ミュシャ「原故郷のスラヴ民族」に見る顔の表情と同じ

夜2回目のトイレ(私が尿瓶で取る)に夫が起きた時に、
 目が赤くなっていたので、点眼薬(ガチフロ抗菌薬)を差した。
「右目に霧がかかっているようだ」と夫が言った。
はっきり「き・り」と指文字で表し、「ぼやけて見えない」という手話。

う~ん、霧視(むし)は、虹彩炎(ぶどう膜炎)の症状。
4日前に眼科受診した際に、
炎症はおさまっているが、眼圧が高いので、
 一日2回差していたステロイド目薬(リンベタ)を止めて、
 あらたに眼圧を下げる目薬を追加した。
 (デュオトラバ+エイゾプト懸濁性点眼薬)
今、夫が訴えている「霧視」は、
 ステロイド目薬を止めたため起きたのか?
 虹彩炎の再発?
 それとも、以前からの霧視が続いているだけか?
夫に「霧がかかったように見えるのは、いつから?」と
 訊いても、記憶障害重度だから、はっきりとは・・・
4日前の眼科の視力検査の時に、
 右目の視力は相変わらず回復していなくて、
 その時にも、「かすんで見える」(ぼやけて見えないという手話)
 ような表現のしかたをしていた。
その時点では「炎症はおさまっている」
 という医師の見立てだったのだが、
今、夫が「霧がかかったようだ」と言っているのは、
 4日前より程度がひどくなったという意味なのだろうか?

考えていたら、再度、寝られなくなって、このブログを書いている。

夫は耳が聞こえない。
目でもって、外界の様子を知り、
コミュニケーションをするのにも目だ。
目は耳の変わりなので、
 聞こえない人にとって目はすごく大事。
 夫の視力が悪化していくことが怖い。
 辛いなあ・・・

たまたま昨晩、夫の妹の一人に電話をした。
 その妹は夫より4歳年下だが、
 どうも目と足の症状が夫と似ている。
目は白内障に緑内障もある。
昨年その妹は一方の目の白内障の手術をした。
(もう片方の目は10年ぐらい前に白内障手術済み)
しかし、残念ながら、よく見えるようにはならなかった。
「手術した方の目は、ほとんど見えないような状態なの。
 この間、電柱にぶつかっちゃったのよ。」
・・・かなり見えないということね・・・
「足もねえ、なんだか歩けないのよ。
 お医者さんから、認知症だって言われているの。」
・・・でも、自分で認知症だって言えるのだから、
   認知症だったとしても、まだ、初期だと思う。
   記憶障害もあまり感じられない。
   レビー小体型認知症なのか?

耳の聞こえない人の中には、
視力障害も重複している人が結構いる。
夫の教え子の中にも、私が知っている範囲でも、
6人は数えられる。
それ以外でも、知り合いの盲ろう者は何人も居る。
耳が聞こえないということがベースにあって、
 後に目が見えなくなった人のコミュニケーション手段は、
 触手話(相手の手話を、触って、理解する)を使うことが多い。
私が知り合ったような盲ろう者は、
 聞こえない上に、目も見えなくなったという衝撃を乗り越えて、
 果敢に社会に出てきた人たちだ。
 (そういう人たちも自宅に引きこもっていたような時期があった。)
そうやって、果敢に生きている人たちをたくさん知っている。
でも、でも・・・
認知症の夫が、耳が聞こえない上に、目も見えなくなったら・・・
 触手話のような、高度な技術を使いこなすのはムリだろう。

昨日の夫。
夕方4時頃から、またいつものように、
「じゃあ、これから行ってきます。また会いましょう!」
と言う。
 え~、外は、冷たい風が吹いているのに~
 あぁ、もう、嫌だなあ・・・と思いつつ、
 ここでいくら説得したところで、私の怒りが増すだけだ。
 覚悟を決めて、夫を連れて、外へ出ることにする。
外は寒いので、介護用ズボンを脱がせ、
ももしきをはかせ、外用のズボンをはかせ、ダウンを着せて、
両手にウォーキングポールを持たせて、出発!

