当な文字がないので、こんなイメージということでご了解を。

 夜中にふと、夫が呼吸をしていないことに気づき、パシパシ頬を叩いて起こしてみたり、横向けに寝かせてみたり(少し無呼吸状態が減る)、かなり気になる状態になっていた(悪化していた)。

 やはり睡眠時の無呼吸の治療が必要だと痛感し、脳梗塞とアルツハイマーの関係で通院中のJ病院の呼吸器内科医に相談した。
 ところが、その時の担当医師は「認知症患者にはCPAP治療は無理ですよ」と言われてしまった。
 確かに・・・以前の短い治療経験からしても、CPAPに馴れ使いこなすには、かなりの忍耐と習熟が必要であり、治療への患者本人の動機付けがなければ、使用継続が難しい機器なのだ。

 認知症患者の場合は、その点、かなり厳しいというのはよく分かる。
 でも、前回のCPAP治療は、夫を介助する私の都合で中断させてしまったという思いもあり、あきらめきれない。
 ネットで調べてみたところ、バスで通院できる距離にS睡眠クリニックを見つけた。このクリニックに夫を連れていき受診したのが79歳(2010年、平成22年)の時。入院して(もちろん、私も付き添いで一緒に泊まり込み)の終夜睡眠ポリグラフの検査結果は・・・

 無呼吸の総数は218回。1時間あたりの指数(AI)は43.3。
 無呼吸と低呼吸の総数は392回。1時間あたりの指数(AHI)は77.9。
 無呼吸のうち、最も長い無呼吸時間は83.7秒で、最も低い酸素飽和度は82%。

 一晩(7時間)の睡眠中に30回以上の無呼吸があると睡眠時無呼吸症候群と診断されるところ、夫はなんと218回もの完全な無呼吸。低呼吸と合わせると392回。
 「成人の睡眠時無呼吸症候群 診断と治療のためのガイドライン 2005」によれば無呼吸指数(AHI)による重症度は次のとおり。

 軽症 5 ≦ AHI <15
 中等症 15 ≦ AHI < 30
 重症 30 ≦ AHI

 夫はAHIが77.9だから、かなりの重症。
 最初のCPAP治療時、私の記憶では、確かAHI指数が30代だったような・・・。
 放置した結果、重症に移行してしまった・・・と大後悔。
 大反省をし、心をあらためて、睡眠時無呼吸症候群の治療を開始した。

 ところで夫の場合、いびきの音が大きくないことが示すように、一般的な睡眠時無呼吸症候群(肥満気味で舌根が気道に落ちてしまうような閉塞性タイプ)とは、タイプが異なる「中枢型無呼吸」が生じていることが検査結果で判った。正確に言うと「閉塞型無呼吸」も出る。最も多く出現するのは「中枢型+閉塞型の混合型無呼吸」だった。
 上に記載したような夫の呼吸のパターンは、いわゆる「チェーンストークス呼吸」というもののようだ。
 夫にこのような中枢性無呼吸が出現する理由は定かではないが、夫には肥大型心筋症があること(心臓からの影響)と、脳梗塞の影響と両方あるのかもしれない。
 中枢型の無呼吸症候群には、CPAPよりもASV(adaptive servo-ventilation)という治療機器を使ったほうが、無呼吸が解消されやすいのだそうだ。ASVは慢性心不全への治療として処方されるものなのだ。
 実際のところ、夫はCPAPで治療を再開したが、無呼吸の数は減るには減ったが、いまひとつ。そこで、ASVに変更してみたところ、無呼吸の数はだいぶ減り、だいたい上記の軽症の範囲以上の無呼吸成績に収まるようになった。
 毎月1回の通院は大変だが、とても重症の無呼吸症候群であることが明らかになった以上は、そのまま放置しておくことはできない。

 認知症の人には、睡眠時無呼吸症候群のCPAP治療は無理だとJ病院の医師に言われていたが、認知症患者自身が自分で治療機器を装着したり操作したりできないのは確かなので、要は介護する家族の取り組み方次第ということかなと思う。
 で、実際にやってみて、正直言って、かなり大変です。
 まず、正しく装着して快適に使えるようになるためには、一定の習熟期間が必要。少なくとも1ヶ月は忍耐強くやってみる必要がある。その上、鼻柱のところにマスクが強くあたり過ぎて痛みが出たりして適切な強さにベルトを調整するのが難しかったり、マスクのフィッティングが悪くて空気が漏れたり(空気が漏れると、ブワァ~ともの凄い音がする、時にプゥ~プゥ~、とか、それはそれはいろいろうるさい音が・・・・きちんと装着されていればそのような音はでないのだが、寝ているうちに、口の開け具合が変わったり、寝返りをうったりすれば、マスクのフィッティング状態もそれにつれ変わる。)
 それに、そもそも機械を通しての増幅した呼吸音が常にしているので、夫の隣で寝ている私は常にその音を聞きながら寝ている。うまくマスクのフィッティングが調整できていない時には、これらの不快な音に悩まされ続け、夜中に何度もガバッと起きて、マスクのフィッティングの調整に苦心し、すっかり神経症気味、睡眠不足に。

