蛍の思い出

梅雨に入り、湿度が高い。
これからの季節、紙パンツ・パッド・オムツの中の不快指数も増すだろう。
辛いなあ・・・
布パンツにしたら?
でも、布パンツ単独では用を為さないので、パッドを併用することになる。
  布パンツ+パッド vs. 紙パンツ+パッド
どれだけ快適さに違いが出るのだろう?
あまり差はないように思えるけれども、やっぱり差があるかしら?
パッドをしていても、たま~にずれたりして、洩れることもあるので、その時、布パンツだとズボンまで染みだしてしまうからなぁ。やはり紙パンツ+パッドを選んでしまう。

それでも、四六時中、紙パンツにパッドをつけて暮らすのでは、お尻が可哀想 (´・_・`)。
せめてお風呂に入った後ぐらい、しばらく、涼しいお尻のままにしてあげたいじゃない・・・
仏心を出して、入浴後の着替えの際に、脱衣所でタオルを敷いた椅子にフルチン(え~、他に適当な言葉が見つからないので)のまま座らせて、のんびり着替えをしていたら・・・
  いきなり、ジョジョジョジョ~ と音が・・・
  水が、水が、水が~~ (。Д゚; 三 ;゚Д゚) 出ているよ~
きゃ~! バスタオルで押さえて、押さえて~!!

本人はいたって涼しい顔。
尿道括約筋が勝手に収縮したらしく?
まったく自覚がなかったようだ。

あぁ~ バスマット3枚に、バスタオルが・・・ ○| ̄|_
明日は雨だというのに、
これじゃ、洗濯して乾かないじゃない。
コインランドリー、うちから遠いんだよなぁ。

♪。゚o。(★・ω・)人(・ω・★)。o゚。♪。゚o。(★・ω・)人(・ω・★)。o゚。♪

今日は夫が通う小規模多機能のある建物の1階にある
地域交流室で書道教室が開かれた。
参加しているのは小規模多機能に通っている人、
同じ法人のグループホームと特養の入居者、
ご近所の方々、ボランティアの方々と各施設のスタッフ。

夫が書道教室に参加する時は、私も付添で参加する。
この日は、小規模多機能の昼食を私も一緒に食べる。
昼食は実費500円。
書道の後は、特養の厨房で焼いてくれるシフォンケーキと飲み物が出る。
こちらのほうは参加費100円+ケーキ珈琲代100円。
夫は小規模多機能のおやつがこれに振替になるので、参加費100円のみ。

さて、夫は最近はだんだん複雑な漢字が書けなくなったので、
書く題材は、ひらがな、または、画数の少ない漢字を選ぶようにしている。
前回の書道教室では、私が両親の用事で付き添わなかったら、
夫は書道の成果物を持ち帰って来なかった。
恐らく、一人では書けなかったのだろう。
一人でスイスイ書けるわけではないのだ。
一画、一画、書くところを指し示さないと、
どこを書いているのか分からなくなってしまうのだから。


今日は調子が良いほうだった。

IMG_0075.jpg 

でっかい元気の良い「蛍」が書けた。
名付けて ゲンキボタル!

10年ぐらい前に、夫と北海道を旅行した。
鶴居村でドサンコ馬にまたがって釧路湿原を走り、
夜はドサンコ牧場に泊まった。
闇夜に蛍がいくつも飛んでいたなぁ。

その旅の中で、夫の記憶障害が
明らかに異常なレベルだということが決定的となり、
受診を決意したんだっけ・・・

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普通の会話は成り立たないけれど・・・

夫がアルツハイマーだと診断されてから、いや、診断のもっと前から、約束の時間や場所にちゃんと行けるのか不安を感じるようになった私は、夫が出掛ける時には常に同行するようになった。
と言っても、その頃はまだ私も仕事をしていたので、土日祝日、あるいは仕事が終わってからの夜、あるいは休暇をとっての同行だった。