体力をつけるために歩いていると思えばいいよね。
ちょっと、寒いけど・・・

夫は、歩いている途中、両手のポールを見て、空を見上げて
「青空だから、これ(ポール)は要らないんじゃない?」と。
「これはね、雨傘ではないの。杖なんだから持っていてね。」
ウォーキングポール、当初夫は、うまく使えなかった。
両手に持っても、地面につけず、ぶらぶら振り回していた。
でも、あきらめずに、根気よく持たせて歩くようにしていたら、
最近は少し使えるようになってきた。
ポールを持っていた方が、歩行介助も楽なのだ。
私が夫の腕を持って歩くと、どうしても、
夫が私の方に寄りかかってきて、自分で歩かなくなってしまう。
ポールを持たせて、夫に自分のペースで歩かせながら、
 それでも、突然ふらついて転びそうになるので、
 後ろから、夫の上着の裾を、動きの邪魔にならないように、
 そっと持って歩いている。
こうすると、突然、ふらついても、こけても、
 押さえておける。
仮に転んでしまっても、身体のどこかを持っていれば、
 地面にもろに強打することはないので、大事には至らない。

家の周りを20分ほどゆっくりぐるっと回って
家に帰ってきた。

そのまま疲れて居眠りをするかと思いきや、
昨日は、目をぱっちりと開いたまま、
「おかしい、おかしい」と連発している。

「おかしいな、消えちゃった。いなくなっちゃった。
 さっきまで警察官や消防士がいっぱい居たのに。」

「おかしいな、おかしい・・・
 いなくなっちゃった。さぁ~っと、消えちゃったよ。
 狐がわあ~っと2・30匹、僕の方に寄ってきていたのに、
 いなくなっちゃった。」

 「僕のところに人が来て、メガホンみたいので、
  「お~い、こいつだぁ! こいつだよ」と叫んだんで、
  周りの人がみんないっせいに僕のことを見たよ。
  「こいつが鶏を盗んだんだ」って。
  警察につかまって、拘束されているの。」

 「おかしいなあ、おかしいなあ。
  僕、右も左も、前も後ろも、
  なんだかまったく、わけがわからない・・・」

そう言う時の夫の顔、表情・・・
この表情は、
 アルフォンス・ミュシャのスラヴ叙事詩
「原故郷のスラヴ民族」
この絵の中で
異民族に追われて、隠れている女性が
こちらをじっと見つめている。
その恐怖と困惑が入り交じったように
大きく見開いた目は、
混乱している時の夫の表情に、そっくりなのだ。

現在、ミュシャ展 国立新美術館で公開中。

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猫の様子と、夫の眼科受診

ご心配おかけしている猫のミルクの様子ですが、
今日はいつもどおりに過ごしていたように思います。
いやいや、気のせいか、いつもよりちょっと、
甘えた声で鳴くことが多かったようなのが、
気になります。
猫って、すごく我慢強い動物なので、
かなり痛くても、走ったり、飛び上がったりしますから。

ミルクは麻痺を起こしたのではないようです。
獣医が言うには、脳梗塞のような麻痺の場合、
そもそも足が上にあがるということがなく、
ダランとなってしまうのだと。
私が見た時のミルクは、突然、片足を曲げて、
ヨタヨタと倒れ込みながら歩いていたので、
私がびっくりして抱きかかえたのです。
ミルクは自分の身体の異常に驚いてパニックになり、
ひげが逆立って、
ホオ~ンというようなヘンな鳴き声をあげていました。

人間のてんかんに、
重積発作もあれば、複雑部分発作のような軽度のものがあるように、
猫のてんかんにも、軽い発作があると考えると、
そういう感じに近いかなあ?と思います。