 夫はトイレに行きたくなると、自分でこのマスクを外す。するとブワァ~というものすごい音がし、ピーピーピーという警告音が鳴る。このものすごい音は神経に触るので、夫がマスクのベルトのマジックテープをはずす「ベリッ」という音を聞いた途端、私はパッと目が覚め、電灯を点けて、マスクをきちんととはずしてやり、ASVのストップボタンを押してから、トイレ介助をし、再び寝かせて、マスクをつけ直し、ASVを再開する。

 それで、当の夫はというと、馴れてきたら、このASVを使うことを嫌がったりはしない。
 「これつけて寝る?」と訊くと、「うん。あった方がいい」と言うから、当人としてもASVをつけて寝た方が快適なのだと思う。

 ただ、花粉が飛ぶ季節や、風邪を引いて鼻が詰まっている時などは、夫は苦しくなってマスクをつけ続けることができず、自分で外してしまう。けれども、そうすると、やはり無呼吸が出て、眠りが浅くなり、ほとんど眠れていない状態が続き、翌朝は体調不良となる。だから、できるだけASVを装着したい。鼻が詰まっている時は、市販の鼻の通りをよくするスプレーを使ったり、しばらく時間を置いて、夫の眠りが深くなった様子が見られた時に素早くマスクを装着すると、うまく行く。

 夫にはREM睡眠行動障害もあり、REM睡眠時は手足をバタバタさせたり、うなされて寝言を言ったり、悪夢を見たりする。こうした時には、顔にぴったり装着されているASVのマスクが、さらなる妄想を誘発することがある。けれども、REM睡眠時に多くの無呼吸が発生するものなので、外していまうとデメリットが大きく、何だか三重苦状態で、不憫だな~と思う。

 そんなこんなで治療を再開してからは、ASVを使わなかったのは、我が家の猫がチューブをかんで穴を開けてしまった時の一日だけで(以降、予備のチューブを必ず備えている)、旅行の時にも必ずこの重くてデカイASVを持って行く。
 私たちは車を持っていないので、旅行に行く時は、夫の車椅子、このASV機器セット、それに旅行の荷物と全部私が抱えて持って行かねばならず、正直言って、とても大変。
 ASV機器がもっとポータブル性のあるコンパクトなものになってくれることを要望している(CPAPよりASVの方が一回りも大きく重い)が、ASVはCPAPに比べて利用者が多くないためか、より小型の機器が開発製造されたという話はちっとも聞かない。
 昨年、2014(平成26)年から、訪問診療契約に切り替えた時に、睡眠時無呼吸症候群も併せて在宅クリニックで診てもらうようになり、毎月1回の通院の負担が減った。

 「認知症ネット」のホームページに次のような記事が掲載されていた。

 不自然にいびきがうるさい人や睡眠時に呼吸が不規則になる人は、早い時期に記憶障害や思考の衰退を引き起こすリスクが高いという研究結果が発表された。
「ADNI: the Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative( アルツハイマー病脳画像先導的研究)」グループの調査・研究によるもので、2015年4月15日、米国神経学会(AAN)の機関誌「Neurology(ニューロロジー)」にオンライン版で掲載された。
 ・・・・
 これらの結果から、睡眠時呼吸障害についてCPAPの治療をおこなった場合は、軽度認知障害あるいはアルツハイマー病の発症を数年から10年は遅らせることができることが示唆されたというわけだ。

  https://info.ninchisho.net/archives/4089

 ああ、夫の無呼吸症候群は、夫のアルツハイマー病が発症するのを10年早めたのだなあ~。
 低酸素に弱い海馬を守るためにも、睡眠時無呼吸症候群の治療はできるだけやった方がいい。
 ただ、認知症の人の睡眠時無呼吸症候群の治療には、介護者側のかなりの努力が必要です。 大変です。

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REM睡眠行動障害と認知症

 行けぇ~!!
    撃てぇ~!!
     進めぇ~!!!

 寝ていた夫がASV(中枢性無呼吸を防止する機器) の
マスクのベルトをベリッと外す音に、ハッと気づいて目を開けると
夫は布団の上に立ち上がり、暗い部屋の隅を指さしながら叫んだ。
 「これはいかん! 起こさねば」と電灯を点けて明るくする。
 夫の肩をポンポンと叩きながら、

 どうしたの? 夢見てるん?

 夫は、我に返えったように、私の顔を見ながら、

 うん・・・

 どんな夢を見ていたの?

 ボクが、「撃て!」と指図したのに、ボクの隣の奴の銃から弾が発射されないんで、隣を見たら、そいつは銃を構えたまま、撃たれて死んでいたんだ。

 夫は、終戦時14歳で、戦争に行ったことはない。
 それでもこんなリアルな夢を見るんだ。
 尋常小学校1年生用修身教科書に載せられていた「キグチコヘイ」(日清戦争の戦闘中、木口小平という兵士が突撃ラッパを吹いていた最中に被弾したが、絶命した後もラッパを口から離していなかったという話)を思い出しました。

 キグチコヘイ ハ テキノ タマ ニ アタリマシタ ガ、
 シンデモ ラツパ ヲ クチ カラ ハナシマセンデシタ。


 悪夢にうなされていることも多い。

 誰だ! ●%×#△&■ !!