夫は生まれつき耳が聞こえず手話をコミュニケーション手段としているので、認知症になっても、手話で通じ合えるコミュニティと共にあることを大切にしたかった。
認知症(アルツハイマー)の進行を遅らせるには、人との交流・コミュニケーションが大切だと言われていることも理由のひとつだった。

夫といつでもどこへでも一緒に出掛けていたお陰で、いつしか夫の友人たちや教え子たちとも旧知の仲のようにお付き合いをさせてもらうようになった。
私は夫の「外部記憶装置」になって、夫の持っている幅広い人間関係を覚え、コミュニティ内での出来事等を記憶して、夫が友人たちと会話をしたり、楽しくつきあいができるようにサポートしてきた。

けれども、最近、少々、しんどいなあ~と思うようになった。
夫の記憶障害がどんどん重度化してきて、どんなに私がサポートしてみたところで、普通の会話が成り立たなくなってきたからだ。

現実に流れている時間の中での事柄を記憶できなくなると、人は、自分の生きている世界を理解し把握しようとして、自身で物語をつくるようになる。
夫は、現実の世界を理解するための記憶の断片を見つけることができなくなったので、頭の中に残っている遠い遠い昔の記憶の断片を必死にかき集めて、自分なりに再構成し、「たぶん、世界はこうなっている。ボクは今こういう世界で生きている」と、自分の寄って立つ場所を確認することによって、心の安定を保っている。
世間的には、これを「妄想」と言う。

記憶障害も軽度のうちは、ちょっとしたフォローをすることで、会話を続けることができたけれども、「妄想」をもとにした会話ばかりになってくると、もうフォローのしようがない。

デイサービスとか家族会などの集団の中では、周りは手話がわからないので、夫が何かヘンなことを言っているというのが分からない(目立たない)。
けれども、手話で通じるコミュニティの中では、夫は明らかにヘンなことを言う人、とっぴょうしもないことを話す人、普通に会話ができない人になってしまったのだ。
「○○先生、ずいぶん、呆けてしまったねぇ」とコソコソ囁かれることとなる。

手話コミュニティの中にいるより、手話のわからない人たちの中にいるほうが、「私の」気は楽だ。
そうは言っても、あくまでも「私の」気が楽なのであって、「夫にとって」ではない。

「ボクは頭がヘンになっているのでしょう? みんなボクがヘンな人だって見ているでしょう?」
と言うことがある夫。
自分が何かを言ったときに、相手が怪訝な顔をするのを見て、自分は何かヘンなんだと受け止め、夫なりにいろいろ気を遣うことはあるのだろうとは思う。

けれども、「私が楽だ」という理由だけで、夫を手話コミュニティから遠ざけていいわけがない。
聞こえない人にとって、手話で自由に気ままに話ができる手話コミュニティの中に居るということは、とても重要なことだからだ。それは例え認知症になったとしても変わらない。

先日は、30年前に卒業した夫の教え子たち3人が訪ねてきてくれた。
夫が担任したクラスの生徒たちが、入れ替わり立ち替わり来てくれる。


生ビールで乾杯? でも、小さすぎない?
お土産にいただいた生ビールの形をしたゼリーです。

当時の写真をアルバムから剥がして持って来てくれて、
思い出話をしてくれる。
・・・と、夫が突然、誰も居ない空間を指さして、
「そこに、もう一人いる! ほら、そこ!」
と言い出した。

3人は、えぇっ?

また、いつもの幻視が出現したようだ。さて、困ったな~。
「そんなところに、人なんていないでしょう。」と夫をたしなめようとしたら、

「センセー、怪談ですかぁ? 
 昔よく先生、怪談を話してくれましたよねぇ~
 先生って、怪談、上手だったんですよ~
 すっごく怖かった~。」

なるほど・・・そんなふうに受け止めてくれたのね。
夫の幻視話を、夫が得意だった怪談を始めたのだと、善意に解釈してくれたのには救われたな~。

3人が来てくれても、夫が話すことは非常に少なかった。
たぶん、目の前でやりとりされる話(手話)を十分に読み取れないので、話に入ることができないのだ。
仮に、話(手話)を読み取れたとしても、記憶に残すことが出来ないから、適切な反応を返すことができない。
何かを問いかけられても、まったく別の内容の話を返してくる。
そんな感じなので、まあ、私が、適宜、間に入って、話題を繋げる。
とんちんかんなやりとりがあっても、まあ、気にしない、気にしない・・・