人間の場合の脳虚血発作のようなものだったら、
やはり足は、一時的にでも、動かなくなると思う。
ところが、ミルクの場合は、片足を曲げるようにして上げ、
ひょこひょこ、ヨタヨタと異常な感じで「動いていた」ので、
脳虚血発作とは違うかなと思う。

動物病院へ到着した時には、既に回復していて、
そのような症状はなくなっていたので、
今のところ原因はわからないまま。
注意深く様子を見て、同じような症状が現れたら
今度は動画を撮って、獣医師に見せなければ・・・

あとは血液検査の結果に、何か異常が見つかれば、
そこから詳しく調べていくことになろうかと思います。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

さて、昨日は、動物病院へ行く前は、
夫の眼科受診のため大学病院へ行っていた。

夫はついに視野検査(動的視野)をうまくできなくなった。
暗い部屋で検査をすることは大丈夫なのですが、
「真ん中にあいている小さな穴を見つめたまま」、
動いている光が見えたら、ボタンを押す・・・
という検査。

「光が見えたら、ボタンを押す」と言うことは、
まあ、わかっているよう。
(時々、光が見えなくても、ボタンを押していたが、
たぶん、幻視? 光が見えるような気がして押していた?
これもまた問題ではあるけれども・・・)
問題は、
「真ん中の穴をまっすぐに見たまま、
視線をきょろきょろあちこちに動かしてはいけない」
という指示が、実行できないことです。

真ん中の穴をまっすぐに見たままにするという指示を、
重度記憶障害のために、すぐに忘れてしまっても、
視線を動かそうとしたら即座に、
「真ん中の穴だけを見ていて!」
と言って、従わせることができるかもしれない。
 (言葉の意味を理解できなくなる意味性認知症だと、
  それはそれで困難だが・・・)
夫の場合は、耳が聞こえないので、
視野検査の機械からいったん顔をはずして、
手話で指示をしなければならない。
夫は、言葉の意味はその場で理解できるけれども、
重度記憶障害のため(最近は3秒も持たない感じ)、
顔を視野検査の機械に戻した時には、
既に手話で指示したことをすっかり忘れて、
元の木阿弥。

そんなわけで、視野検査がついにできなくなった。

視力検査のほうは、
C という形に切り抜いた段ボールを手に持たされて、
視力検査表と同じ形に、
輪っかがあいている位置をくるくるまわすという方法で、
なんとかできている。

けれども、乱視を矯正するレンズを入れて、
「1番のレンズと、2番のレンズとどちらがはっきり見やすいですか?」
という質問には、ここでも重度記憶障害が邪魔して、
1番のレンズを外した途端にその見え方を忘れてしまうから、
2番のレンズを入れられても、
2つのレンズの見え方を比較して答える、
なんて言うことはできない。

昨年、虹彩炎(ぶどう膜炎)を起こした右目の視力が大幅に落ちた。
現在は、右目の炎症は治まっているが、視力は回復していない。
夫が言うには、「ぼや~っとしていてよく見えない。」
霧がかかったようになっているという意味なのか?

虹彩炎でも、霧がかかったように見えるのだが、
右目は白内障のにごりもだいぶあるので、
そのせいかもしれないと眼科医は言う。

また、今回は、左目の眼圧は15だったけれども、
右目の眼圧が23とずいぶん高かった。
眼圧が高い状態が続くと、視神経を傷めて、
視野がどんどん欠けてしまう。
夫は既に真ん中あたりしか見えないようなので、
これ以上、視野が欠けてしまわないように
眼圧は低く下げておかなければならない。

眼圧が高いのは、ステロイド目薬の副作用かもしれない。
虹彩炎を起こしていた右目だけに、
この3~4ヶ月の間、ステロイド目薬をさしてきたのだ。
とりあえず、ステロイド目薬は止めて、
現在も両目に眼圧を下げる目薬はしているが、
さらに右目だけに眼圧を下げる違う種類の目薬を追加することに。

これで眼圧が下がらなかったら、
白内障でレンズが堅くなってしまい、
眼圧があがっている可能性を考えねばならない。
そうなると、白内障手術の必要性が現実味を帯びてくる。
とりあえずは、1ヶ月後に再診ということになった。

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猫のてんかん様発作か?