 う~ん、う~ん、%&’%#”#&%


 あまり、うなされている様子がひどい場合は、電灯を点けて明るくし、そっと揺り起こすようにしています(強く揺さぶったりして起こすと、敵からの攻撃だと思って、興奮して反撃されるおそれがあるので要注意です)。

 こうしたREM睡眠行動障害を起こすのは、一般的にレビー小体病(レビー小体型型認知症)・パーキンソン病系だと言われていますね。
 夫は一応アルツハイマー型認知症だと診断されていますが、レビー小体型を疑うようなREM睡眠行動障害とか、また、ありありとした幻視(感染症に罹患し体調が悪いときに2回ほど。その時だけ。また、体調悪化時に現れるかも)、それから歩行障害(室内ではまあ歩けているが、戸外だと歩けない。歩いているいるうちに前のめりになってきて体勢を立て直せない)、狭いところに足を運びにくい等がある。他方で安静時の手の振戦なし、肘の歯車様筋固縮や鉛管様筋固縮、最初だけ抵抗(ファーストリジッド)等はなし。身体は、少しだけ傾くかな? そのため昨年、一応鑑別診断のため、MIBG心筋シンチグラフィ検査をやってもらったのだが、パーキンソン・レビーは否定的という結果だった。でも、ありありとした幻視が見えたのは今年に入ってからだから、検査以降に病態が変化したのかもしれない。
 コウノメソッドの河野和彦先生は、「アルツハイマーのレビー化」という仮説を立てている。すなわち、アルツハイマー型認知症の脳内老人斑がレビー小体に封入されてレビー小体型認知症の症状が加わってくるというものである。夫もアルツハイマーで始まり、レビー化進行中なのかもしれない。

★REM睡眠行動障害に対して夫が現在使っている薬 
 現在は寝る前に、ツムラの抑肝散1包。
 抑肝散は、まあまあ、効いているような気がする。うなされ方がひどかった時に、起こして、抑肝散を飲ませてから再び寝かせたら、すっーと静かに眠れたことがあった。以来、毎晩寝る前に飲んでいる。時にあまりにひどいうなされ方をする場合はもう1包頓用で飲ませることにしているが、今まで頓用が必要だったのは2回ぐらい。
 あとは直接、REM睡眠行動障害に対してということではないが、寝付きをよくするためにロゼレム錠8mg1錠。

★かつて試して、止めた薬 
 ニュープロパッチ2.25mg (貼り薬)
 この薬はパーキンソン病やレストレスレッグス症候群のための貼り薬です。
 2014年4月、夫がだんだん歩けなくなってきた時に、アルツハイマーのレビー化?ドーパミン不足?かという疑いがあったこと、それに夜中に手足のバタバタさせる、悪夢を見る等のREM睡眠行動障害が見られたので、これらの症状に対する効果を期待したものです。
 貼り薬だし、最低量から開始したので作用が穏やかだろうと思ったのですが、使用開始から5日ほどすると傾眠がひどくなり、食事中、コーヒーカップを手に持ったまま、珈琲がこぼれているのも気づかないまま眠ってしまう等の症状が出る。日中も眠気のため認知機能も低下しているように思えた。そうこうしているうちに、室内で転倒。転んだ時にも手に持ったコーヒーカップを離していなかったことが、何だか不思議に思えた。(普通、転ぶ時には、手にしていたコーヒーカップは落としてしまうように思う。寝入ってしまった時にもコーヒーカップを落とさず掴んだままだったこと等、一種の前頭葉徴候なのか?)
 この転倒で臀部に大きな筋肉内血腫(心臓病の関係でエリキュースという血液が固まりにくくなる薬を飲んでいたことが大きな血腫を生むことになったようだ)ができ、腰椎圧迫骨折で起き上がれなくなり、これ以降一気に認知症が進行した。
 もちろん、ニュープロパッチは、転倒後、すぐに中止した。傾眠が見られたときに、副作用を疑って、すぐに中止すべきだったと思う。
 パーキンソン病治療薬のニュープロパッチが合わなかったということは、夫の症状は、パーキンソン病やレビー小体型認知症から来るものではないと考える要素になるかと思う。

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認知症の中核薬について(夫の場合)

 記憶、判断力、見当識等に障害が出る認知症の本質的な症状に対する薬としてはアリセプト、リバスタッチ、レミニール、メマリー(それぞれの薬剤の代表的な商品名)がある。最初の3つは基本的な作用機序が同じなので併用できないことになっており、メマリーは併用ができるというもの。
 夫がアルツハイマーと診断を受けた後、現在までの中核薬の使用については、次のような経過を辿ってきている。

★アリセプト
 まず、2005年終わり頃から、T病院にてアリセプト3mgを2週間。
 その後、アリセプト5mgに増量。
 アリセプトを初めて飲んだ時、確かに効いているような気がした。
 それは家族にのみ判るような微妙なものだったが、確かに「良い」と感じるものがあった。しかし、そのうち、効いているのか効いていないのか分からないような状態が続いたが、だからと言って止めれば、「後退する」と思われたので、そのまましばらく5mgで継続。2006年からJ病院へ転院していた。