お茶菓子を食べているとき、夫はブラック珈琲に、塩味の揚げ餅せんべいを浸して、ぱくっと食べた。
「あっ! また、そんなヘンな食べ方をして」と私が咎めていると、
一人が、塩揚げ餅せんべいを珈琲に浸してぱくっと食べ、
「ほんと、美味しいですねぇ」。

常識にとらわれて、頭コチコチの私より、教え子たちのほうが、ずっとずっと、夫にやさしかった。

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 また、会いましょう! 先生、お元気でね、
 と、再会を約す。

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故人を偲ぶ会への出席

先日、夫の友人(昨年末に逝去)を偲ぶ会が都心のホテルで行われ、
夫婦で出席した。

会の数日前に、夫に「献杯の挨拶をして欲しい」とメールで打診された。
夫はかつて話がとても上手だったのだ(勿論、手話でですが)。
挨拶でも、司会をやらせても、講演もまた、人を魅了させるものがあった。
献杯を夫にと打診してきた実行委員の方は、夫が認知症であることは知っているはずだが、夫とその友人との関係からして、出席する以上は、当然、挨拶をしてしかるべきで、声をかけないほうが逆に失礼だろうと考えたに違いない。
それに「献杯の挨拶ぐらいならば、できるのではないか?」とも思ったのだろう。

でも、夫はもう数年前から、人前で、時と場に応じた適切な内容の挨拶をすることができなくなっているし、現在では、日常の簡単な会話のやりとりさえ困難なのだから、到底ムリ。
「お申し出の献杯の件ですが、

 今の○○にはそれさえも行うことができません。

 座って皆さんと一緒に食事をするのが精一杯です。

 お察し下さいませ。」

とメールを返した。


さて、会場は都心の大きなホテルなので、服装が問題だ。

「平服で」ということだけれども・・・

スーツは、胴回りが入らなくなっていた。

体重自体は変わらないのだが、腹筋が落ちて、内臓を支えられなくなって、お腹が出てきてしまっているのだ。

仕方がないので、ゴムのズボンをはかせた。
このズボンにはベルト通しがついていなかったけれども、Yシャツの裾をゴムのズボンの中に入れてしまうと、ゴムの胴回りが見えておかしい。
ゴムの胴回りを隠すようにベルトをつけて何とか格好を保った。
それにジャケットを着せ、ネクタイをしなければ・・・

世の妻は夫のネクタイぐらいは結んであげられるのだろうが、
私は、夫のネクタイを締めてやったことがないまま来てしまったので、
夫がいつまでネクタイを結べるだろうか?とひやひやしてきた。
今回、夫はネクタイを襟に回すところまではやれたが、
その後は、ネクタイを持ってくるくる回すばかりで、結べない。
さあ、大変! 
私だって、ネクタイ結び方なんてわからんわ~。
でもね、今は、いいものがあるんですねぇ。
YouTube でネクタイの結び方を検索。
一番簡単そうなシングルノット(?)という結び方で

necktie (2)

 後ろに写っているのは夫の教え子。
 ジャケットの襟についているのは「アイラブユー」の手話バッジ

偲ぶ会には、故人の恩師が90歳でかくしゃくとしてご出席。
恩師、友人らの思い出話をいろいろ聞かせていただき、
とても良い会だった。
夫の周りにも、友人・知人・教えがが取り囲んで旧交を温め、
手を握りあい、写真を撮り・・・
夫がどれだけわかっているかは疑問だけれども、
心温まる和やかな雰囲気を味わうことができたと思う。