今晩は玄米を炊こう。
圧力鍋を火にかけ、お湯が沸いてきたところで、玄米を投入。
それからふたをしておもりを乗せ、おもりがシュンシュン動き始めたら、15分間タイマーをセットする・・はずだった。

テーブルの上で、ガタン!という音がしたので、振り返ってみると、
テーブルの上で、猫のミルクが
片足をへんにバタバタと上げながら、踊るかのように、よろけている!
?? 脳梗塞? けいれん? てんかん発作?

ホオ~~ン

ミルクも自分で自分の身体の様子がヘンだと感じているようで、普通でない声を上げている。
吐くのかも?
そばにいって、ミルクの身体をそっと抱きしめて、おさまるのを待つ。
吐きはしなかったけれども、ホオ~ン、ホオ~ンと鳴き声を上げている。
しばらく抱いていて、腕を緩めたら、ミルクが腕から抜け出して、ヨロヨロ歩いた。
少し足をひきずっているようだったけれども、当初はあきらかに足が麻痺しているような状態だったのに比べるとマシになっている。
その後、ぴょんと、いつものミルクの定位置のレンジの上(エアコンの真下)に飛び乗った。
飛び乗れた! でも、ミルクはまだちょっとパニックを起こしているような・・・

え~と、これは、何か大変な病気じゃないか?
ネットで検索。
猫の肥大型心筋症とか(あ、夫と同じ病気)で、血栓が飛んで足の血管などに詰まって、麻痺が出ることがある・・・とか。その場合、早い処置が必要だと・・・

かかりつけの動物病院は明日水曜日が定休日だ。
今、夜6時を回ったところ。
夫を、どうしよう。こんな時間からでは、小規模多機能にも頼めない。
タクシーで、ミルク猫と夫を動物病院まで一緒に連れて行くしかない。

動物病院の診療時間は午後7時までだ。
電話をすると、すぐに来てくださいと。
電話でタクシーを呼び、
「今からミルクを連れて動物病院へ行くから、一緒に来てね」と言って、夫に上着を羽織らせる。
介護用ズボン(ジャージー)を履いているけど、もう夜だし、タクシーで往復するから、そのままでいい。
夫は、夕方で、眠くなっているのか、ぼんやりして、反応が悪いけれども、何とか立たせて、上着を着せた。
歩行障害でふらふらしている夫を片手に、猫バスケットをもう片手に歩くのは、危険すぎる。
ミルクは、猫用の網袋(洗濯ネットみたいなもの)に入れてから、リュックサックで背負う。
ミルク愛用の毛布をリュックサックの中に入れてやる。

玄米の圧力鍋は、しかたがないから、調理を中断して火を消した。

アオン、アオン大声で鳴いているミルクの声に、モカ猫がびっくりして、一緒に玄関まで出てきて、
「どうした? どうした? どうした?」と同じ大声で鳴く。

動物病院の前でタクシーを降り、夜間で目が利かない上に、雨降りで、ますますヨロヨロになっている夫の腕をかかえて支えながら、背中にアオン、アオン鳴くミルクを背負い、院内に入る。

病院に着いた時には、ミルクの足に麻痺は見られなかった。
麻痺が出ていると、足が床に付かないそうだが、ちゃんと足は床につけられる。
触診した範囲では関節や骨に異常は見られず、骨折などはないと思われる。
「ここが異常と特定できるようなところがあれば、レントゲン検査をしますが・・・
あるいは、念のため全身のレントゲンを撮るか、ですが・・・」