 2007年12月にアリセプト10mg販売開始との情報あり。10mgは重度のアルツハイマーの患者向けとのことだった。夫はまだ「重度」にはあたらないと思ったが、定期診察の折に、主治医に「アリセプト10mgが出されたようなので、試してみたい」と相談。主治医の方も同様に思っていたとのことで、10mg開始。

 1週間ほど10mg服用が続いた頃、ケアマネージャーから、夫がデイサービス中、スタッフの指に噛みついて、怪我をさせたけど、家での様子はどうか?という電話が入った。

 え~っ、指に噛みついた? えぇ、信じられない。本当ですか? 
 家ではそんなこと全くありませんよ。


 そうですよねぇ。いつも穏やかな方ですよねぇ。どうしたんでしょうねぇ。

幸い、スタッフの怪我はたいしたことはなかったが・・・

 その数日後だったか、夫の後輩が亡くなり、告別式に夫とともに参列した帰り、参列した友人知人たちと、近くのファミリーレストランでお茶をしていた。突然、夫が立ち上がって怒り出し、今しがたまで話をしていた相手の手を掴んで、その指に噛みつこうとした。そばにいた人たちが慌てて止めて、二人を引き離して事なきを得たが、誰が見ても尋常ではない。怒り出すまではまだしも、噛みつこうとするとは・・・

 夫の認知症がこんなにも進んでしまった・・・

 と悲しくなったが、以前に朝田隆先生(筑波大学教授)が認知症についての講演会で、アリセプトを服用することで興奮性が増すことがあると話していたことを思い出し、もしかしてアリセプトを10mgにしたことによる影響かもしれないと思った。

 主治医に、上記の出来事を話し、陽性症状を抑えるために「抑肝散を試してみてはどうでしょうか?」と持ちかけてみると、「そうしましょう」と。
 ツムラの抑肝散を朝昼晩1包ずつを処方してもらう。

 ところが、この抑肝散を朝昼晩と飲み始めた頃から、夫の血圧が急に上がりだした。
 もともと高血圧があり、ラクナ脳梗塞の再発予防のためにも降圧薬を飲んで安定していたのに。
 調べてみると、抑肝散の配合生薬のうち甘草には血圧を上げる作用があるから、このせいではないかと思われたので、主治医に伝えた。

 血圧が急に上がり出したのは、抑肝散のせいではないでしょうか?

 それほど多くの甘草が含まれているわけではないから、抑肝散のせいではないと思いますよ。

 う~ん、けれども、10mgに増やした結果、興奮性が増し、その興奮を抑えるために更に他の薬を使うというのも、何か違うかな~と思うので、アリセプトの量を5mgに戻したいのですが・・・

 わかりました。5mgに戻しましょう。

 しばらく、アリセプトを休んでから(wash-outするために)、アリセプトを5mgに戻したところ、もとの穏やかな夫に戻った。

 脳に作用する薬というのは、これほどの影響があるものなのだ。人格が変わってしまったかと思うほどの作用(効き目)があるのだ。
 でも、こうしたことを知らないまま、医師から処方された薬を飲み続けて、「認知症が進んでしまった」と悲しみ、あきらめている人も多いのではないかと思った。

★メマリー
 2011年1月、メマリー(メマンチン)の製造承認が下りた。
 このメマンチンという薬を、私たちは海外から個人輸入で(エビクサという商品名)購入して服用していたことがある。
自己責任で服用するので、通常量よりも半量だけにしようと考えて、少ない量を飲んでいた。
半量飲んでいて、効果があるかないかはよくわからないまま推移していた。
しかし、日本で製造承認が下りたのなら、是非、服用したい。
ところが、この年3月11日の東日本大震災の影響で、製薬会社の第一三共株式会社の工場が被災したため、販売開始が遅れ、6月になったのを記憶している。
 こうして待ちに待ったメマリーであったが、飲み始めたその日から傾眠。 とにかく眠くなる。
用量を増やす規定があったが、とても増やせそうにないので、最初の用量のまま、しばらく続けたが、眠くなる。
 興奮性のある人には、もしかしたら、おとなしくなって良い・・・とかあるかもしれないが、こう眠くなってしまうのでは、夫の生活の質が良くなったとは言えない。
 メマンチンは夫には合わない。
 主治医は、「個人輸入している時には問題なく飲めていたのでしょう?」と言うが、半量だったからか?
 ともかく、メマンチンの服用は止めることにした。

★歩行障害の出現→リバスッタチへ
 その後、2013年冬までの約6年弱の間、アリセプト5mgで夫の状態は落ち着いていた。もちろん記憶障害は徐々に悪化していったが、平穏に暮らすことができていた。
 2013年冬頃から、夫は、外で歩いているうちに、急に歩けなくなることが出始めた。家を出る時は普通に歩いていたのだが、しばらくすると足が動かなくなる。というか、無理に手を引っぱって歩かそうとすると、だんだん小股になって前のめりに転びそうになる。そこで歩行を止めても、今度は、身体だけが(慣性の法則?)で、前に行こうとして、つんのめりそうになるので、夫の身体が倒れないように押さえておくことがとても大変になった。こんな状態では外が歩けない。
 主治医に「歩けなくなった」と伝えると、「じゃあ、ちょっと歩いてみましょう」と診察室で歩かせると、まあまあ、手を振って、普通に、歩ける・・・ようだ。