ひとつ困難は・・・ホテルのトイレだった。
こんなに大きな一流の(たぶん)ホテルなのに、
各フロアーに車椅子用の多機能トイレがないのだ。
車椅子で入れるトイレは、1階の国際会議場のフロアに1個。
ホテルに到着してすぐにこのトイレへ案内されたが、
遠い、遠い、遠~い・・・100メートル以上あったのでは?
最初、ホテルの係の人が押してくれたのだが、
押し方がゆっくりなので(丁寧とも言う)、
開会の時間が迫っている私としてはイライラしてしまって、
「すみません、私が押します」と代わり、
ほとんど走らんばかりのスピードで車椅子を押した。
トイレを済ませ、また、来た道を走るようにして戻り、
建物の一番端っこにあるエレベーターで3階へ。
午前11時~午後3時までの会の間に、もう1回トイレへ。
「また、国際会議場まで行くのは遠いなあ~。普通のトイレでできないかしら?」と考えつつ夫の車椅子を押して会場の外に出ようとすると、係の人が「お手洗いですか? ご案内します」と来てくれた。
なんとエレベーターで下りた地下1階に車椅子用のトイレがあると言う。
でも、同じ建物内ではなかった。地下1階で下りて、隣の建物まで、ふっかふかの絨毯の上を車椅子を押して歩く。
ふっかふかの絨毯は、車椅子の車がめりこんでしまい、とても重くて動かしにくいのだ。
車椅子トイレは、やっぱり端っこにあるので、走らんばかりになってしまう。
  ま、通常トイレというものは、だいたい端っこにあるものだが・・・
ここのホテル・・・改装されて新しくはなってはいても、もともとの建物はかなり古いのかも。
これだけの規模の大きなホテルなのだから、各フロアごとに多機能トイレを設置して欲しいものだ。

会の最後に記念撮影。
出席者が多かったので、近しい関係者だけ前の列に座り、後ろの席のみ3回入れ替えて撮影。
夫は近しい関係者になるので前列の真ん中あたりに座らされた。
写真撮影をしているということがよく分からない夫は、手をひらひらさせたりして動くので、隣に座ったお偉いさんに、「動くな~」とばかりに手を押さえられていた。
後日送られてきた写真を見みると、
みんな両手を膝の上にきち~んと載せて座っているのに・・・
 1枚目は、夫だけ踊っている(ように見える)。
 2枚目は、夫ひとり体幹が傾いでいる。
 3枚目は、夫はすっかり横を向いている。
なんじゃ、こりゃ~
いかにもヘンな人が居ますって感じだなあ~  (ノ_<)

撮影をしてくださった方には罪はないです。
ふらふら動いてしまう夫がいけないのです。
プロじゃあないから、たくさんの枚数の写真を撮っていたわけではないので、しかたがないです。
でも、ちょっと残念。まあ、しょうがないねぇ。

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異食

夕食の準備をする時は、たいてい夫が在宅しています。
夕方になると、そわそわし始める夫を、監視しながら見守りながら、
トイレに行きたそうであれば、料理を中断して、トイレに誘導し、
階段を登り始めれば、料理を中断して、一緒について登り・・・
なんだか静かだなあ~と思いながら、ふと、ソファに座っている夫を見ると、
頬を膨らませて、口をもぐもぐしている。
(;゜0゜) え~、食べるものなんか置いていないのに?!

もごもごもごもご・・・結構、大きいものみたい?
何を口に入れてるの~?
はい、口を開いて~!
はい、出して、出してぇ
口を開けなさい!

なかなか口を開けないので、
やむなく、唇の間に指を入れると、
パカッと口を開けてくれました。
夫の口から出てきたのは・・・
目薬の容器でした。

このような状態で ↓ テーブルの上に置かれていたものを、


袋から目薬の容器を取り出して、容器ごと頬張っていたのでした。
飴だとでも思ったのでしょうか?
もし、飴だと勘違いしたとしても、口の中に入れた段階で、
「これは食べ物ではない」とわからないものでしょうか?
もうしばらくそのままにしていたら、食べ物でないと自ら気づいて、
口から吐き出してくれたのでしょうか?? 