あとは、心臓とか、腎臓とか、内科的な原因があるかどうか・・・だ。
「内科的な問題は、まずは血液検査をして、調べることができます。入院して詳しく調べますか?」と訊かれたけれども、ミルク猫は、とても神経質で、病院に入院するとまったく餌を食べられなくなるし、半端ではないストレスがかかってしまうらしい。
「今日は採血をして血液検査だけお願いします。入院はせずに。」

医師と助手さんと私と3人がかりでミルクを押さえて(あっ、夫の採血の時もいつも3人がかり、猫と同じだわ~)後ろ足から採血。注射嫌いの夫の顔色を見ると、見ているのか、見ていないのか、微妙な表情をしている。夫の反応もあまりよくなく、おそらく妄想の世界の住人になっている最中。

原因がわからないので、今日は薬の処方はなく、血液検査結果が出る1週間後ぐらいに再診することに。もちろんそれ以前に再び異常が現れれば、すぐに受診をと。

診察と会計が終わって、アオンアオン鳴くミルクをリュックサックに、ヨロヨロの夫の腕をつかんで立たせて、タクシーを拾い、自宅まで帰ってきた。

夫には「ミルクの病院診察につきあってくれて、ありがとうね」と労いつつ、
ミルクをリュックとネットから外に出してやる。

ミルクは、私の顔を見ると「もう、ママなんて嫌いだぁ!」と言うように逃げていく。
(動けるようだね。)
「どうしたあ? 大丈夫だった?」と無邪気に近づいてきたモカにも、ミルクは「触らないでよ!」とばかりに、シャ~~、と八つ当たり。
ミルクはしばらく興奮して、うろうろ、うろうろしていた。

家に帰ってから、ネットで猫のてんかん発作の動画などを確認した。
う~ん、ちょっと似ているけれども、動画にあるような激しい発作ではなかった。
「てんかん発作」とは別に「てんかん様発作」というものもあるんだな。
今の段階では、はっきりとわからないけれども・・・
ミルク猫、現在、4.32kg。10歳になろうとするところ。
人間で言えば50歳ぐらいか?
いろいろ病気が出てくるお年頃。
心配です。

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「仲良く!」だって

今日は夫の家の菩提寺にお墓に参った。
自宅から菩提寺までは、私が夫を車椅子に乗せて押していけば40分ぐらいの距離のところを、今日は小規模多機能居宅介護サービスの車でお寺まで送ってもらった。
いつものお彼岸は、兄弟姉妹、各々でお参りをするのだが、今回は、夫の妹夫婦(内縁関係)とお寺で待ち合わせて一緒にお参りをすることにした。

以前もブログに書いたことだが、このお寺は谷の傾斜地に立っており、尾根にあるお寺から、階段をずっと下りて谷の底の方へ降りていかねばならない。
歩行困難で、平衡感覚が衰えている夫にとって、一部手すりのついていないところもある長い階段の登り下りや、江戸時代からの古い狭い墓の間を縫って、ぐらぐら動く飛び石の上を歩いて行くのは、難行苦行。
直線の上を歩けない(いわゆるタンデムゲイトができない)、歩幅もワイドベースの夫にとって、これくらいの幅の飛び石でも、その上に足を乗せて歩くのは難しく、左右にふらついてしまう。
狭いところを抜けるように歩こうとすると、夫の足はなかなか進まなくなり、両手を引いていても、今にも倒れ込みそうになる。
こうした歩き方はパーキンソン症候群様の歩き方だと思う。

墓地飛び石

やっとのことで、夫の両親、祖父母、そして昨年亡くなった弟が眠っているお墓にお参りすることができた。
その後、妹夫婦の車で近くのレストランへ行き、4人でランチ。
それから、我が家まで来てもらい、お茶を飲みながら、妹が住んでいる実家の家の名義変更の問題について話し合う。
この件について、1月に話をしてから、まったく進展していないことがわかった。
妹の内縁の夫は、「いつも確定申告を頼んでいる税理士が居て、今年もお願いしているんだから、この件についても頼めって言っているんだけど、ちっとも、この人がやらないんだよ」と言う。