 歩けますね~。

 いや、歩けないのです。室内では歩けても、外では歩けないのです。
 それで、アリセプト5mgをリバスタッチに変更したらどうかと思うのですが・・・


 コウノメソッドの河野先生の「認知症ブログ」等を読むと、リバスタッチには歩行改善の効果もあるようだったからだ。夫の主治医はどう考えてのことだったかはわからないが、ともかくリバスタッチに変更してくれた。

★見当識障害の進行(自分の家がわからなくなる)、妄想 → 徘徊へ
 その後、別のコウノメソッド実践医のもとで、歩行障害を改善できないか(併せてREM睡眠行動障害の改善も)とニュープロパッチを追加で処方してもらった(ニュープロパッチは中核薬ではありませんが、経緯を語る上で書いておく必要があるので)。
 ところが、ニュープロパッチの副作用で、傾眠の末、転倒。臀部の筋肉内血腫と圧迫骨折で、夫の日常生活の質が著しく後退した。
 激しい痛みは夫の認知機能をぐっと低下させた。
 あるいは、認知機能が低下したが故に歩行困難になり、転倒しやすくなっていたのかもしれないが、傾眠状態は、間違いなくニュープロパッチの副作用だった。ニュープロパッチは止めた。

 この認知機能の低下で最も困ったのが、場所についての見当識障害がひどくなったことだった。「いつ?」という見当識障害は当初からあった。場所の見当識もそれなりにあったが、それでも自分の家はわかっていた。ところが、この頃から、自分の家にいても、病院だと思ったり、どこか旅先の宿だと思ったり、とにかく自分の家ではない別のところだと思うようになった。

 今日はここに泊まるの?

 ここはあなたの家だよ。毎日ここで暮らしているんだよ。

 明日の朝、また来ますね。

 アハハハ、冗談言わないで~。ここはあなたの家なんだからぁ。

 エヘヘ、そうだったけぇ? ゴメン、ゴメン。

 記憶障害が相当に進んだことによって、いろいろな妄想が出てくるようになった。

 ところで、リバスタッチにも増量規定がある。
 9mgまではどうにか。13.5mgぐらいから怪しくなってきた。
 18mgになると、「人に呼ばれているので、出掛けないといけない」というような妄想によって、外に出掛けて行こうとする、家の中で何かの作業をしようとして(きちんとした仕事はできないのだけれども)ウロウロ、ウロウロするという症状が強く出るようになった。

 おそらくリバスタッチも効くのだと思う。
 薬が効くから「何かをしなければ、ならない」と夫は思うのだ。
 でも・・・残念ながら、何をどうしたらよいのかが、わからない。
 正しく認識して判断をするための、外界からの情報を入力して保持する記憶力がないため、夫は自分の頭の中に浮かぶこと(妄想)に基づいて一所懸命に行動しようとする。
 どうも、リバスタッチを止めたほうが、この妄想に基づいて行動しようとするのが緩和されるみたいだ。
 一人で外に出て行ってしまうようなことがない・・・ようだ。
 私としては、どうしても「少しでも記憶がよくならないか。もう少し集中力が出ないか」と期待してしまうのだが、リバスタッチを貼っても(他の中核薬であっても)「記憶がよくなることはない!」
 結局、リバスッタチを止めた。
 つまり、現在はアルツハイマーの中核薬は服用していない。
 でも、夫が、ちょっとした日常生活の今までできていたことが、できなくなっているのを見るたびに、リバスタッチ・・・もっと低用量なら効果があるかも・・・とあきらめきれない思いもある。
 しかし、低用量のままで処方し続けてもらうことができないのならば、ムリ・・・
 製薬会社は、増量規定によって、その薬が使えなくなる患者がいることを知っているのかな? かえって自らの首を絞めてはいないだろうか?

 逡巡し、今日また、4.5mg分のリバスタッチを貼ってみた。
 そうしたら、てきめん!! 
 頻尿! 夜中の頻尿・・・ジャージャー洩れる
 やっぱり、ダメか。
 それともたまたま体調の悪化時にあたっているだけなのか・・・?
 ともかく、夜中のトイレ介助中、夫の背中に貼ったリバスタッチをはがした。
 ゴメンネ 私が欲を出したからいけなかった

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歩行障害と認知症

 認知症になるといずれ歩けなくなると言われているが、皆さん、どのようにして歩けなくなっているのだろう?
 夫もまた今歩行障害が出てきており、自宅室内は何とか歩いているのだが(階段は両側手すりにつかまりながら、足でというよりは腕の力で歩いている)、外出時は車椅子が不可欠になっている。

 私はよく道行く他の高齢者の歩行を観察してみるのだが、夫のような歩き方の人には出会ったことがない。夫のような歩行の人は外を歩けないから、出会ったことがないだけなのだろうか。