ティシューペーパーを口にして、もぐもぐしているのを発見し、
あわてて口の中からティシューペーパーをかき出したことも何度かあります。
思いもかけないものを口にするので、目が離せません。

でも、とりわけ、夕方になると、夫は落ち着かず、うろうろ、うろうろ。
「座っていてね」と言ったところで、右から左へ・・・ですからね。
こういうときは、守勢にまわるより、攻めるに限ります。

「お料理を手伝ってね~」と声をかけます。
「うん、いいよ。」
・・・と言っても、最近の夫にできることは、
フライ返しを持って炒めることぐらい。
それも、1分もフライ返しを動かしていると、
すぐに飽きて、「疲れた~」と言って放り投げる。
または、
「おしっこしたい!」と言い始めるので、
トイレに誘導して、そのまま中断してしまうか・・・です。

でも、ほんのちょっと、こうした「お手伝い」をやってもらうと、
満足して、そして、疲れるのか、その後しばらくは、静かにしています。
その間に、私は夕食の準備を進められます。

IMG_1296.jpg 

 ↑お料理をやっている!っぽく撮れましたねぇ・・・

IMG_1299.jpg

食べ始めてから、写真を撮り忘れたのに気付き、食べかけのお皿の写真です。
きれいに盛りつけるセンスがなくて、いつも、ぐちゃぐちゃです。
左側のおかずが、夫が炒めていたもの、一応、鶏肉入り炒り豆腐(豆腐が見えませんが)。
右側が、ジャガイモと玉ねぎとモチキビを炊いたものにズッキーニのぺペロンチーノ・ソースがけ。
ジャガイモ(インカのめざめ)とニンニクは、ムクロジ(無患子)さんの菜園で収穫されたものをいただきました。美味しかったぁ。ありがとうございます。

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家族会の旅行

若年性認知症家族会 彩星の会 の一泊旅行に夫とともに参加しました。
東京駅前からマイクロバスで片道約4時間、伊豆半島の川奈に宿泊。
参加者は25名ぐらいで、介護家族、介護卒業者、認知症医療に携わっている医師、それに認知症の本人は4名(男性ばかり)。4人のうち3人は妻と一緒に、一人は東京駅までは奥様が見送りに来られて、旅行中は一人での参加でした。車椅子利用者は夫一人。
本人のうちのお一人で参加された方が、旅行の間中、夫の車椅子を押してくれたり、バスへの車椅子の積み込みを買って出て下さいました。

現地の旅館で、現地在住の若年認知症の本人と介護家族も夕食会に合流。
また、現地からのボランティアさんが男女合わせて8人ぐらい(アバウトですみません)。
ボランティアと言っても、いずれも病院などに勤務している作業療法士(OT)さんですから、プロ中のプロですね。夫の入浴や移動の介助をしていただきました。

入浴については、旅館のホームページに、「家族風呂あり」とあったので、夫と一緒に家族風呂に入るつもりでいましたが、朝、東京駅で集合した際に、医師のK先生にご挨拶をすると、「今日、ボクは、アワキビさんのご主人と一緒にお風呂に入ることになっていますので、よろしくお願い致します。」と。
あら、そうなんだ~。それなら、遠慮なくお願いしようかなぁ。
午後4時、旅館に到着すると、夕食まで2時間ある。30分ぐらい休んだ頃、K先生他、入浴介助をしてくださる男性ボランティアさんが3~4人、お部屋まで夫を迎えに来た。
夫は何が何だかわからないうちに(いや、ちゃんと「これからお風呂にはいるよ~」とは言っていますが、すぐに忘れるので)、風呂場へ拉致されて行きました。
その間に、私はのんびり女湯に入ることにしましたが、さて、夫は無事に入れたのか?
後でどうだったか様子を聞くと、夫は、
「どうぞ、お先に入ってください。」とか、
「みんな一緒に入りましょう。」だとか言っていたようです。
入浴介助してくださった方々は、「ご主人は、僕たちに気を遣われていたようで・・・」と受け止めてくださったようですが、「どうぞ、お先に入ってください。」というのは、夫が「自分は入らないから、あなたがたが入ったらいいですよ」という遠回しの断りの常套文句なのです。
でも、なんやかんやあっても、夫は服を脱いで、浴場に入り、自分で身体をこすったり、手すりを持って大きな浴槽にも入り、着替えもさしてもらって、出てきました。
お風呂に連れて行かれる時は、目を白黒させていた夫ですが、お風呂から出てきた時は、とても良い表情をしていました。気分良く入浴できたようです。