・・・う~ん、それは、認知症の人に、一人でそれをやらせようっていうのが、そもそもムリなのだが、妹の内縁の夫は、まだ、妹が一人で、そういうことができると思っているんだなあ・・・

認知症と診断されたばかりの初期の頃は、家族としても、「今までできていたのだから、できるはず」と思いたくて、そういうことができなくなったということを認めたくない思いもあったりして、「なんでできないんだよ~。できるだろ~、これくらい」とイライラしてしまう。
それは私も同じだった。
今でも、できることに対する期待のレベルはとても低くなったと思うけれども、その低いなりのレベルで「これくらいはできて欲しい」と期待する気持ちがあるんだろうね。夫ができないことに、イライラして、まったく聞こえないのに、大きな声で(と手話で)「こうでしょ! ああ、もう、どうしてわかんないのかなあ! こう言っているでしょ!」と怒鳴りつけているのだ。

妹の娘さんにも、私から電話をして「あなたがメインで動いて進めていかないと、解決できないよ」と言っておいたのだけど、具体的には進められていないようだ。
税理士や弁護士など専門家にまずは相談しなければならないのだが、どこから、どう手をつけてよいのか、わからないのかもしれない。

とりあえずは、亡弟の相続税の申告をお願いしている税理士さんのところへ、亡弟の奥さんと妹と私も同行して、まずは名義書換に伴う税金関係のことを相談に行くことから始めることにした。

そんな話の風景を、夫は黙って見ている。
あるいは、まったくトンチンカンな関係のない自分の妄想話を言ってみたり・・・

妹夫婦が帰っていった後・・・
日が傾いてくると、夫は夕飯の支度が気になるようで、冷蔵庫を開けたり閉めたり、炊飯器を開けたり閉めたり。
そのたびに、
「ご飯は昨日の残りがあるから、それを温めて食べるの。おかずは、夜7時ぐらいに食べられるように、時間を見て、私がつくるから、任せてください。今、私は、他のことで取り込み中だから、座って待っててね。」
と言うのだが、すぐに忘れて、また炊飯器を開けたり、鍋を出してきたり、冷蔵庫を開けては洗った食器を突っ込んだり、あげく、コップに水を汲んで冷やご飯にかけようとしている寸前で発見し、夫の手にあったコップを取り押さえた。

「あ~、もう、もう! 何をしようというの? もう、余計なことしないでよ!
ちゃんとご飯の準備をするんだから! 今はまだ早いの! 
ちゃんと考えて、夜7時に食べられるように段取りを考えているんだから、何にもしないで!
座って待っててよ! 私に任せてって言っているでしょ!!!」

だって、夫のやりたいという気持ちはわかるけど、その気持ちはありがたいけれども、
夫に任せて一人でできることなんて、今はもうなんにもないんだもの。
夫に何かやってもらうためには、夫のそばについていて、手取り足取り全部一緒に見てやらなければならない。
そうすると、私が、今、やらなければならない他の諸々のことができなくなっちゃう。
だから、だから、イライラしてしまうのだ。

私がものすごい剣幕で怒っていたら、

「仲良く!」

って、声と手話とで、夫が叫んだ。

夫の思いが凝縮されている、そのたった一言を聞いて、我に返った。

こんなふうにケンカなんかしてないで、仲良くやろうよ。

夫は認知症ではあるけれども、いつも、いつも私なんかより、よっぽど上等な人間です。
私はいつも夫にはかなわないよ。

いつも私は謝ってばかり。

「ゴメンネ」

「いいんだよ。あなたは大事」

って、言ってくれた。
ちなみに、手話では、「大事」「大切」「愛」「可愛い」は同じ手話を使います。

私はいつも夫に支えられています。
ありがとう。

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介護者リフレッシュ等支援事業

昨日は、指名したヘルパーさんに自宅に来てもらいました。
このヘルパーさんは、夫と同様に耳が聞こえない人で、夫と手話で会話ができます。

小規模多機能居宅介護センターを利用する以前、夫が「要支援」の頃、約5年にわたり、自宅に来てもらって、夫と一緒に主に調理をしてもらっていました。でも、小規模多機能居宅介護サービスの利用を開始すると、他の事業所のサービスを受けられなくなるので、手話のできるヘルパーさんに定期的に来てもらえなくなったのが残念です。