 パーキンソン病(含むパーキンソン症候群)のような、ちょこちょこしたスリ足歩行とも違う。足腰膝等が痛むためにゆっくり歩いている人、麻痺があって足をひきずりながら歩いている人とも違う。

 どの人も、その足どりには、その人の意思が感じられるが、
夫の足取りには「意思が感じられない」。

 
 身体が前に動こうとするので、足は身体にひきずられるように、
身体に仕方なくついてきている・・・ような歩き方。


 そして、特徴的だと思うのは、
歩いている時に、まっすぐ前を見て歩けない。
とにかく、キョロキョロとあちこちに視線を動かし、
そのたびに頭が動くので、上体が不安定さを増す。


 夫と一緒に歩きながら、「足下を見ながら歩いてごらん」と言う。
 足下を見て歩かせると、歩幅が大きくなるのだ。
 ところが、足下を見るのは最初の1・2歩程度。
 たぶん、下を見ながら歩くように指示したことをすぐ忘れてしまうので、
何度も「足下を見ながら歩いてみて」と言うが、同じ事の繰り返しで、
すぐにまたキョロキョロし出してしまい、足の動きに意思が感じられない。
足が、身体に引きずられているだけ・・・というような動きになってしまう。

★「注意転導性の亢進」?
 外を歩いている時、夫の注意はめまぐるしくあちらこちらに動いていて、
ひとつところにとどまっていることができない。

 歩行時のことではないのだが、夫自身、

  何かを考えようとしても、すぐに別のことが頭に入ってきて、
どんどんくるくる入れ替わり立ち替わり入ってきて、まとまらない。
くるくる入れ変わってしまうのを止められない。
ボクは頭がおかしくなってる。


 と言っていた。普段からこんな心理状態なのだ。

 夫は、認知症のために、同時に2つのことに注意を向けて何かを行うことができない。
外界には多くの刺激がありすぎて、それら全部が夫の注意を引いてしまい、
しかもひとつのところに注意がとどまらないため、
足を動かすことに神経が行き届かないのではないか?
 普通は、足を動かして歩こうと思わなくても、歩きたいと思えば、
きちんと足は動いてくれるのだけれども、それができないのが
病気たる所以だ。

 まだ普通に歩けていた頃、ターミナル駅の人混みの中を歩いている時に、
目の前を早足で横切られたり、少しぶつかられただけでも、
驚いて?後方に転倒するということが何度かあった。

 そのためターミナル駅はできるだけ使わず、やむを得ない時は、
細心の注意を払って、夫の腕をしっかり掴んで歩くようにしていた。
今は車椅子でないとね。

★特徴的な手腕の動き 
 外を歩く時、私が手を組んで歩かず、一人で歩かせると、
何故か夫は、手腕をぐるぐるまわしながら歩く
 バランスをとろうとしているのか?
 もちろん、同時にあちらこちらに視線をキョロキョロさせながら・・・。
 そして、あちこちを指さすのだ
 (一度だけ、バスの中で、前に一人で座っていた人が、
夫がやるのと同じように、あちらこちらを指さしをする人がいて、
夫と同じ(病気の?)人がいると思った)。

★正常圧水頭症か?
 2013年の冬頃から、夫の歩行がおかしくなってきたのだが、
その頃から「尿失禁」が始まった。
 また、足どりは開脚歩行(ワイドベース)ですり足である。
 もしかしたら、正常圧水頭症なのではないかと思い、
MRIを撮って調べてもらったが、
水頭症にはなっていなかった。

 尿失禁は、当初は1ヶ月半程度経過後いったんよくなり、また、再び、
尿失禁が続く時があるというようなことを現在まで繰り返している。
 どうも尿失禁があるときは、軽い意識障害があるのかなと思われる。
そのような時は、認知機能も普段よりも低下しており、歩行状態も悪く、動作も遅い。

★小脳の一部欠損が影響?
 実は、夫は、小脳の一部が欠損している。たぶん、生まれつき。
最初にアルツハイマーと診断された時に指摘された。
 でも、「小脳が一部欠損していても特に問題ありません」と言われた。
実際、夫は、それまで普通に歩けていたし、その他の運動機能も正常だった。
 途中で欠損したのではなく、生まれつきのことなので、
小脳のその他の部分で、一生懸命に代償機能が働いて、
正常に動けていたのかもしれない。
 ところが、脳の萎縮が進み、小脳もそれなりに萎縮してきて、
代償機能をしていた部分の脳細胞がなくなってきたのかも??
 これは私の勝手な想像ですが・・・

★歩行障害に対する治療として現在やっていること
 週に1回、コウノメソッド実践医のところで、下記の点滴をしてもらっている。
   グルタチオン 2000mg
   シチコリン   500mg
   ソルコセリル    8ml
   ビタミンC   1000mg(?量不明)

 まあ、この点滴をしたからと言って、歩行がめざましく改善する
というようなことはないのだが、(もともと室内は、まあ、歩けるので)、
点滴を開始するとすぐに、夫の目つきが澄んで明るくなり、
本人も「気分がよい」と言う。
 意識障害があると歩行が悪くなるので、
いくらか改善されているのではないかと思う。

 他に、歩行障害に対応するところ薬として、
    サアミオン5mg 1錠×2/日

 サプリメントについては、
    フェルガードLAタブレット2錠×3回/日
    フェルガードB1包×3回/日

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一人で家に置いておけない

 2014年5月のある日、
夫は夕方4時半頃に小規模多機能居宅介護センターの
デイサービスから自宅まで送ってもらった。
 私はその日、役所の手続きに行き、
帰宅時刻が5時ぐらいになりそうだった。
 わずか30分ぐらいだから、大丈夫だろうと
思ったのが、甘かった。
 5時近くになり、家路を急いでいると、
自宅まであと70メートルといったところで、
鞄を肩にかけ帽子を被った夫が、
女性二人に囲まれて立っていた。
 女性の一人は携帯電話で何かを話している最中。

 あら~、どうしたの?