その後、部屋に戻って、少しベッドで休んでいるうちに、夕食の時間になりました。
また、ボランティアさんたちが3~4人、お部屋に夫を迎えにきました。
私が、ベッドに横になっていた夫を起こし、夫はベッドに腰掛けました。
それから、みんなで「夕食を食べに下へ行こう」と夫を誘ったところ、夫は、
「どうぞ、お先に行ってください。ボクはいいですから。」と言って立ち上がってくれません。
5分~10分ぐらい、なだめたり、すかしたりして、部屋の出口までようやく歩いてくれて、部屋の外へ出るためにスリッパか靴を履かせようと椅子に座らせたら、また、そこで「行かない」と駄々をこねる夫。
「う~ん、これは、気分的なものなので、少し時間を置いたほうが良いと思います。皆さん、夕食にいらしてください。」と言うと、ボランティアのリーダーさんが、「奥さん、ボクがご主人とここに一緒に居ますから、先に行って、食べていてくださいよ。大丈夫ですから。」

そこで、リーダーさんと夫を残して、みんないったん階下の宴会場へ向かいました。
夕食宴会が始り、少ししたところで(15分ぐらいか)、私は2階の部屋へ上がっていった。
部屋の入り口で夫とリーダーさんが座っていた。
「夕飯の準備ができましたよ~。さあ、食べに行きましょう~。」と夫に話しかけると、今度は、「じゃあ、行こうか」とばかりに立ち上がってくれました。
リーダーさんに、「二人で何を話していたんですか?」と尋ねると、「ご主人が、「キミ、いい身体しているね。何をやっていたの?」と訊くので、「剣道をやってました」と話していたんですよ。」
リーダーさんは、手話ができるわけではないけれども、夫と身ぶり手ぶりで、そんな会話をしていたんですね。

夕食宴会で、夫は、舟盛りの刺身や金目鯛の煮つけなどをもりもり食べてくれました。
そして、それに続いて大いに盛り上がったカラオケでは、夫は歌声も音楽も聞こえないけれども、一緒に手を振り振り、それなりに楽しそうにしていました。

一次会が終了した後は、場所を二階の部屋に移して二次会です。
私と夫はいったん自分たちの部屋へ戻り、疲れたであろう夫をベッドに休ませました。
夫を一人部屋に置いて二次会へ参加することはできないし、どうしようかなあ~?と思っていると、先ほどのボランティアのリーダーの方が、「ボクが部屋の前でご主人を見ていますから、奥さん、どうぞ二次会へいらしてくださいよ。」と。
「う~ん、どうしようかなぁ。まあ、とりあえず、ちょっと二次会の様子を見てくるか」と思い、二次会の部屋に顔を出すと、ふと、朝から車椅子を押すのを手伝ってくれた認知症本人のHさんが、
「ご主人、どうされました? いや、ずっと車椅子を押していたから、居ないと、なんだか寂しくて・・・」と声をかけてくれました。
「あ、部屋で寝ているんですよ。起こしましょうか? すぐ隣の部屋ですから、一緒に来てください。」
夫を部屋に一人にしてはおくのは危険なので、もう戻らなければ・・・
それに、Hさんが誘いに来たら、一緒に二次会の部屋へ行ってくれるかもしれない・・・
Hさんを伴って、自室へ戻ると、ベッドに横になっていた夫は、案外、すぐに目を開けて起きてきたのです。
「向こうの部屋で一緒に話をしようか?」と言うと、夫は立ち上がったので、そのまま二次会が行われている隣の部屋まで連れて行き、午後11時ぐらいまで皆と一緒に居ました。
ブログのコメント欄でだけ知っていた方との初顔合わせもありました。
私の実家の近くにお住まいだということがわかり、ローカルな話題にも話の花が咲きました。