でも、昨日は、私たちが住んでいる自治体がやっている独自事業
「認知症高齢者の介護者リフレッシュ等支援事業」
を利用して、手話のできるヘルパーさんに自宅を訪問してもらいました。

昨日は午後1時~5時まで合計4時間お願いしました。
午後1時~3時頃までは、私たち夫婦とヘルパーさんと3人でおしゃべり。
午後3時~5時までは、夫とヘルパーさんで夕食のシチューづくり。
私は、その間、猫のトイレの洗浄や自宅内の掃除などをしていました。

IMG_9909.jpg 

ヘルパーさんは、夫が調理に参加できるよう、丁寧に接してくれます。
私よりもずっと丁寧にやってくれます。
夫も、普段よりずっと頑張って、取り組んでくれました。

以前、ヘルパーさんが来て調理を一緒にやっていた頃は、ずっと立って調理作業をできたのですが、今はほとんど立ち続けていることがないので、途中でへばって、椅子に座り込んでしまいました。
いつも私と一緒にやる時は、甘くて、夫に座らせながら、やっていますからね~。
だいぶ疲れたようですが、たまには、こんなふうに頑張る時があってよいと思います。

ヘルパーさんが帰った後、夫はいつもの夕方のように、表情が硬くなり「今日、僕が泊まるところはどこなの?」と訊いてきました。
私自身が疲れている時、こうした夫からの問いに丁寧に応対するのが難しく、イライラしてしまいます。
けれども、今日はヘルパーさんと一緒に夕食の準備をほぼ終えてくれていたので、気持ちに余裕があるせいか、にっこり笑って応対できました。
私がにっこり笑っていると、夫も落ち着いてきます。
そう、そうだとわかっているのに、つい険しい顔になってしまう私なのです。

さて、この「認知症高齢者の介護者リフレッシュ等支援事業」の良いところは、「目的が自由」であるところです。
家事援助でも、身体介護でも、通院介助やお散歩の付き添い、見守り、話し相手(傾聴)、介護者自身の話し相手になってもらってもよいのですよ。
介護者がいない一人暮らしの方は、自分自身のために、たとえば、趣味の会に参加したいなあ~という時に同行してもらう等、自由に使えます。

対象者は、
65歳以上の在宅の方で、かつ、
要介護1以上の方 または 認知症高齢者の日常生活自立度がⅡ以上の方

となっているので、要介護認定がされている65歳以上の方であれば、認知症でなくても利用できるようです。

費用は、介護保険サービスの負担割合が1割の人は1時間あたり300円、2割の人は600円。
本人が住民税非課税の場合は無料となっています
1時間ごとにリフレッシュ券という形で、単年度に24枚交付され、年度をまたいでは利用できません。
利用時間は、午前9時~午後5時までで、一日最大6時間までとなっています。

今年度、私たちは、このリフレッシュ券を計画的に利用することできなくて、利用したい時にはヘルパーさんの都合があわず・・・で、だいぶ余らせてしまいました。
今回は、年度末の3月なので、駆け込みで利用になりました。
残りは3月中に、私が講座に参加する日と両親のための用事で実家に出向くときに利用しますが、それでも、まだ使い切れません。
来年度4月からは、私が趣味の講座に参加を申し込んでいるので、その日に合わせてヘルパーさんに来てもらように予定を組んで行きます。

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アワキビ

Author:アワキビ
夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

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