 夫が「あぁ」と、パッと嬉しそうな顔。

 ここの植え込みの中に倒れていたんです。

たまたま通りがかった女性二人が、
夫を助け起こしてくれたようです。

 ところが、夫の話がトンチンカン・・・というわけで、
110番通報されているところだったのです。

幸い夫は擦り傷程度の模様。

 ありがとうございます!!

 夫を連れて歩いて自宅まで行こうとしたが、
全然足が前に進まない。
 転んだというショックもあったかもしれない。
 心配そうに見ていた近所の人に、夫を頼んで、
急いで自宅に駆け戻り、車椅子を持ってきて、
夫を車椅子に乗せて帰りました。

 夕方になると、夫はいつも夕食の心配をします。
この日も近くのコンビニに夕食のおかずを買いに
出たようです。
 コンビニは坂を下りて、幹線道路を渡った先にあります。
 ついその1ヶ月ぐらいまでは一人でこのコンビニに
買いに出掛けていました。
 サンドイッチを何度も買ってきたりしてはいましたが、
まだ、一人で買い物に行って帰ってくることができるんだ~
と思っていました。
 しかし、この日を境に、
夫を一人で自宅に置いておけなくなりました。

 夕方になると、夫はいつも、そわそわ、夕飯の心配をし始めます。
 最近は今いるところが自宅であるという認識が薄く、
心の中にある家は50年前の実家なので、
家から出てしまうと、もう帰って来れないでしょう。

 不幸中の幸いというべきか、認知機能が低下し、
見当識障害が進むとともに、歩行障害が顕著になったので、
あまり遠くまでは一人で歩いていけないだろうと思います。

 それでも用心が必要です。
 妄想にとらわれている時は、普段は歩けなくても、
何かに憑かれたようにどんどん歩けてしまうことが
ありますからね。

 夫が利用している小規模多機能居宅サービスは、
送迎の時間や利用日時について、可能な限り柔軟に対応
してくれます。
 帰宅が予定外に遅くなりそうな時や急用がある時も、
延長保育(じゃなくて延長介護)や臨時の預かりも
やってくれるのです。
 今回のような時にも、送りの時間を4時半ではなく
5時以降の時間に変更することも可能でした。
 他の利用者さんも、一人暮らしの人や、
夫婦ふたりだけの人、ご家族が仕事に出ていて
日中独居という人が多いようです。
 いつも馴染んだところに、そのまま宿泊することも
できるのです。

 利用料は、デイサービスや訪問介護の利用回数に関わらず、
要介護度ごとの定額となっています。
 これに食費やおやつの実費、宿泊料は1泊3000円
かかります。
 夫の場合「要介護2」で、昨年までは私が仕事をしていた関係で
月~金まで毎日デイサービスを利用し、昼食とおやつを食べて、
月額3万3000円ぐらいでした。

 夫の見当識障害や妄想が激しくなり、いろいろ悩んだ末、
私が仕事を辞めて専業主婦?になってからは、
週1~2回の半日利用をしています。
 利用回数が少ないと、逆に割高になりますが、
私たちは二人家族ですから、万一、何かあった時に、
夫をみてもらえるという安心感には替えられません。

 短所だと思うところは、介護保険のサービスは全部この
小規模多機能で賄わなければならないことです。

 夫の場合、もう少し身体を動かす体操や筋トレ、
あるいは最近できた脳トレやゲーム等をやるような
デイサービスを利用したいと思うのですが、
小規模多機能居宅介護サービスを契約していると
これらを利用することはできません。

 ちなみに、昨年4月までは、「要支援2」で
1回1時間半ほどの筋トレを週2回利用していました。
この筋トレは結構良いもので、夫はかなり長く
5年近く利用していたのです。

 昨年5月に転倒して、「要介護2」になってから、
小規模多機能居宅介護サービスに契約変更することになりました。

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尿失禁と妄想と・・・体調悪化の兆し

 昼食は、車椅子に夫を乗せて、近所の
お気に入りのカフェに行った。

 我が家の近隣は小さな坂が多く、カフェに行くためには、
坂をいちど下り、また、さらにだらだら長い坂を上っていく。

 途中、階段で下りるところでは、夫を車椅子から下ろして、
手すりをつかまりながら歩いて下らせ、
車椅子はサイドについている自転車等のための
スロープの上を転がして下ろす。