翌朝の朝食時はスムーズで、元気に美味しい朝ごはんを食べました。
朝9時半に出発し、城ヶ崎海岸へ。城ヶ崎の名所、断崖絶壁の門脇吊橋の上を、ボランティアのリーダーさんが夫の車椅子を押してくれました。


長さ48m、高さ23mの吊橋です。

IMG_1284.jpg 

ひゃ~、高いよ~~ 最高に良いお天気で、海と空の青さがまぶしい!
この断崖絶壁には海燕が巣をつくっているそうです。

この後、大室山の周りをバスで周って、ドライブインで昼食。
名物のイカメンチカツの弁当を食べ、その後、夫はサマーオレンジソフトクリームを食べ、私は、揚げパンソフト(温かい揚げパンに冷たいソフトクリームがはさんである)を食べました。
そして、バスの出発前に、夫はトイレで無事  をしてくれました。
やれやれ、これで一安心。

帰りは事故渋滞に巻き込まれ、到着が遅くなり、午後4時半過ぎに東京駅前に到着。
さあ、これから自宅へと帰るばかり。
マイクロバスから皆さん順次降りて、残るは夫と私だけ。
夫の車椅子も下に置かれ準備万端です。
ところが・・・夫、バスから降りてくれません 。゚(゚´Д`゚)゚。
「皆さん、どうぞ、行ってください。
 ボクは行かないから。
 どうぞ、どうぞ・・・」
「もう、バスから降りて、お家へ帰るんだよ。」と言ってもダメです。
マイクロバスの運転手さんも、早く伊豆へ帰りたいでしょうし、気持ちが焦ります。
先に降りた皆さんも、心配そうに、夫に向って、おいでおいでと手を振ってくれています。
あまり時間をかけていられません。
心配したK先生とAさんがバスの乗り口に来て、夫を降ろすのを手伝ってくれようとしています。
仕方ない。窓際に座っていた夫ですが、私は、夫の膝の上に乗らんばかりに無理やり窓際の席にお尻をねじ込んで座り、夫を通路側の席に移動させます。
それから、補助椅子を出して、夫を補助椅子側に押して座らせます。
そこから、K先生やAさんが手を貸してくれて、半ば強制的に、私も後ろから夫を押すと、ようやく観念したのか、夫は素直にされるがままになって降りてくれました。
バスの外に出しておいた車椅子に座らせ、ベルトを締めました。

以前、河口湖行きの高速バスに乗った時も、終点の河口湖に到着して、みんながバスを降りたのに、夫が「ボクは降りない。君だけ行ったらいいよ。」等と言ってバスを降りてくれないことがありました。
こういう時は、少し時間をおけば、気分が変わって大丈夫になるのだけれども、時間に制約があり、他の人に迷惑をかけてしまう・・・という情況にあると焦ります。
今回は、周りのみんなが認知症のこうした症状には慣れているメンバーなので、気持ち的に楽でしたが、バスの運転手さんには手間取らせてしまって申し訳なかったなぁ~と思いました。

いつも夫と二人だけで旅行に行くことが多いのですが、認知症についてよくわかっているメンバーたちと一緒に旅行に行くと、見守りの目がたくさんあるので、助かります。
また、こうした機会があれば参加したいと思います。


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アワキビ

Author:アワキビ
夫と2人暮らし。
子どもはいません。
2人と猫2匹の家族です。

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