 スロープは勾配が急なので、車椅子に夫を乗せたまま
下ろそうとすると、後ろ向きに下りないと危ない。

 短い距離を後ろ向きに下りるのならまだしも、
結構な長いスロープなので、ここのところは夫に歩いてもらう。

 帰りは、この逆で、夫は再び車椅子から下りて、
階段を手すりにつかまりながらゆっくり上り、
私は、車椅子をスロープ上に転がして上がる。

 片道15分程度の距離だが、こうして帰宅すると、
夫はすっかり疲れきってしまっているので、
昼寝をさせる。

 夫は一度起きてきて、しばらくリビングに居たが、
また夕食前まで夕寝。

 暑い夏の寝室は、涼しい1階と決めている。
 (我が家は狭小住宅の3階建てで、冬の間は
暖かい3階で寝る。1階と3階の室温差は5度
ほどにもなる。)

 私は2階のリビング・キッチンでひと仕事。

 夕方になり、夫が起きてきて1階のトイレに
入った音がして、その後、2階のリビングに
上がってきた。

 私は夕食の準備中。
 夫は、調子が良い時は、台所の仕事を
手伝いたそうにのぞき込んでくる。
 そういう時は、野菜の切り方の見本を見せて、
切ってもらったり、
切った野菜を炒めてもらったり、
洗い物をしたりしてもらう。

 どの仕事も、きちんとはできないけれども、
夫は、自分のできる仕事をしたい、役に立ちたいと
いつも思っているので、できそうなことをやってもらう。

 ありがとう。助かったよ~

 と言うと、夫は照れくさそうに、

 そんなの、あたりまえだよ。
 男だから、女だからなんて関係ないんだからね。


 と、呼び鈴が鳴り、宅配便が届いたようだ。
 階段を下りて、1階の玄関へ・・・
 
 玄関のトイレ前の床に
 大きな水たまりが・・・!?


 げ~っ、おしっこ?? だよね・・・

 でも、とにかく先に宅配便を受け取らなくちゃ、

 玄関を開けて、宅配のサインの字もそこそこに、
雑巾・・・がないので、猫用のバスタオルを持ってきて、
吸い取る。

 もう、もう、もう~!!

 夫の寝起きのトイレはいつも気をつけないといけない。
寝起きは、身体が起きておらず、ボーッとしているから、
身体も素早く動かない。

 夜中のトイレを介助している時も、夫は、トイレの室内に
入る前に、ズボンをパンツを脱ぎ出してしまう。

 それを押しとどめて、トイレの室内に入れて、
便器の前で一回転させて、手すりを持たせて立たせ、
ズボンとパンツを脱がし、便座に座らせる。

 このズボンとパンツを脱がしているうち、
もうおしっこが始まってしまうこともある。

 まだ座ってもいない状態で始まってしまうから、
パンツやズボン、果てはトイレの床に
水まきしてしまうことになる。

 たぶん、今日は、こんなふうだ。
 トイレに起きて、トイレの室内に入る前に
ズボンとパンツを下ろしたところで、おしっこが開始。

 一応、トイレの室内には行き、便座を上げて、
おしっこをしたらしい(トイレの床にも小さい水たまり)。

 でも、もう、もう~!
 なんで便器の前に行ってから、
ズボンをおろさないんだよ~

 それに、こんな大きな水たまりをつくっておきながら、
何にも言わないでいるなんて・・・

 と思うけど、
 本人はきっと2階のリビングに上がってくるまでの
間に、これらの出来事をすっかり忘れてしまったのだ。

 だから、夫に文句を言ってみたところで、仕方がない。
 もし、文句を言えば、優しい夫は、
 
 ボクはダメになってしまった! ごめんなさい。
 ボクは悪いんだ・・・

 と、悲しそうな顔で言うのが分かっているから

 仕方がないね。やっぱり、昼寝や夕寝の時も、
トイレに起きた気配があったら、すばやく行って、
介助してやるのがお互いの平和のためだな。

 それにこのような尿失禁がある時は、たいてい
体調がよくない時だ。
 夕食の食欲は通常どおりだったけれども、
くしゃみを何度もして、鼻水を垂らしている。

 その上、夫は「ありがとうございます」を連発する等
丁寧語や敬語が多い話し方になっている。
 こういう時は、たいてい私が妻だと認識できていなくて、
ヘルパーにお世話されていると思っていたりするからなんだ。

 さて、夫の今日の妄想は・・・

 3階に病気の犬が居て、猫がね、看病しているよ!

 え~、犬なんかいないでしょう? 
 うちに居るのは猫だけだよ。


 いや、どこかからこっそり潜り込んできたらしい。

 じゃ、一緒に見に行こうか?

 夫と連れだって3階の部屋へ上がる。

 あれ~? 居ないなあ? おかしいなあ?
 
 失禁に妄想、眉間のしわに、敬語・丁寧語使いが、夫の体調悪化の兆しです。
 夫は、ちょっと熱があるみたい
 私も今日はちょっと喉が痛い。風邪をひいたかな?
 明日は、夫の幼なじみのガールフレンドが2人
我が家に遊びに来る日だ。
 楽しみにしてきたので、明朝、元気で起き上がれるといいな

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アワキビ

Author:アワキビ
夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

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